聖地巡礼!水神宗社高野神社 | 小さな幸せと長崎♡

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肥前鳥居を見たくて、ゴールデンウィークに肥前鳥居の聖地佐賀県を訪れた記録です星

佐賀県はゴールデンウィーク中、広々とした麦畑に麦の穂が揺れていましたキラキラ
我が長崎市では中々見ない平野の景色で、解放感がありました。

山に囲まれた長崎市は安心感と閉塞感を感じます。良い悪いを言っているのではありませんがニコニコ


麦畑を見ていると、人はどこに居るの?と思ったし、神社も広い気がしました。
それにこんなに平地があるのに集合住宅や一戸建てなどが建たないの??
長崎市周辺なら田んぼや山を潰して家を建ててます。
人口流出最多なのに何故(゜〇゜;)?????
(そこは色々事情があるのでしょう口笛)

でも私が訪れた佐賀県の地域は、長崎市と違って平地に恵まれていると言うことでしょうかねチュー

長崎市は色々頑張ってますが(新幹線や大きな建物建てたり、産業や観光面で)、人口が減ったあげくは斜面の家も無くなって夜景も寂しくなって、そのうち佐賀県に編入されちゃう?なんてパッと見の狭い範囲で思ったりしました。



さて肥前鳥居の聖地巡礼四社目です!
水神宗社高野神社へ行きます。

↑雰囲気高まる赤い高野橋を渡って…。
遠くに山が見えますねビックリマーク
広々としてすっごくリラックス出来る景色でした~照れ
↑一の鳥居。
くさびのある明神鳥居。


↑二の鳥居。
継ぎ目のある明神鳥居。
柱は太くずっしりした感じ。
↑やった~ビックリマーク
三の鳥居は肥前鳥居ですラブ
二の鳥居と比べると笠木と島木が明らかに違いますね。
継ぎ目は二の鳥居も三の鳥居もありますが。




↑高野橋がかかる前に、川を渡るために川中に置かれていた「飛び石」。

↑初めて見ました。
石仏が数体、燈籠のような物(燈籠ではない)をクルリと囲むように彫られています。

左のものに仏像ではなくて天神、地神、水神、龍神、火神とありました。

↑こちらは説明が無かったのですが、お顔が崩れていて歴史を感じます。

↑沢山の祠。右はじに「中央」とあります。
多久神社でも見ました。

↑右から
若宮八幡
西原七郎祠
二子山王権現
女山七郎宮
二子天山祠
女山鈴鹿明神
古○権現(一字不明)
とのこと。

見応えじゅうぶん!祠や石碑が沢山並んでいました。
さすがに一つ一つチェックは出来ませんでしたDASH!あせる
祠や石碑の多さに自分が神社的「井の中の蛙」だと思い知らされました。

↑これは何のモチーフでしょうか?花びら?
↑恐らく仏像。
↑五輪の塔的なもの。(3つしか重なってないけど)
↑これは一体?
扇形の物がのった石碑。
そのとなりの小さな石碑も何だろう?
↑忠魂碑。
忠魂と言う言葉は明治以降に作られた(使われ出した?)言葉で、それ以前は「招魂」が使われていた…と読んだことがあります。
招魂社とかありますよね。

忠魂碑の前の、竹の柱にしめ縄を渡した物も鳥居でいいのかな?
笠木&島木と貫の無いタイプの。



↑拝殿前には狛犬を始め、神馬や牛や俵?も。

馬の奉納は、生きた馬→石の馬→絵馬と代わったそうですね馬



↑こちらの写真付き石碑には、多久川(牛津川だったかな?)の堤防工事のため、一の鳥居横の「御神木の楠は畏れ多くも伐採されてしまった」と書いてありました。
そして二代目の楠を植えたそうです。

↑真ん中の石碑は、伐採された楠の隣にあったようです。(1枚上の画像の、石碑の写真によると)
神社も時が経つに連れ変化を伴い、ずっと昔のままと言う訳にはいかないんですねえ神社