人間は自分が体験したことしか理解できないのではないだろうか。私はこの感を強くした。
われわれが、労働組合のない職場で、実質上労働者を代表する者として管理者たちとたたかう、ということについて、および、職場の労働者と、そのメンバーを共産主義者=革命家へとたかめる論議を現にやる、ということについてである。
私は、こういうことについていろいろと書いてきたのだが、なかなかそういうものとしては理解してもらえない。
前者の問題について。
実際に自分が管理者たちと渡り合わないことには、なかなかわからないのではないだろうか。実際に自分がやって、その感覚をつかまなければならないのではないだろうか。感触というものがある。
こちらは、無力な一パート労働者である。むこうは、契約更新時を待ちさえすれば、いつでも、契約を更新しないというかたちで首を切ることができる。いくら自分が仕事ができたとしても代わりはいる。他面、管理者にたいして、自分がなあなあでお願いしていたのでは、職場の労働者を変革することは決してできない。現に自分がたたかい、この姿を見せないことには(こうやったよ、と報告することをふくめて)、職場の労働者が変わることはない。
われわれは、自分が実際に管理者と話しし、闘争し、相手の反応を見て、この人間はどう判断し、どういう感情を抱いたか、上にどのように報告するか、どこまで上がるか、責任ある者はどう判断し、どう出てくるか、ということを、感触としてつかむのである。話したあとに、相手がどういう返答をよこしてきたか、どういうはねっかえりがでてきたか、ということを見れば、そうとうのことがわかる。これは、自己を訓練することである、と私は思う。
こういうことを、その当事者ではない者がつかむのは大変なのではないだろうか。どうしても、自分が体験したことや自分がそれまでに眼前にしたことを道具立てにして、それを見てしまうことになるのではないだろうか。
後者の問題について。
自分が職場闘争をたたかい、これに応えた労働者に、「労働者階級の自己解放をかちとる主体になろう。プロレタリア世界革命を実現する主体になろう」、というように、現にこういう言葉で論議しオルグしよう、と私は言っているのである。しかし、なかなか、このようには理解してもらえない。
これまでの革マル派の組織建設のなかで教育されてきたわれわれは、こういうようにやるのが怖いのである。感性的に怖い、と同時に、職場で起こった問題を出発点にして、こういう・労働者階級の自己解放の問題に下向していく、という下向分析的思考法と理論的なものを体得していない、ということが、われわれにはあるのである。これを自覚的に突破することが必要なのである。私は、いま、こう考えるのである。
黒田寛一といえども、自分が体験していないことをつかむのは大変なのではないだろうか。
『実践と場所』にでてくる体験談は、小学生の頃のものである。ショパンの葬送行進曲というような体験である。当時は五年制だったと思うけれども、中学生の時の学校教育での体験が具体的に語られていたという記憶は、私にはない。
軍国主義教育をやってくる教師や軍人教官とたたかった、というようなことは、語られてはいない。黒田は、まじめな・よく勉強する児童であり、生徒であり、学生だったのではないだろうか。とうぜん、疎外された労働の経験はない。
そうすると、晩年になって、組合のない職場でわが仲間が管理者と一人で闘争する、ということをつかむのは大変なのではないだろうか。
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