森友文書開示でウソ露見 国会“初仕事”は佐川長官の招致だ
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/221686/2
「記録にない」「記憶にない」を連発し、交渉記録を廃棄したと言い張った前理財局長の佐川宣寿国税庁長官の答弁は、やっぱりデタラメだった。22日からの通常国会の手始めは、佐川氏の国会招致だ。


 自動的に破棄されるとか普通に国会で嘘つきまくってた男が、なぜか国税庁長官になるというね。誰にでも簡単にわかる嘘で、なおかつ財務省がそんなことはありませんと嘘を暴露した。しかしなぜか国税庁長官になっている。佐川を国税庁長官にした人間がいる。そうした人間を簡単に国税庁長官にするには相当上の人間じゃなければ出来ないし、嘘デタラメをいってたことで助けられた人物ということになり、そうなると安倍晋三しかいないんだよね。


■売却担当者が訴訟リスク確認

 問題の文書は毎日新聞の情報開示請求で開示されたもので、近畿財務局が2016年3~5月に作成した「照会票」と「相談記録」。売却担当者が森友との交渉経緯を記し、近畿財務局の法務担当者に国の対応に法律上の問題がないかを質問し、回答を受けた内容が記されていたという。

>毎日新聞よくやった


 3月24日付の文書からは、こんなやりとりが浮かび上がっている。

 森友は17年4月開校予定だった小学校建設のために借りた国有地から地下埋設ゴミが見つかったとして、近畿財務局に「開校が遅れたら大変なことになる」とプレッシャーをかけ、「土地を安価に買い受けることで問題解決を図りたい」「無理であれば事業を中止して損害賠償請求をせざるを得ない」と安値売却を持ちかけた。慌てた売却担当者が「国は貸主として法的にどういう責任を負うか」と法務担当者に質問。その返答は森友から契約解除や損害賠償請求などの可能性があるとして、「速やかに方針を決定した上で、義務違反を免れる方策を講じることが望ましい」と早期対応を促したものだったという。

 近畿財務局は毎日の取材に「(相談記録などの文書は)面談・交渉記録とは考えていない」と回答しているが、言い訳にしても苦しすぎる。


「土地を安価に買い受けることで問題解決を図りたい」←これ相談ではなく要求だから、交渉でしょ。この発言したのは降格かクビでいいと思う。
 地下埋設ごみが見つかっても、それを取り除くだけでいいし、結局対して埋まっていなかった。
 しかもその辺の人は昔沼だったとかでその辺のことも知ってればごみが地中深くから出ないことも知っている。だから今回もそんな深くからごみが出てくるわけがないとなった。そしてその通りだった。


 佐川氏を証拠隠滅容疑などで告発した「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」共同代表の醍醐聰東大名誉教授はこう言う。

「財務省の言い分は矛盾だらけです。売却手続き完了前に交渉文書を廃棄したという説明もさることながら、訴訟リスクの懸念がある案件の交渉文書を廃棄するとは考えられない。実際に廃棄したとしても大問題ですが、ウソだとすれば佐川氏らは虚偽答弁を重ねたことになる。どちらに転んでもアウトです」

 身をていして安倍首相を守った佐川氏は国税庁長官に栄転。国会答弁は担当局の「局長以下」が行うという慣例をタテに表に出てこないが、森友の籠池泰典前理事長が価格折衝した音声データも明るみに出ている。いつまでも逃げられるわけがない。


嘘をついた人間を呼び出すのと、局長以下が出てくるのとはまったく別次元のはなしだからね。



 


一部聴取、内部職員だけで実施
勤労統計不正、特別監察委
https://this.kiji.is/461028468984038497
毎月勤労統計の不正問題を巡り、調査した厚生労働省が設置した特別監察委員会の聞き取りで、局長級と課長級計20人は外部有識者が実施していたのに対し、課長補佐級以下11人は内部職員だけが担当していたことがあったことが24日、分かった。衆院厚労委員会の閉会中審査で同省が明らかにした。


 特別監察委の会見で、こいつらが言ってることはおかしいと思ったが、やっぱりね。
 しかもこいつらの発言が余りにもおかしいから調べたら、初会合からたった5日間しかやってないんだよね。ようするに初会合から5日間で結論を出した。そんなこと常識的にありえないんだよね。10年以上前からやってるんだから、それをたった5日間で判断するとかさ。
 ようするに最初から結論ありきの出来レースをやってたわけなんだよ。


 検証の中立性が大きく崩れる形で、野党は「第三者による検証という土台が崩れた」と指摘。特別監察委の22日の報告書に関しては「アリバイ的な調査だ。早期に幕引きを図ろうとしている」と追及した。


 第三者委員会が、身内選出と言うところがまずおかしい。どう考えても野党が指名すべきで、何で身内が指名して、第三者委員会作っているんだと言う話で、根本的にこの国はおかしい。そしたら一部だけしか特別監察委が調査するなんてありえないんだから。もうこの部分でグル確定だからね。そしたら第三者委員会という外部に調査を委託してはっきりするって言う根本的意義が崩れるわけだから。


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https://mainichi.jp/articles/20190123/ddm/003/020/032000c#cxrecs_s


画像の文言見たら、統計室長に全部責任負わせれば済むだろうという、特別監察委の魂胆がミエミエなんだよね。そして組織的隠蔽はなかったと言うのが組織的隠蔽なんだよ。そしてそれに特別監察委が加担している証拠。

財政諮問会議で数値のギャップが生じているという時点でそれはつまり数値が正しくない不正だといってるわけで、それを統計室長が勝手にいじったから、他の幹部は知らないから組織的隠蔽はなかったなんてありえないんだから。



毎月勤労統計の不正問題に新疑惑 発端は麻生財務相の大号令か
http://news.livedoor.com/article/detail/15912363/
毎勤不正で新疑惑「数値上昇」の発端は麻生大臣の“大号令”
 これまで、都内の500人以上の事業所への調査で不正があったことが分かっているが、きのう(21日)、500人未満の事業所への調査手法にも不自然な点があることが発覚した。厚労省は18年から突然、「調査対象事業所の選び方」を変え、なぜか「数値の補正処理」もやめているのだ。その結果、毎勤の賃金が不自然に上昇している。どうやら発端は、麻生財務相の“大号令”だったようだ。


 まずこの時点でおかしいんだから。しかも麻生が言いだしっぺでやったんだったら組織的関与は明らか。それにもかかわらず組織的関与がなかったとする特別観察委員は無能な証拠だ。


 15年10月16日の経済財政諮問会議で、麻生財務相は毎勤の調査手法にこう文句をつけていた。
「(調査対象の)サンプル(事業所)の入れ替え時には変動があるということも、よく指摘されている」「具体的な改善方策を早急に検討していただきたい」――。ちょうど、アベノミクスが始まった後の数字が悪化した時だった。


 ようするに森友事件に前後してこういうことが官邸主導で普通に行われていたと言うこと。
 森友事件の14年4月28日の文書は未だ出てきていない。


「厚労省は、従業員500人未満の事業所については、毎勤のサンプル事業所を約3年ごとに“全て”入れ替えてきました。その上で、過去に遡って数値の補正処理をかけていた。その結果、12年末の安倍政権発足後の数字が下振れしたのです。恐らく麻生大臣はそれが気に入らなかったのでしょう」(霞が関関係者)

 麻生大臣から文句をつけられたからなのか、厚労省は18年からは調査手法を一変。サンプルの「総入れ替え」を「一部入れ替え」に変更し、「補正処理」もやめてしまったのだ。

 サンプルの「総入れ替え」をやめると、毎勤の賃金上昇につながる可能性があるという。「数年間にわたり調査していると、業績が悪い事業所は回答を控えるようになる。結果的に、業績好調な企業のみが残る傾向にある」(厚労省関係者)からだ。


 厚労省関係者の暴露話。ようするにそれをやれば不正できることが分かってたわけだ。そして黒幕が麻生太郎ということも分かったはずなんだよな特別観察委員には。にもかかわらず、そうしたことをなんら明らかにしないから、言ってることがグダグダで、トカゲの尻尾きりで済ませようとしている。


 調査手法変更は、「賃上げ」が実現できないアベノミクスの失敗をゴマカすため、麻生氏がハッパをかけたことが原因だったのではないか。国民民主党の山井和則衆院議員はこう言う。

「基本的に、統計の調査手法などについては、精度向上のため各省庁の専門家が議論すべきことです。それを、財務大臣が提言するというのは異例のことでしょう。麻生大臣の発言の是非はともかく、結果的に調査手法変更で不自然に数値が上昇したのは、厚労省の安倍政権への“忖度”によるものではないか。徹底解明すべきです」

 やはり、霞が関官僚の視線の先には「官邸」しかいないのだろう。


 というかこれ財務大臣という肩書きにしてるからおかしく見えるのであって、麻生太郎の副総理の立場でやったんだったら、何の違和感もないからね。
 大体経済諮問会議でやったのを誰も厚労省幹部が知らないなんてありえないんだから。しかもそんなものを部下が一人で出来るわけがない。



 


天皇在位式典で三浦大知が歌う「歌声の響」は明らかに天皇、皇后の沖縄へのメッセージだ! 天皇が作詞に込めた意味
https://lite-ra.com/2019/01/post-4501.html
歌声の響(朝日新聞出版)
 驚いた人も多いのではないか。2月24日の在位30年記念式典で、歌手の三浦大知が、明仁天皇が作詞し、美智子皇后が作曲した「歌声の響」を歌唱すると発表された件だ。
(略)
 これが天皇・皇后の“沖縄への思い”を反映した明確な“メッセージ”に他ならないからだ。
 どういうことか。もともと、天皇の在位記念式典では以前から人気歌手が起用されてきた。10年式典の際にはX JAPANのYOSHIKIが作曲した奉祝曲「Anniversary」が、20年式典の際にはEXILEのATSUSHIとTAKAHIROが歌を担当した「組曲 太陽の国」(作詞・秋元康)が使われている。これらは、官邸が主導して選定したといわれていた。


 でもATSUSHIは報道ステーションで、戦争になるようなら表に出ると言ってたからね。
 で、調べて見つけたのがこれ。
 ATSUSHIは誰に会いたいですかと聞かれて瀬戸内寂聴と答えて実際あってる。

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 https://www.bilibili.com/video/av19979761/
 7:10
 国と国戦争とかも正義のぶつけ合いみたいな
 ニュース拝見してて少しずつ混沌としてきてるような気もするし
 もしかしたら自分が何か発信しなければいけないときがくるかもしれないという覚悟はしている
 自分はこうなんだと言えるような存在にはなりたい


 だが、今回の30年式典であの「歌声の響」、しかも、沖縄出身の三浦大知が歌い手に選ばれたことは、これまでとはまったく性質が異なると考えるべきだ。


 まあ何で三浦が選ばれたのか分からなかったけど、沖縄県出身と言うことなら納得


 そもそも「歌声の響」は琉歌(沖縄の島々に伝わる8・8・8・6調の定型詩)だ。〈ダンジユカリユシヌ/ウタグイヌフィビチ〉(だんじよかれよしの歌声の響)と始まり、〈ミウクルワレガウ/ミニドゥヌクル〉(見送る笑顔目にど残る)と続く。「だんじゅかりゆし」というのは旅立ちを祝って歌われる沖縄の歌で、「ほんとうにめでたい」という意味。ここには、天皇・皇后にとって忘れられない沖縄のエピソードがこめられている。


 あ、こりゃあ間違いないな。完全に沖縄に対する思いで、それに違うという要素なんて入り込む要素なんてない。それを違うと言うのは天皇に対する冒瀆。


 明仁天皇が「歌声の響」を詩作したのは皇太子時代、美智子皇后(当時は皇太子妃)と沖縄を初訪問した1975年に遡る。当時の沖縄は3年前に本土へ復帰したばかりで、天皇の戦争責任を問う声も多く、皇室に対する強い反感があった。実際、この訪問で明仁天皇がひめゆりの塔で献花した際、火炎瓶を投げつけられるという事件が起きている。だが、明仁天皇の沖縄訪問は覚悟の上だった。訪問前、琉球文化研究などの第一人者である外間守善氏から「何が起こるかわかりませんから、ぜひ用心して下さい」と心配された今上天皇は、「何が起きても受けます」と述べたという(朝日新聞2016年12月18日付)。


 明仁天皇の覚悟と愛国心、そして沖縄県民に対する思い。すごすぎる。


 その火炎瓶事件の翌日に向かったのが、辺野古のある名護市の国立ハンセン病療養所「沖縄愛楽園」。療養所の人々が二人を見送る際に歌った歌が「だんじゅかりゆし」だった。そして、東京に戻った明仁天皇がこの思い出を琉歌として詠み、沖縄愛楽園の人々に贈ったのが、先に紹介した一首だ。
 みなさんの「だんじゅかりゆし」と歌うその響が、わたしたちを見送るその笑顔が、いまでも目に浮かんで消えません──。


 文句を言わず、なお沖縄県民に対して明仁天皇の寄り添う気持ち


 そこに美智子皇后が琉球民謡風のメロディをつけたのが、琉歌「歌声の響」なのである。
 つまり、いまの天皇と皇后にとって、「歌声の響」はまさに、自分たちを受け入れるかどうかわからなかった沖縄で、社会的弱者であるハンセン病を患う人々から、自らの旅路(進むべき道)に祝福をもらったという思い出そのもの。1994年の結婚40周年の音楽会でも歌われたように、ふたりが心から大切にしてきた一曲なのだ。


 火炎瓶事件があったにもかかわらず、その時の沖縄への気持ちが心に息づいているんだろうな。


 天皇皇后が一貫して語ってきた安倍政権とは真逆の「沖縄に寄り添う姿勢」

 しかも、周知の通り、天皇・皇后は沖縄への旅を続け、昨年の訪沖で実に11回を数えた。会見などでも繰り返し沖縄に言及している。
 たとえば、沖縄で米軍による少女暴行事件が起こった翌年の1996年には、誕生日会見で「沖縄の問題は、日米両国政府の間で十分に話し合われ、沖縄県民の幸せに配慮した解決の道が開かれていくことを願っております」と、日本政府でもなく米国政府でもなく、沖縄県民の側に立つと明言した。


 政治的発言はタブーとされてるが一歩踏み込んだ。それだけ沖縄に対する思いが強い証拠だ。
 明仁天皇にとっては沖縄は戦中戦後見捨てられた土地という反省の気持ちが強いのだろう。
 

 また、2003年の誕生日会見では「沖縄が復帰したのは31年前になりますが、これも日本との平和条約が発効してから20年後のことです」と切り出し、自らのルーツにも触れながらこう語っている。
「このような沖縄の人々を迎えるに当たって日本人全体で沖縄の歴史や文化を学び、沖縄の人々への理解を深めていかなければならないと思っていたわけです。私自身もそのような気持ちで沖縄への理解を深めようと努めてきました。私にとっては沖縄の歴史をひもとくということは島津氏の血を受けている者として心の痛むことでした。しかし、それであればこそ沖縄への理解を深め、沖縄の人々の気持ちが理解できるようにならなければならないと努めてきたつもりです。沖縄県の人々にそのような気持ちから少しでも力になればという思いを抱いてきました」
 2013年の4月28日、安倍首相の肝入りで行われた「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」にあたっては、政府側の説明に対し「その当時、沖縄の主権はまだ回復されていません」と反論し、出席に難色を示していたという逸話も残っている。


 日米地位協定が存在し、沖縄に米軍が駐留し、犯罪が度々起きてるのに、明仁天皇にとってそれは主権が回復したと見えない。


 そして、安倍政権が辺野古新基地建設の強行などで、沖縄差別を強めるなか、天皇は、昨年の誕生日に際した会見で、あらためて「沖縄に心を寄せていく」と訴えたことも記憶に新しいところだ。
 明仁天皇は、1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約の発効(本土の主権回復)から沖縄の復帰までに20年の歳月を要したことを振り返ったうえで、「沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました」と、本土から見捨てられてきた沖縄の歴史を強調。「皇太子時代を含め、私は皇后と共に11回訪問を重ね、その歴史や文化を理解するよう努めてきました」と続けたあと、声を震わせ、会見場を見やりながら、こう力を込めたのだった。
「沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません」


 こういう部分をみても、安倍晋三とは真逆の強い意思を感じる


ネトウヨや安倍応援団は「パヨク妄想」と必死で否定してきたが…

 そして、ここにきて、在位30周年記念式典での「歌声の響」である。これは明らかに、天皇・皇后二人の強い希望によるものだろう。しかも、歌うのは沖縄出身の三浦大知。現在、沖縄が置かれる状況を考えれば、この選択それ自体がメッセージであることは、もはや疑う余地がない。
 本サイトでは、たびたび明仁天皇と美智子皇后の沖縄に対する強い思い入れを紹介し、その言葉の端々に、安倍政権の沖縄政策に対する強い懸念が読み取れると伝えてきた。その度に、ネット右翼や安倍応援団からは「パヨクが都合よく解釈するな」「妄想も大概にしろ」なる罵声が飛んできた。
 しかし、これが“メッセージ”でなかったらなんなのか。
 前述した一首(一番)に続く二首(二番)は、「歌声の響」を皇后が作曲した際に、あらためて明仁天皇が詠んだものとされている。引用して終わろう。
〈ダンジュカリユシヌ/ワタヤワチャガタン/ユウナサキユル/シマチムニヌクテイ〉(だんじよかれよしの歌や湧上がたん ゆうな咲きゆる島肝に残て)。
 みなさんから「だんじゅかりゆし」の歌が湧き上がったことが、あのゆうなの花の咲く沖縄の島々が、わたしたちの心にいまでも残っているのです──。
(編集部)


 明仁天皇の安倍晋三に対するカウンター攻撃は疑う余地がないし、それを違うと言うのは明仁天皇に対する冒瀆だ。しかもこれだけ念には念を入れてるのだから。