偶々のイベント参加でした。

 

朗読会と聞き、ちょっと舐めていました。ごめんなさい! 実に素晴らしいイベントでした。

 

 

源頼光が都から姫君を攫って手込めにした挙句、食う悪鬼、酒呑童子(しゅてんどうじ)を退治するお話です。

 

 

美術館には菱川師宣の大江山酒呑童子絵巻が展示されています。

 

 

右上の赤い顔(酔っ払い)をした大男が酒呑童子で、都で拉致したお姫さんを両サイドに手込めにしています。

 

 

その前で源頼光と四天王(渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武)らが酒宴を盛り上げています。彼らも血と人肉を食い、鬼たちの信頼を得ようとしている絵です。

 

 

源頼光も鬼に飲ませるお酒を持って来ていて、鬼にその酒を献上します。 そのお酒は人間には無害ですが、鬼たちにとっては毒です。 鬼たちが寝入ってしまっている絵です。↑

 

 

酒呑童子も酔っ払って自分の館に戻って行った後、源頼光と四天王は武具を装い、酒呑童子の館に向かいます。

 

 

出兵前にお参りした神様が、酒呑童子が動けないように楔を打ったことを伝え、源頼光と四天王が館に突撃して行くシーンです。

 

私が見た絵巻はここまでで、その後、源頼光と四天王は酒呑童子の首を取って、生き残った姫君を連れ出し、都に凱旋します。

 

 

今回のイベントでが以上のことを4人の女性に方々が朗読して行きます。これが幼少の時に見た紙芝居のようで、童心に帰って聴き入ってしまいました。これに水飴とかあったら最高やなぁ〜〜って思った、ちょっと無粋な私(笑)

 

日頃、絵はスキップしがちですが、今回はちょっと絵も理解をすると中々、おもろいやん!って感じました。そう感じさせてくれたのも、朗読された4人の女性の方々のおかげです。

今日は第二日曜日で四天王寺の骨董市があると思っていたんですが、いざ行ってみると露店があるにはあるものの土産物屋さんレヴェルで、「あれ?」と思っていたら、万灯供養の時は市が開かれないことを思い出しました。 お盆ですので、金堂、講堂をお参りして、予定変更!8月1日から曜変天目の展示が始まりましたので藤田美術館へ向かうことにしました。

 

藤田美術館と言えば、曜変天目茶碗です! 大正7年、水戸徳川家から藤田平太郎が購入したものです。そもそもは徳川家康が所持していたそうです。家康以前は誰が所持していたかは不明。 室町時代に渡って来ているかと思うので、室町将軍家から朝廷、そして家康?と言われていますが、文献が無いのであくまで歴史ロマンのレヴェルです。

 

 

 

学芸員さんの説明をお聞きしたんですが、高台が白く見えますが、実際は黒色なんだそうです。光を当てると白くなるそうです。これは全く知りませんでした。

 

 

曜変の輝きも光を当てなければ、真っ黒なんだそうです。

覆輪(碗の縁を守る金属)が金色に見えますが、素材は銀とのこと。

これら2点は勉強済みでした! って言うか、昔、学芸員さんに教えてもらいました(笑)

 

 

 

 

天目台(茶托)は、藤田男爵が誂えたものです。

 

 

藤田男爵が誂えた木箱を藤田箱と言われていて、箱に少しだけ藤が描かれているのがオシャレです。 

 

 

 

 

 

油滴天目茶碗、天目台、そして藤田箱

 

曜変天目茶碗と油滴天目茶碗の違いは、

曜変天目茶碗は、見込みから上部に行くにつれてかなり広がった感じで、班文が青白い光を放っている。
油滴天目茶碗は、見込みから直線的に立ち上が っていて、班文は内外全面に細かで金色の光を放っている。

 

 

 

 

 

飛青磁片口

 

青磁に鉄斑を散らしたものを飛青磁って言います。 飛青磁といえば、東洋陶磁美術館の国宝、飛青磁花生ですが、こちらの片口ならひょっとしたら、私にも入手出来るか?と大それたことを考えちゃいました(笑)

 

 

 

 
金欄手馬上盃
 
上から見るとつまらないのですが、下から覗き込むとめちゃくちゃ綺麗な金彩の馬上盃です。これだけしっかりと金彩が残るのは相当のスキルが要ったことでしょう。 左右と真ん中で写真を撮って見ました。
 
 

 

 

 

青磁鎬酒会壷

 

南宋から元にかけて焼成された青磁の蓋付壷ですが、これだけ均等の取れた細かな鎬文は藤田が一番かと思います。 

 

 

 

 

 

 

中々、愛嬌のある顔をした饕餮禽獣文兕觥です。

兕觥って何て読むんやろうって調べたら、ジコウって言うんです。 用途は酒器に使われたそうです。

因みに饕餮はトウテツって言います。中国神話の怪物、霊獣です。

1匹の霊獣に見えますが、至る所に顔があって、それらの威圧感に惹かれます。

 

30分の説明が終わって、14時からエントランスで面白い催しがあるとのことで、エントランスに容易視されたベンチに座ってスタンバイしました。

 

江戸2日目に三菱記念美術館に行きましたが、まだ、詳細をお話ししていなかったので回想録に纏めてみました。

 

image

 

「花と鳥」をモチーフにした展示となります。先のスレッドでもお話ししましたが、

 

 

先ずは、青磁浮牡丹文不遊環耳付花入 (南宋~元時代・13 ~ 14世紀)が出迎えてくれます。 私的にはこれだけで十分でした。南宋の青磁色と言い、牡丹の花の陽刻で見事に開花している言い、360度、グルグル回ってじっくりと見入りました。 

写真は撮れないので、美術展ナビの記事から拝借しました。

 

如庵    この展示室(茶室)は撮影可能でした!

 

 

美術館には茶室が模されています。そして国宝が展示されていました。

 

 

 

 

 

志野茶碗 銘卯花墻  桃山時代・16 ~ 17世紀 

三井と言えば、この志野茶碗です。京都国立博物館にも何度か来たことがあったかと思います。京博では写真は御法度でしたが、本家ではOK! 

安土桃山の最高傑作の志野茶碗です。これ以上のものは無い、そして片桐石州って言うお茶の世界ではめちゃめちゃ有名な江戸時代の茶人でその人の詠んだ和歌から命名された碗。だから国宝なんでしょうね!?

 

 

 

 

 

 

瀬戸市場手茶入 銘卯花  江戸時代・17世紀

 

元々は宋時代に福建省の洪塘窯(こうとうよう)で茶入が焼成されたそうです。鎌倉時代初期に栄西って言う臨済宗の高僧が中国の茶入(唐物茶入)にお茶の種を持ち帰り、その茶入が美濃で模倣されて行ったことから日本の茶文化が開花して行きます。この茶入は堺の商人にセールスリードされて大名が挙って買い漁りました。その頂点が織田信長であり、当時の日本国中の名物が織田信長のところに集まりましたが、明智光秀によって本能寺で焼かれてしまうか、部下に下げ渡されたかで離散してしまうか、そして残ったものが伝世されて行きました。 初花の茶入がその代表でしょうね。 

 

 

色絵桐巴文水指  野々村仁清作  江戸時代・17世紀

 

野々村仁清は茶の世界では欠かせない江戸時代の作陶家です。 特に華やかな絵柄は京焼の大家です。財閥系の美術館には必ずある逸品です。

 

 

金襴手鳳凰文宝珠香合  永樂保全作  江戸時代・19世紀

 

写真は美術館からお借りしました。 展示のフライヤーにもあるように、この香合は必見です。 もう、めちゃめちゃ綺麗でした。

 

 

玳皮盞 鸞天目  南宋時代・12 ~ 13世紀

 
個人的には京都の相国寺の玳皮天目の方が綺麗に思えましたが、添えられている茶托が綺麗です。
中国江西省吉安市永和鎮の吉州窯で焼成された天目碗で、結構な数が日本国内に伝世されています。見込みに鳥が舞っていることから鸞天目とも言われるそうです。鳥は鳳凰かなぁ〜〜〜って思いました。
 
三井の陶磁器のコレクションは規模的に小さいのですが、質的には最高峰です。

iPhoneの写真ライブラリーを整理していて、ちょっと気になったアイテムをアップしていきます。

先ずは、東京国立博物館のイスラームエリアで見たアイテムです。

 

両把手付杯 

シリア 前1~後2世紀

 

 

 

 

 

 

 

 

緑釉モノですが、原形を留めたもの、銀化が途中と銀化が進んだものの三種が見れます。

絵柄はブドウの房と蔓、オリーブの実がイスラームのモチーフになっています。

しかし、良くもこのように原形を留めて発掘されたものです。 

 

 

青釉色絵金彩大壺

イスラーム時代・13~14世紀

イラン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この壷は年がら年中、陳列されている東博(東洋館)の代表的なアイテムです。

 

何度見ても、いつも惹かれる逸品です。いつもは中国、韓国陶磁器のエリアで時間を取られてイスラームのエリアは急ぎ足で見るのですが、この時は朝から見学したので、後半、ゆっくりと見ることが出来ました。

 

 

米国務省 広島への原爆投下から80年で声明「広島市民の和解の精神が日米同盟を強化」

配信

 

TBS NEWS DIG Powered by JNN

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アメリカ国務省の報道官は、6日でアメリカによる広島への原爆投下から80年になることにあわせ、「広島の市民の和解の精神が日米同盟を強化してきた」などとする声明を発表しました。 【写真で見る】アメリカ世論調査 原爆投下「正当化できる」35%「できない」31% 10年前と比べ変化した可能性 アメリカ国務省 ブルース報道官 「あす(6日)は広島の市民と、彼らの平和と希望のメッセージを称える厳粛な回顧と追悼の日です。80年間、彼らの不屈のたくましさは世界に影響を与え、和解の精神は日米同盟を強化し、平和と繁栄への日米のコミットメントを深化させてきました」 アメリカ国務省のブルース報道官は5日、アメリカによる広島への原爆投下から6日で80年を迎えるのにあわせて声明を発表し、「広島の市民の和解の精神が日米同盟を強化してきた」などと表明しました。 また、「80年前、アメリカと日本は破壊的な戦争を終了させた。それからの80年間、アメリカと日本は太平洋の繁栄を守るため、肩を並べて協力してきた」と話し、現在のアメリカと日本は「団結し、目的をもって未来に向き合う緊密な同盟国」だと強調しました。

 

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いつの間に、広島は和解したの? 原爆で子孫まで影響を及ぼすほどにDNAをめちゃめちゃにされて、よくも和解したもんです。 DNAをめちゃめちゃにされたのは日本だけではない! ベトナムの枯葉剤もベトナム人のDNAをめちゃめちゃにしちゃいました。要は、アメリカは戦争に託けて、人体実験をしたのです。でも、反論もしないので広島は和解したと世界中の認知になっちゃいました。お気の毒です。

 

昨今ではアメリカのコロナワクチンも然り! 人体実験で日本人の多くが免疫不全になっちゃいました。

 

「人を呪わば穴二つ」って言われちゃうかも知れませんが、アメリカに致命的な天災でも来たら良いと思います。多分、あの傲慢なアメリカ人は、天災にあっても人の痛みは感じないのでしょうね。

 

米国大統領のルーズベルトとトルーマンはハーグ協定で禁止されている非戦闘員を攻撃のターゲットにして大量殺戮をしたので明らかに戦犯です。 このことを日本人はもっとしっかりと覚えておかなくてはなりません!  

 

原爆で亡くなられた方にご冥福をお祈りします。

 

 

 

 

 

 

色々と文献を読んでいると、結論、戦争だから殺戮はあるにせよ、状況証拠に乏しい=東京裁判で有罪判決に至る要因には疑問が残ります。

 

ただ、時系列に読み取れる事件があります。

 

日中戦争開始とされた盧溝橋事件(1937年、昭和12年7月7)が勃発(日本軍の夜間演習中に中国側から日本軍に対し実弾が撃ち込まれた事件)。  中国は先制攻撃を否定! 今もそうですが民族的に怪しい

 

その後、通州事件(1937年、昭和12年7月29)が起きた。この事件は、中国人保安隊が反乱を起こし、日本軍の通州守備隊と通州特務機関および日本人・朝鮮人居留民を襲撃し、200人以上の日本人が虐殺されました。  中国 → 日本

 

当ブログでは中国人の日本人女性に対して犯した残虐さについて怖くて書くとが出来ないので、下記の記事を読んでみてください。 中国人が如何に怖いか分かります。

 

 

 

そして、南京事件が勃発(1937年12月)。 日本軍が中華民国の首都南京を占領した際に、多数の非戦闘員が殺害されたとされる事件でその数は20万にとも30万人とも言われるが、証言があっても物的証拠が無い。 日本 → 中国

 

単純に時系列で見ると、この一連は中国人が日本人に喧嘩を売って、それに対して倍返しされたと見て取れます。

 

故に、中国が日本を犯罪者呼ばわりするのは変な話で、あくまで日本人の自衛だったことが推測出来ます。

 

帰化した政治家は母国(中国)の意向を尊重してこの話をすっ飛ばして、歴史的検証もせず、歴代、中国に謝っていることに、苛立たしく思います。そしてこの事件で戦犯になった人が、真偽も有耶無耶で、刑が執行されたことは本当にお気の毒です。

 

8月2日から企画展示で「中国のやきもの」が大阪市立美術館でスタートしました。

初日と言うこともあり、ゴッホ展もありと混雑するかと思っていたのですが、11時ごろに美術館に行ったのですがガラガラでゆっくりと拝観できました。

 

それ程の規模のある展示ではなく小じんまりとした展示の中で、日頃、五彩を好む傾向ではないのですが、下記の「五彩 八吉祥文長方盒」がとても気に入りました。

 

 

 

 

 

五彩 八吉祥文長方盒 景徳鎮窯  明時代 万暦期(1573-1620)  

 

作風が元時代を思わんばかりに空間に絵を満載にした長方盒は、龍の絵柄でもって王室の尊厳を示した逸品です。

 
次は唐三彩。

 

 

 

三彩 壺  唐時代  8世紀

 

唐三彩は釉垂れが好む方とそうでない方に分かれますが、一方の見方では、真贋の観点で言うと釉垂れが下まで流れている方が目利きしやすい。しかし本品のようにしっかりと垂れが抑えられているものは目利きは難しいが、古美術の価値が上がります。

 

 

 

 褐釉 鍾  前漢-後漢時代 1世紀

 

漢の鉛釉もので前半はこのような褐釉が使われ、後半は緑釉が使われるようになったと、初めて知りました。

 

 

 

 

三彩 庭園図長方形枕 磁州窯系 金時代 12-13世紀

 

時代背景も作風も異なりますが、唐三彩と比べ、三彩の着色の安定が見て取れます。 それと色の華やかさの唐三彩と比べ、絵柄の華やかさの違いがあります。甲乙つけ難しですが、次のモノトーンな絵柄が多い磁州窯系からこのようなカラフルな作品が出て来たことにビックリです。 

 

別の部屋で催されていた企画展示で「近年の修理作品-未来につなぐ文化財修理」から磁州の白釉黒掻落がありました。上部に大きな直しの跡があります。 

 

白釉黒掻落 鳥樹文如意頭形枕 中国・磁州窯 北宋・12世紀

 

鳥の絵柄は初めて見ました。この磁州窯の作品が数百年後にタイに伝わって、スコータイ窯の鉄絵皿に繋がって行きます。

 

こちらも別の部屋の催されていた企画展示「大阪の宝@大阪市立美術館」です。

 

 

 

三彩印花花文碗 唐時代(8世紀)

 

色彩で華やかな唐三彩ですが、こちらは陽刻のデザインもあって、それが三彩の色彩を華やかに醸し出しています。美術館の説明に食べ物を入れて使う云々とありますが、当時の人の銅中毒は唐三彩の釉薬にある銅から来ていると言われています。

 

ランチは館内の「ENFUSE(エンフューズ) 大阪」で予てより気になっていた「古今東西おかずのプレート」(¥1,750円)を注文しました。 好き嫌いの多い私には結構ハードルが高いプレートです。ズッキーニがちょっと苦手ではありましたが、完食出来ました。 まあ雰囲気がメインなのでお味は、普通の上と言ったところでしょうか。。。。

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女性に人気のあるカフェで入り口は長い列を成していました。

他人と行くと展示物を見るスピードが異なり気を遣うのがうざいことから美術館はいつもお一人様で行くのですが、こう言うとき、席に拘らなければ一人だと適宜に順番が早く回ってきます。

 

ランチ後、再度、企画展示を見て、帰宅しました。

 

 

昨日の晩は、白熱のヤフオクでした。しかし負けました! 



陽刻のコントラストがめちゃくちゃ綺麗で、何とか落札しようと思ったのですが、



たぶん落札した人は業者さんで、100,000円くらい先に入札していたのではないかと推察しています。何回、金額を上げて行っても最高落札者になれず、80,000円手前で私はGive Up!




大きく直しがあるのと、やや高温の焼成の為か青磁が緑かかっていたので、品質的に80,000円以上の入札はかなり寛大さが要ります!


実はこの入札にはタイの友人も絡んでいて、落札出来た場合、彼のプライベート美術館への展示も視野にありましたが、やはり、直しの質があまり良くないので、諦めることにしました。


また次回のご縁を待つこととします。

大江戸骨董市で入手した安南の褐釉鉢です。

 

 

 

 

 

 

 

若い男性の露天商さんで、地面にビニールシートを引いて品物を並べるだけのシンプルな露店。露店の片隅にこの安南の褐釉鉢が並んでいました。 そして「晩唐・五代 黒釉鉢」と達筆な字で書かれた木箱が付いていました。 店主からよくあるパターンですが最初は強気な言い値ではあったのですが、そこそこのオファーがありました。

 

実は同種の鉢を14年前に買ったことがありました。この鉢は海揚がりでそのカセが見て取れます。

 

 

当時はまだまだ眼が未熟で良い勉強代を支払って購入しましたが、そのお陰で今回は発掘(釉薬の状態が最高)モノを入手出来ました。しかも当時の1/3の価格です。箱書きに「晩唐・五代 黒釉鉢」とありますが、前の持ち主の希望だったのでしょう。確かに同手で磁州窯系で黒釉的なものはあります。しかし、この鉢は明らかに安南です。 高台が真っ白な細かい胎土を使っているのが分かります。これは水簸(すいひ)と言われるもので粘土を濾過し小石などの不純物を取り除く技巧です。安南の古陶磁器にはこの技巧が使われているものが大半です。この鉢はその水簸(すいひ)が使われています。

 

最後の軍資金を振り絞って、売り手曰くのギリギリの値段でお買い上げとなりました。 関西に比べ関東の品数が豊富は羨ましい限りです。関西と違って戦果が坊主になることが少ない=スピーディーに貧乏になります(笑) 

 

以上、前回の江戸での戦果報告となります。

 

サイズ、幅15cm    高さ5cm      丁度、お茶の菓子皿に良い感じの鉢です。

 

昨日、アップした記事にタイ骨董の殿堂のお方から貴重なメッセージをいただきました。

 

昨日アップした古仏は、以前、殿堂の方の所持されていた仏様でした。 以下は、16年前の殿堂の方が書かれた記事です。 私も当時、偉そうにコメントをしていました(笑)

 

https://thaikottou.seesaa.net/article/2009-01-26.html

 

メッセージのやり取りで素材の話が出て当時は銀としていましたが、たぶん、錫が多く含まれているのでは?と言う見解に至りました。銀も錫も磁石を通さない! 見分けがつき難くなりました。 匂いで見分けるしかないか?と思いました。

 

嘗てのコレクションを手放されて、私のところにやって来る! 骨董は本当にご縁です。しかし、ビックリしました。