平安の蚤の市へ行ってランチをしながら、諸国民芸のTさんのところで見た褐釉の壷が気になっていました。 家内から「値段ありきかな」って言ってくれて、インスタのメッセンジャーと電話で値段についてノッキングすると、私の思っている値段にして下さることになりました。 それと同じくしてバンコクの友人からLINEが入り、以前、諸国民芸のTさんがインスタでアップされていた古代ビーズの写真をその友人に送っていて、そのビーズが欲しいと言う話もあり、平安蚤の市へ戻ることにしました。
平安蚤の市へ戻り、お目当ての壷をロックオンしました。それがこちらです。
美的感覚って人によって違います。この壷を見てチャーミングでないと思うタイのマダム、この茶褐色の釉味と自然の紋様に惹かれる私。次に売れるか否かよりも、感性に従いました。
唐津で胴に3本線は見たことが無いと言う、日本古陶磁の見識に明るいプラワティサートさんの見解。
底面に銀化が窺えます。 銀化は土壌から揚がった証です。 しかも土壌の成分と陶磁器の成分の奇跡的な出会いが成せる自然のアートです。
糸切りは和物が専らと思われがちですが、中国、アジアでも糸切りはされていました。 大陸の技術伝承かと思われます。
私のパッと見では、タイの15世紀位の褐釉か、クメール褐釉陶かのいずれかかと思ったのですが、置いてあったのは和物が売られているコーナーでした。Tさんからは唐津の金石原窯からと説明を受けました。この状況、悩ましくなるのが人情です。ビーズの購入依頼をして来たバンコクの友人は、以前タイでアジアの古陶磁に関する図録(下の記事を参照)
への協力を求めて来た方で博士号を持っている人ですが、LINEで送った写真を見てもらったところ、彼もクメール陶であろうと見立てました。
翌日、セカンドオピニオンとしてこれもバンコクですがアジアの陶磁器の研究に強い大学教授にFacebookのメッセンジャーでこの壷の所以をお聞きすると、タイのブリーラムって言われるところの窯で焼成された壷で13世紀のものと見立てていただきました。特に底面の糸切りが当時の技法にマッチングしているとのことでした。
サイズ、 高さ17.3cm 口径15.5cm 底面直径9.5~10cm
ブリーラムはクメールのアンコール朝が支配していたところで、多くの褐釉の古陶磁器が焼成されていました。
骨董市を歩いていると、思わぬところに思わぬモノが転がっているモノです。ただ、このご縁はモノに惹かれる潜在的な感覚があるんだろうなぁ〜〜〜って思いました。 骨董は男女間の出会いと同じで、縁は異なもの味なものです。
平安蚤の市の戦果報告です。
和物の陶磁器は専門外! コレクションと言うよりは、日用使い的な目線でのハンティングになります。そしてそのセンスで今回は、伊万里と出会いました。
素朴な疑問の一つとして「古伊万里と伊万里の違いとは???」 AIによると、
- 古伊万里:江戸時代に佐賀県有田町とその周辺で製作された骨董価値の高い磁器を指します。
- 伊万里:明治時代以降に伊万里市で焼かれた磁器を指します。現在も生産されています。
古伊万里と伊万里焼を見分けるには、主に以下の3つのポイントがあります。
艶(テカリ)
古伊万里は江戸時代に作られたため、長年の経過で釉薬の質が変化し、柔らかい光沢やくすんだ感じになります。不自然なテカリがあるものや、新しさを感じるものは、古伊万里ではない可能性があります。
表面の傷
古伊万里には、使用や経年による微細な傷が無数に付いています。これらの傷は様々な方向についているのが特徴です。新しく作られた伊万里焼は、焼き上がったばかりのようにつるりとした表面をしています。また、表面にムラがあったり、光沢が失われて色褪せた印象があるものも本物の可能性があります。
歪み
江戸時代の伊万里焼は、薪を使った窯で焼かれており、温度管理が一定でなかったため、器の形に微妙な歪みや揺らぎが生じていることが多いです。現代の技術で作られた伊万里焼は、精密な温度管理が可能で均一な仕上がりになっているため、歪みがほとんどありません。器を水平な場所に置いた際に、縁が完全に整っている場合は偽物の可能性が高いでしょう。
古伊万里と伊万里焼は、どちらも佐賀県の有田町を中心に作られる磁器の総称ですが、製作された時代に違いがあります。古伊万里は、特に江戸時代(主に17世紀~18世紀頃)に作られた歴史の古い伊万里焼を指します。一方、伊万里焼は時代を問わず、有田や周辺地域で生産され、伊万里港から流通してきた磁器全般を指します。明治時代以降に伊万里地区で焼かれた磁器を「伊万里焼」と呼ぶこともあります。
古伊万里は、日本で初めて磁器が作られたとされる有田で約400年前に生まれました。当時、有田で焼かれた磁器が伊万里港から国内外に輸出されていたため、「伊万里焼」と呼ばれるようになりました。その歴史的価値と希少性から、特に江戸時代の古伊万里は骨董品としての価値が高く評価されています。
AIが無い時は、自力で本を読んで、もしくはつい最近まではネット検索をして、知りたいものを探求したものです。それがキーになる文言で数時間かかった作業が、5分以内で出来ちゃいます。 これって、絶対に脳が退化します!
これらの説明を見ていると李朝を目利きする時に似ています。 朝鮮時代の作陶家が渡来して来た名残があるのでしょう。
さて本題ですが、西宮に骨董店を持つ露天商さんから家内の見立てで2皿を購入しました。
店主曰く、色彩の入った方が伊万里(明治)、Blue&Whiteが古伊万里(江戸後期)なんだそうです。
上記の説明で見比べて行くと、なるほどと思わせる差が分かってきます。例えば歪みが顕著です。 机の上で皿を裏返すと、ガタつきを感じるのがBlue&Whiteの方です。 恐らく会社にある定盤で見たら、より顕著に歪みが分かるかと思いました。
サイズは色彩の方が直径15.5cm、Blue&Whiteの方が17.3cmです。
色彩の皿の方は、松竹梅に鶴・亀の吉祥文が描かれています。
Blue&Whiteは、古伊万里と言えば青海波(せいがいは)のアレンジが描かれています。
さてどうしてこの二つのお皿を買おうと思ったか!?
帰阪する前に東寺に寄って、東寺餅、道明寺、わらび餅を買いました。
どうでしょう、東寺餅、道明寺、わらび餅とマッチングしてませんでしょうか? 日用使い出来る骨董品は、使われてモノが喜んでいるように思えます。
今日は有給休暇を取って、家内の実家のお寺さんへのお参りと平安蚤の市へ行って来ました。
平日の朝の京都は通勤時間と重なるので渋滞は必至。 6時半に家を出て、若干の渋滞に遭いましたが、平安神宮に8時ごろ到着しました。
今日、スタバのちょっとトリッキーを知りました。スタバって、次のコーヒーを飲む時は190円で飲めるOne More Coffeeって言うサービスがあります。 これ2人で纏めて会計すると1人分しかサービスを受けることが出来ないのです。2人分のサービスを受けようと思ったら、別々に会計をしてレシートを2つにすることが必須です。 今回、会計を纏めてしたが為にレシートは1枚、2人分のコーヒーを支払っていて、1人分のコーヒーしか飲めなかった悲しいお話でした。。。。。 同じコーヒーなら最初にコーヒー代を払って、次のコーヒーをOne More Coffeeで飲む手もありますけど、得てして別々の違ったコーヒーになりがちです。
戦果はありました。また、改めてのブログアップをします。
この後、北山の家内の実家のお寺さんにお参りに行って、ランチはお馴染みの「南山」で焼肉三昧をしました。
南山焼肉ランチと特選牛盛合せ、豚骨ラーメンを注文しました。
2人で4,500円程のちょっとリッチなランチでした。 ランチをしていて少し心に残った骨董品があり、そして、バンコクの友人から電話があって買って欲しいものがあるとのことで、ランチの後、再度、平安蚤の市へ戻りました。
今日は京都市内を右往左往の1日でした。
Xにシーロム通り古地図がアップされていました。
シーロム通りって言うのはバンコクの有名な通り名で、スクンビット通りと相対する通りです。私が初めてバンコクに来たのは彼此30年ぐらい前でしょうか? 当時は海外旅行は苦手でHISのパッケージツアーを使ったような覚えがあります。
泊まりはバイヨークスカイ! https://baiyokesky.baiyokehotel.com/ja/ 高層のホテルで部屋がめちゃめちゃ広く、エアコンがガンガンに効いていて寒くてブルブルと震えていました。
そしてアジアの骨董に目覚めた頃、シーロム通りにあるトリプル・ツー・シーロム
と言うホテルが私の定宿になりました。このホテルにはホンマ、お世話になりました。 当時、この近くには骨董屋さんが多く、今はごちゃごちゃとしたチャオプラヤー川も当時は緩やかに流れていて、骨董ハンティングが終わった後はチャルンクルン通り界隈の飯屋さんでチャオプラヤー川を眺めながら晩飯を食べたもんです。
私が味わった古き良き時代のシーロム通りよりももっと昔のシーロム通りは、実は運河だったのです。 シーロムって風車って言う意味があり、当時は運河に風車が沢山あったそうです。オランダのロッテルダムに似ていたと言う人もいるようです。
私が生まれて慣れ親しむ大阪の街も昔は運河の街でした。大阪とシーロム、どこか同じに匂いがします。でも今は、スクンビット通りに定宿を構えています。バンコクの色んなことを知るとやはりスクンビット通りにいる方が便利です。
2023年10月23日から2024年1月21日まで、長崎県美術館で表題の展示がありました。私がこの展示を知ったのは2023年の12月初めごろで、年末年始は既に予定が満載だったことから、拝観のチャンスを逸してしまいました。
永田玄氏は私よりも14歳年上で、恐らく、収集歴は10年先輩かと思われます。ひょっとすると彼の地ですれ違ったことがあったかもしれません。なんせ真っ当なモノの出何処は限られていて、図録の内容を拝見する限り、多分、同じところを周っておられたのではないかと拝察しました。
図録ですがご自身が北タイの古陶磁器を力説されているだけあって、最高級の品質を持った素晴らしいコレクションです。ただパヤオの皿とするべきモノがサンカンペーンの皿になっていたりと多少のエラーはありましたが、パヤオとサンカンペーンの古陶磁器の見分けはよく似ていることからそもそもの見分けは難しいものがあります。
図録を見ていて、やっぱり、長崎へ行っておくべきだったと後悔しています。 年末の御用繁多があったものの、ただ、この展示を見に行くのと長崎ちゃんぽんを食べに行くだけで、往復3万円の交通費を使うのもちょっと悩ましい。 出来れば関西でも展示をしてもらいたいものです。
今年は母の初盆と言う事もあり、我が家の菩提寺である尼崎の本興寺へ昨日と今日の連日で、法要に行って来ました。
精霊送り
私が母のお腹にいる時から本興寺に通っていますが、精霊送りの法要は夕方から始まり、私自身がこの法要にお参りしたのは初めてでした。
この法要は檀家さんだけでなく一般の方も参詣出来るようになっています。沢山のお供えが本堂に置かれていました。
盂蘭盆施餓鬼法要
幼少の時は祖母に連れられ、大人になって母を連れられ、今は家族でお参りと三世代で100年以上、お参りしているんやなぁ〜〜って感慨深く思いました。
本興寺は15世紀ごろに建立されたお寺で、重要文化財の多く、建築学的にも珍しい様式を使ったお寺です。
法要は午前中で、その後のランチは最近、尼崎に来ると食べに行くようになったベトナム人が経営するベトナム料理店へ向かいました。
店の向かいに大鳳って言う中華料理屋さんがあって物凄い行列になっていますが、ベトナム料理店はベトナム人でいっぱいでした。
このニンニクのスライスですが米酢に漬けられたもので、フォーに入れるとこれがめちゃめちゃ美味しくなります。
フォーガーと炒飯の定食で870円は安い! 味もベトナムで食べるのと同じです。
生春巻きも美味しんですが、私的には揚げ春巻きがオススメです!
食後はHollys Cafeで、家族会議!
昔、北浜のHollys Cafeで営業の途中、良くおサボりをしたもんですが、久しくコーヒーを飲んで結構美味いやん!って思いました。
9連休のお盆休みを明日で終わり! また来週から不良品との戦いです。ホンマ、ビックリするような案件があり、毎日、刺激満載です!(笑)
あなたが健康を願う人はだれ?
▼本日限定!ブログスタンプ
当ブログでは今後、8月15日は終戦の日とします。 何故なら、記念日とか祝いのようなものではないからです。
今日は8月15日、日本が鬼畜米英に嵌められて、日本人の歴史的価値を放棄させられた日です。無論、このような事態を招いたのも井の中の蛙だった当時の日本人のせいです。
お盆休みを利用して、12日、13日と銀行詣をしました。
その前に必ず要る以下の公的書面を一部づつ用意する必要があります。
- 故人の除籍謄本(人が亡くなると戸籍が無くなり、除籍となる)
- 相続人の戸籍謄本と印鑑証明
- 遺産分割協議書(相続人が多いと用意する方がBetter)
大東亜戦争は侵略戦争でなくアジア全体の自衛であり、米、英、仏、蘭からの植民地解放だったことは先のブログ記事で記しましたが、
戦犯の定義と見方の理解が必要かと思います。 先ず、AIで当時の戦犯の定義を調べさせました。
- A級戦犯:
- 「平和に対する罪」で訴追
- 戦争の計画、開始、実行の責任を問われた
- 主に国の指導者層が該当
- B級戦犯:
- 「通例の戦争犯罪」で訴追
- 敵兵や敵国民に対する大量殺人や虐待などを行った者
- C級戦犯:
- 「人道に対する罪」で訴追
- 民族的、宗教的、政治的な理由に基づく迫害や虐殺を行った者
- 捕虜の拷問や虐待などの容疑がある者が該当





























































