もう半年以上も前になりますが、壊れたビルマの白釉緑彩の小皿の写真が、その他諸々の皿と一緒に、シーサッチャナラーイから送られて来ました。

 

 

 

 

 

 

 

破損があっても希少価値のある白釉緑彩モノは、見つけたら何が何でも買いです。 値段を確認すると射程範囲だったことから入手することにしました。

 

ブツがシーサッチャナラーイから離れたところにあるとのことで、入手に1か月かかりました。壊れているので直しをお願いすべく、馴染みの直しのプロの方に依頼をお願いしたところ、直しの依頼品を勝手に売り払った為、窃盗で刑務所で服役中とのこと。 他に直し屋の心当たりもなく、シーサッチャナラーイのディーラーに、それなりの直し屋での直しをお願いすることにしました。

 

 

 

 

 

今回、マダムの訪日に合わせて、大阪まで持って来ていただきました。

 

ビルマの白釉緑彩は未だ焼成箇所が不明で、ミャンマーからタイへの通商ルートであったThanon Thong Chai Range(タノントンチャイ山脈)で、タイの古陶磁器と一緒に発掘されるのが専らです。この小皿も同様、タイの古陶磁器諸々と共に泥土から揚がって来ました。

 

ヤフオクで出品、もしくは骨董市で売られている白釉緑彩モノは、殆どがコピーです。真贋の見極めの一番簡単な方法は、絵柄の筆捌きを見るに限ります。絵柄で筆の捌きを感じさせるものは贋作で間違いないでしょう。あとは、高台の胎土です。これは何度か見ているうちに、明確に違いが分かって来ます。この辺りは博物館で眼を鍛える必要があります。しかし大阪には東南アジアの古陶磁専門の美術館が無いのが残念。携帯の写真ライブラリに入っているこれまでに撮影した写真が頼りになります。

 

サイズ 直径13.5cm   高さ3.5cm    高台径7.5cm

 

円安の時は国内旅行です。円安で惨めな海外ハンティングはごめんですからね!? 昨日、心斎橋を歩いていたら中国人が激減しているのに感動しました。 Facebookで中国人激減ってアップしたら、友人から京都の四条界隈も激減しているとのことで、これならきっと師走のお江戸も秩序が戻り、中国人の乱行でストレスになることも無いことでしょう。

 

中国人が減った割に、東横インの予約が空かないのはどう言うこと? とりあえずは王子の東横インの予約を持っていますが、出来れば定宿の日本橋界隈が良いんですけどね。

 

今回は新幹線でお江戸入りを考えています。

 

1日目

 

東京に到着して一旦、東横インの王子へ向かって荷物を預かってもらい、その後、中近東文化センター附属博物館へ向かいます。ここには今閉館中の出光美術館の分室が設けられており、今、中国古陶磁が展示されています。こちらは三鷹の僻地にあるので、移動に難儀しそうです。

 

午後からは東京国立博物館が20時までやっているので、上野へ向かいます。

 

2日目

 

朝一から護国寺神社、大江戸骨董祭へ

 

午後は、石洞美術館

 

3日目

 

冨岡八幡宮骨董市、下落合氷川蚤の市  午後からお茶の水の古本屋さんを周って、東京駅から帰阪。

 

 

まあ、こんな感じで、旅します。

 

 

東洋陶磁美術館のレクチャーに参加して来ました。今回は、行方不明だった飛青磁の再発見と、飛青磁の歴史を勉強させてもらいました。

 

 

ところで、行方不明になっている重要文化財って意外に多いらしんです。その所以は、持ち主が変更になった時の届出をしない人が多い為とか? 今回、行方不明だった元国宝で現在は重要文化財である飛青磁が一般の寄贈で見つかり、国宝の飛青磁と、見つかった元国宝のコラボが叶いました。

 

 

左が国宝の飛青磁、右が見つかった元国宝で現在、重要文化財の飛青磁です。

 

先ずは現国宝の飛青磁です。

 

 

 

鉄斑が23個あり、計算されたように鉄斑が振られています。下の元国宝の釉肌を比べると、青磁の色がより青い。

 

 

 

単体で見ると素晴らしいのですが、どうしても国宝の飛青磁と並べると優劣がはっきりしてきます。 鉄斑は11個。サイズ感は国宝も元国宝も同じぐらいとのこと。国宝の定義がリバイスされ、それまで国宝だったものは審議を尽くされ、そのまま国宝で行けるものと、重要文化財に降格するものと出たそうです。元国宝としたのはその所以とのことでした。

 

レクチャーでもお話がありましたが、二つ並べるとメリットとデメリットが生まれる。メリットは寄贈者からの電話を受け、文化庁から行方不明の飛青磁だと言うことが分かり、そして速やかな寄贈手続きが叶い、2つの飛青磁が鎮座したこと。これらのストーリーに話題性が富むことで、デミリットは対比して優劣を感じてしまうことです。

 

学芸員さんでもこのような出来事って人生で一度あるか無いかとのことで、我々拝観者もこのような出来事を説明付き目の当たりに出来るのって人生に一度あるか無いかと思いました。

 

飛青磁と一緒に寄贈されたのが下の青磁不遊環花生です。

 

 

 

 

 

不遊環とは、輪っかが釉薬に付着して動かないことを意味します。口、コの字型の耳、胴に紋様が彫られています。この形はとても珍しく、レクチャーでその他の不遊環の青磁が紹介されましたが、この不遊環の青磁花生が最もグレードが高いと思いました。

 

東洋陶磁美術館では久しく、図録を買っちゃいました。 写真がとても綺麗で映像技術がここまで来たかぁ〜〜〜と思いました。そして蘊蓄が書かれていない。図録は大衆が見て眼で喜ばされるものが良いと思うのです。

 

 

恐らく、この図録は青磁の集大成的な図録になるのではと思いました。

 

 

淀屋橋で「森のおはぎ」でおはぎを買って帰宅しました。 只今、おはぎを食べながら、ブログの更新中です。

最近、中国が自国民に対して日本へ渡航自粛を喚起しました。中国人って中華思想丸出しだから、中国政府は日本に対して「してやったり!」って思っているようですが、日本国民は「これで少し静かになる!」と大喜び! そして在大阪中国総領事による、日本の首相へ暗殺予告

がありと、キナ臭いことが多くなりましたが、一つ、悲しい知らせが先週、飛び込んで来ました。

 

 

 

氏の著書を読んだことがあり、突然の訃報にとても残念に思いました。ご冥福をお祈りいたします。

前回は春の前期の展示を見て、

 

今回は秋の後期の展示を拝観しました。

 

 

 

ぶっちゃけ、前期と大して入れ替えは見受けられませんでした。以下が前期に無かったアイテムかと思います。

 

 

 

 

 

 

安南の染付と赤絵安南ですが、このレヴェルなら、私のコレクションの方が美術的に絶対に勝つ自信があります。唯一、私のコレクションは発掘モノで伝世ではないことぐらいでしょうか? 茶道具はトータルで見るものであることから、ある意味、古美術の域かと思われます。単体だと、速攻、古美術のラインから、上の染付と赤絵は省かれます。

 

 

 

この程度の饕餮紋青銅なら、奈良国立博物館の仏像館にある青銅館か、京都の泉屋博古館の青銅コレクションの方が圧巻です。

 

 

 

 

3つの銅鏡、これは良いですね!!! 真ん中と最後は今年、直しを完了したとのこと。直しと言うか、クリーニングと言って良いでしょうね。

 

 

 

お礼云々と記されていますが、借金の抵当になってしまったんでしょう。なんせ、幕末の毛利は外国と幕府、薩摩に自国農民と四面楚歌となっていて台所事情は火の車だったと思われます。

 

 

寧楽美術館は写真撮影可と言うのが嬉しい!ここの美術館の売は、高麗青磁と元の青磁だと思います。ゆえに、日本人より外人のビジターの方が多いのではないでしょうか? 館は土足厳禁です。外人が多いこと、これは感染症のリスクがあります。昨今、ウイルス性のイボが蔓延しています。備え付けのスリッパですが殺菌消毒なんてされていないでしょうし、スリッパを履かず拝観するか、スリッパを持参することをお勧めします。

土曜日にちょっした加齢による肉離れをやらかし、日曜日は安静! 月曜の朝、会社に行けるか迷ったんですが、足を引きずっての業務は迷惑かと思い、有給休暇を取りました。

 

軽度の肉離れはじっとしていると良くないので、リハビリがてら、奈良国立博物館の正倉院展が最終日だと言うこともあり、足を引きずり、奈良へお出かけすることにしました。

 

奈良国立博物館の前に、依水園に向かいました。寧楽美術館は依水園の中にあります。

 

依水園の紅葉は今が見頃です。

 

 

 

 

 

 

依水園は複雑な歴史があるので、下記のHPを参照下さい。

 

 

 

 

 

江戸時代から継ぎ足しの造園、戦時の苦労を乗り越えて来た名園です。

 

依水園の紅葉を堪能し、寧楽美術館へ向かいました。

 

 

展示内容の評価は、別途のスレッドでアップします。

美術館を後にする時、柿の木に柿の実が沢山、生っていました。

 

 

 

柿の実は、秋と冬の渡来を感じさせられます。

 

昼期になり、ランチを奈良県庁の食堂で、大和牛のトンカツをいただくことにしました。

 

 

県庁の食堂は最上階で、生駒山を見ながら食事が出来ます。

 

 

 

 

両隣に県庁の職員さんがうどんを啜る中、肉厚でジューシーな大和牛のトンカツを堪能しました。県庁は土日は閉庁しますので、平日しかこのトンカツは食べることが出来ません。

 

食後は県庁の屋上から紅葉の東大寺と若草山を見ました。

 

 

 

若草山に蟻のように見えるのは人です。日中はポカポカ日和! 日向ごっこには最高なんでしょう。

 

さて、お目当ての正倉院展です。

空調が全然効いていなくて、平日の月曜でも最終日ともあって凄い人故に、館内はめちゃくちゃ暑かったです。ブレーカーとTシャツを着て行って正解でした。

 

 
正倉院展は見たいものを絞って見学することにしています。書とか絵とか見てもチンプンカンプンですから(笑)
 
以下のアイテムにロックオンしました。写真は奈良博のホームページから拝借しました。館内撮影は禁止です。
 

瑠璃杯

 

瑠璃杯は展示の最後に飾られていました。今回の正倉院展の目玉です。上手いこと照明が当てられていて、瑠璃が輝いていました。瑠璃ガラスだけでなく、台座のデザインも素晴らしいものでした。

 

蘭奢待

 

放射性炭素年代測定って言う時代を計る測定器があり、それで計ると772年から885年に伐採されたそうなんですが、如何に正倉院に伝わったかは不明なんだそうです。「天下第一の名香」と言われ、足利義政、織田信長、そして明治天皇が一部を切り出し香木を焚きました。明治天皇の切り出した大きさに、人としての資質を拝察しました。

 

 平螺旋背円鏡

 

「写真の方が実物より綺麗やん」って言うのが率直な感想です。

 

その他では、写真が無いのですが、奈良三彩が見事でした。あんな完品、見たこと無いです。

 

これまで図録を買ったことが無かったのですが、以上からめちゃめちゃ感動したので、図録を買おうと思ったら完売とのこと。増刷されるそうで、予約をしようかと検討中です。 きっと初版は価値が付くでしょうね。

 

今回の正倉院展、結構、満足しました!

 

 

昨日、鼻煙壷の講座が東洋陶磁美術館で催されました。

 

清朝は、300年栄えた女真族の王朝です。

 

 

その中で鼻煙壷の文化の華を咲かせたのは以下の清朝3皇帝で、特に乾隆帝は清朝の文政絶世期の皇帝です。

写真は左から、康熙帝(こうきてい)、雍正帝(ようせいてい)、乾隆帝(かんりゅうてい)

 

 

鼻煙壷は嗅ぎタバコの粉を入れる小壷ですが、この嗅ぎタバコの習慣は南米から伝わりました。昔、南米に出張した時、博物館で嗅ぎタバコの吸引道具を見たことがあります。私はこの習慣がヨーロッパに渡り、ユーラシア大陸続きで中国へ伝わったかと思っていたのですが、今回の講座で「ガレオン貿易」と言うメキシコのアカプルコからフィリピンのマニラへの太平洋を航行する公益ルートが17世紀にあったことを知りました。17世紀と言えば、日本は江戸時代が始まった頃です。今の日本のように、如何に世界が先進していたかです。因みに嗅ぎタバコの習慣は日本には伝わりませんでした。何故なら鎖国をしていたからです。この鎖国は国防には適ったかも知れないですが、一方で日本はこの鎖国で地球規模で考えると国家の知的障害になりました。バブル崩壊後の30年間において、日本もよくに似ているように思われます。

 

皇帝と高級官職でしか流通しなかった鼻煙壷も、19世紀には商業流通しだし、そしてシガレット(今のタバコ)が出てきて衰退しました。

 

以上、講座のレジュメと私が知らなかったこと、主観をまとめて見ました。

 

説明をされた学芸員さんは、お名前からもアクセントからも中国の方かと思いますが、とても日本語がお上手で、しかも説明がめちゃめちゃ分かりやすいです! 彼女の説明のおかげで、鼻煙壷の背景を良く知ることが出来ました。 

老松骨董祭の戦果報告です。

 

老松骨董祭は、大阪の老松通りにお店を構えている骨董店と、大阪在住、もしくは他府県から来た露天商とで骨董品や雑貨などを販売する催しです。昔と違い今は骨董店も減り、露天商の品並べも青空マーケットレヴェルとなりました。 昔の老松骨董祭は露天商も少なく、数ある敷居の高い、また、客を客とも思わない骨董店に気兼ねなく入れて品物が見れると言うワクワク感がありましたが、今はその骨董店の概ねが廃業されて小洒落た飲食店化となっています。昔の私は老松骨董祭となると馴染みだった骨董店で、バーゲンプライスになったアイテムをコレクターと挙って買い漁ったもんです。眼の無いコレクター時代の話しです。

 

今は骨董店には行かず、LINEで有識者と意見を交わしつつ、最終的には自分の眼で一本釣りが私のハンティングの有り様です。そして今回、表題の影青(いんちん)を老松骨董祭で入手しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

冒頭に骨董店には行ってモノは買わないと言いましたが、老松で2、3軒だけ例外があります。そのうちの一つのお店がビルの建て替えで移転を余儀なくされることになり、この老松骨董祭が移転後、初めての訪問となりました。

 

店主は和物が専門で、品揃えも概ねが和物中心です。その中で写真の水注を見つけました。注ぎ口に割れのようなものが見えますが、これは窯傷です。

 

店主からは「元の時代があるか?」 と言われたのですが、私の見立ては、「モノは中国古陶磁の影青で間違いないが、元って言うか明時代か?」と思い、その旨を店主に伝えました。上記の写真はその時に撮影したものですが、これらの写真をタイの有識者に送って時代の判別をお願いしました。数分後、「南宋の青白磁(影青)である」との回答を得ました。セカンドオピニオンも同様でした。 値段を店主に尋ね交渉の末、入手に至りました。 サイズ 幅11cm 横8cm 高さ7cm

 

青白磁(影青)とは?

 

白色半透明の薄い磁胎に淡青色の透明釉を施釉し、その釉薬が陶器の肌に刻まれた画花・陰花などの文様部に溜まって他よりも青くみえることから、青白磁(影青)と言われる様になりました。影青(インチン)は中国語の発音から来ており、昨今のコレクターは青白(チンパイ)と言うようになって来ています。海外のオークションで「チンパイ」と耳にする時、それは青白磁のことを意味します。

時代は南宋から明にかけて、景徳鎮で焼成されました。

 

以下は、東洋陶磁美術館の青白磁(影青)です。

 

 

 

スーパームーンもどき(笑)

大阪はスーパームーンの当日は雨でした。

この写真は、翌日、デジカメで撮影したものです。

 

 

 

 

 

 

 

デジカメ↑

       と

iPhone ↓の差です!

 

月がいつもよりデカいので、月表面のクレーターがバッチリ写っています。

 

 

iPhone の望遠はまだまだですが、道頓堀のネオンは綺麗に撮れました。

バーン・チエンの彩色土器を入手して、浮かれていました! 欲しいものが手に入ると他のモノが眼に入らない。そんな時、茶道具を格安で販売している露店で、マダムが「こんなんあるよ」って教えてくれたのが、下の写真の碗です。

 

 

 

 

 

 

 

 

この露店ですが、1,000円コーナー、2,000円コーナー、3,000円コーナー、4,000円コーナー、そして5,000円コーナーに分けて、品物を販売していました。この碗は木箱付きで5,000円コーナーに置いてありました。 木箱だけでも5,000円はするはずで、これはめちゃめちゃのお得感満点!海揚がりで染付の箇所にカセが見受けれますが、そこはご愛嬌です。 

 

このような茶碗の染付を「絞手」って言いますが、言葉の所以は安南の呉須って滲む特徴があり、染物を絞る時、色が滲むところなぞって「絞手」と称されるようになりました。 この茶碗は高台が高く、宮廷用の什器として作られたものと思われます。呉須はイスラム製で、出来上がった時はもっとブルーだったと思います。何故ならイスラム方面から来た呉須は青の発色がとても強い、故に、ブルーが良く残っているからです。

 

さてお買い上げになりますが、マダムが先に見つけられたので、仁義を切って私が買わせてもらうことになりました。

 

同型の茶碗で品質も大して遜色無し、美術館の展示実績の札が貼られていたものがヤフオクで出品されていました。 値段は11万で落札! 骨董はホンマ、面白いです。

 

 

サイズ、 縦13cm 横13cm 高さ11cm