9/8 Pm22:48 追記
↓『動物問題に限定した内容はないのですが・・・・』と書いたのですが、何の問題も結局は根元は同じですから、限定していなくても全く別問題、とは思えないんですね。
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動物問題に限定した内容はないのですが・・・・・今夜ふと目が覚めてしまった後眠れないままパソコンを開いたら、久しぶりにまれびとさんのブログに辿りつき、このページ、リンクをしておこう、と思いました。
だからなんだという意味は特にないのですが、私自身の心が揺さぶられたので。
9/8 Pm22:48 追記
↓『動物問題に限定した内容はないのですが・・・・』と書いたのですが、何の問題も結局は根元は同じですから、限定していなくても全く別問題、とは思えないんですね。
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動物問題に限定した内容はないのですが・・・・・今夜ふと目が覚めてしまった後眠れないままパソコンを開いたら、久しぶりにまれびとさんのブログに辿りつき、このページ、リンクをしておこう、と思いました。
だからなんだという意味は特にないのですが、私自身の心が揺さぶられたので。
<下の件を書きとめておきたくフェイスブック復活しました。>
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あることを発信したく、2015年7月11日、復活しました。私のフェイスブックは動物問題を中心に発信していたのですが、今後、町での社会的な問題など、どうしてもつぶやいておきたいことを記しておこうと思います。このように思いましたのは、NHK番組で先ほど、茨城県内で問題になっている外国人研修生の失そうについてです。→つづく
私は茨城の八千代町に住んでいますが、数年前にあることに気付き、ずうううううっと気になっていました。昨年は、町の通信を発行しようと(中心の記事は捨て猫犬の問題について発信していきたいと思ったのでしたが)、協力して下さる印刷会社を探しOKしてもらったりしました。それは外国人研修生の受け入れ方はこれでいいのか、と町や県に問いたかったからです。(結局経済能力がないことで形にできないまま今日に至っているのですが)
私は外国人研修制度の根本を知りませんので、そこに踏み込んで批判をするつもりはないのですが、研修生たちの住居の待遇があまりに酷いことに、胸がつぶれそうに辛く感じ、待遇の改善が必要ではないでしょうか、と訴えたいのです。
先ほどのNHKの番組を観て、研修生の失踪は、住居環境のひどさ、賃金の低さにあるのだと感じました。『やはりこういう事態になっているのか、当然だよな、外国人の研修制度そのものがこんなに貧しくては、日本に来られた夢も希望も失意にかわるだろう』と思いました。
ただ、明確にしておきたいのは、研修生を受け入れる農家の方々の責任ではないだろうという...ことです。私はこの町に住んで20年を越え、夫もこの地で亡くし、町の人々との交流も私なりに大切にしてきていまして、その中で感じることは、”動物問題では悲しみをもたらされられことはあるが、お人柄は誠実で明るい温かい土地柄”と思っています。ですから外国人研修生の受け入れ問題は、あくまで、国、県、町の制度を作る側に責任があることだと感じています。
番組の中で、失踪をした研修生の一人が、「自分たちは、日本で最下層」と言われていましたが、日本の技術を学ぼうと志をもってきた若者に、このような実感を持たせる制度でいいのでしょうか。
この外国人研修制度は、茨城のだけではなく多分全県で受け入れられていることだと思うのですが、N件のK市に住む友人は、「あなたの町は研修生をそんな環境でいいと思っているの?最低。うちの市は、マンションを用意して、外国の研修生の住まいにしているわよ」と言ったことがあります。今後調べてみるつもりですが、もしかしたら、住まいのことなどは町で決めることなのでしょうか?賃金の額も?
とりあえず、一住民が入口と感じた部分を書きとめてみました。
K.SASAKI-11
@sk65z nhk多頭飼い崩壊2-30年ほど前から一部の愛護団体と行政の連携の上で『多頭飼いはそうなる人間に精神的な障害がある』という方向に断定されてきた感がありますね。どの分野でも個人の障害がある場合はあると思いますが、動物問題の場合その流れに断定する前に考えねばならないことがあるのでは
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災害時の動物たちのこと、何もできないまま事態がおさまることを祈るばかりです。
現在、継母の入院と自分自身の体調悪化で福島にも行けず、また情報収集もできない状態の中、ふと訪ねてみたももこひめさんのブログに、口永良部の情報を丁寧にUP続けていらっしゃるのがわかりました。
下がそのURLです。
<a href="http://ameblo.jp/momokohime7/entry-12033838387.html
" target="_blank">http://ameblo.jp/momokohime7/entry-12033838387.html</a>
弁天さんも救援本部の記事を転載されています。
<a href="http://ameblo.jp/nihaojet/entry-12033983346.html
" target="_blank">http://ameblo.jp/nihaojet/entry-12033983346.html</a>
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何事にもだいたいがめんどうくさがりやの私。
猫たちや犬たちの写真をあまり撮りません。撮りたいんですが手元にカメラを置いていませんのでシャッターチャンスをとらえようがないのです。
それで我が家の暮らしに大分慣れてきたチャクちゃんの姿をお見せしないでいてすみません!
今夜一応撮ったのですが、いつものようにテーブルの下のチャクちゃん席にいるところしか紹介できません。
実際は最近のチャクちゃは、座イスの座布団の上や、低い台の上などでくつろいでいることが多いのですが、私が部屋に入るとそこからタタタとテーブル下に移ってしまうのです。
座イスや台にいるところは見えるのですが、写真を撮れるまではいてくれないのでうまくいきません。
夜中じゅうチャクとキーボーとサバトのいる部屋のドアを開けてありますので、三匹が階下に下りたり上がったりして遊んでいることは確実です。私の部屋の前を駆けたりじゃれあったりしているのも音でわかり、戸を開けてのぞき見したいのですが、きっと慌てふためいてしまうだろうと思い、私は姿を想像するだけです。(笑)
とにかく、昨年暮れ以後新家族になったチャクちゃん、楢葉からのキーボー、サバトの三匹、警戒心はいまだに強いながらもそれなりにリラックスしています。何より健康にしていますのが喜ばしいです。
ここのところ入院中の継母の毎日の付き添いがあり、事態は困窮を極めていくばかりで、なかなかブログ探訪もできなくなっているのだが、自分のブログの管理ページを開くと読者登録をしている人の情報が見え、さちこさんの更新のマークが出ているのに気付いた。
『あ、久し振りだなぁ~』と訪ねてみた。
http://ameblo.jp/naraha-ide/entry-12031442914.html
小高地区から撤退するという記事だった。
さちこさんは通常は個人で給餌、TNRの活動をされ、どこかで問題が起きるとそこに駈けつけ犬たち猫たちを救助されている。
仕事を持ち、それで得た報酬を殆ど動物救助につぎ込んでこられた。
その心労の重さ、困窮など、とてもブログのワンページに書けるものではないだろう。
しんどさ、辛さ、本当によくわかる。
残念ながらこうした活動には中傷誹謗という思わぬ現象が降り注ぐこともある。これは動物救助に限らずどこでも発生するものだが、ちょっとした考えや感性の違い、言葉の使い方の癖などをもって、それの標的にされた時の虚しさたるやどうしようもない。
さちこさんにそんな事態があったことがあったかどうかは私は知らないが、とにかく動物は何も言わないから、真実よりも他者の悪意のこもった言動のほうがまことしやかに力を持つことがあるのだ。だからつい、さちこさんもそうした面の辛さを耐えておられたこともあったのではないか、とよけいな心配をしてしまう。
さちこさん、あなたの純粋さ、活動の鮮やかさ、真剣さ、有能ぶりを、よく南相馬のYさんからお聞きしていました。Yさんはいつもあなたを称賛され、感謝されていました。「素晴らしい人だね~。動物たちも感謝しているよね~」と私たちは言っていました。
お疲れ様!
これからは無理をしないで自分も大切にしてくださいね。
そうそう、例のチャクちゃん、今では階下に降りて来るようになりましたよ。首の回りは長い毛でおおわれて、風格まで感じます。優しいまなざしをじいっと向けてくれることもあります。
さちこさんやお仲間の方々に救われた命です。私は長生きをして、チャクちゃんたちの命をずうっと見守っていきます。
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家に犬や猫が次々に置いていかれ、それを一家の主婦が受容する暮らしになてしまった家族の苦悩はなかなかのものだ。最初から”家族で愛護運動をする”計画の道筋を立ててのことならそれなりの納得はできようが、捨て行かれる成行きのまま動物があれよあれよと言う間に増えていくとしたら、家は汚れ経済は破綻していくわけだから、その大変さは並大抵ではないのだ。
それでも黙って協力し続けてきてくれた息子たちが私に背を向け始めたのは夫が他界した頃からだった。
私は辛かったし寂しさの極致におちたが当然だと耐え続けた。
昨日、長男が入院中の継母を見舞ってくれたのだ。
夢か奇跡かと思うほどの喜ばしさであった。
佳き日とはこういう日のことだ。
数年ぶりに会った長男はつつましいながら自分の暮らしをエイ ンジョイしているように見えた。元気そうであった。
心身ともに疲れきっている私に、神はこうして最良の贈り物をくださった。
感謝するばかりである。
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この10日に心不全を起こして緊急入院をしている継母の状態を気にしつつも、「15011」に出かけた。
それにしても渋谷駅構内はわかりづらい。迷路そのもの。
古河から湘南新宿線で渋谷に行くのだが、下車してハチ公改札口に辿りつくまでがもおお大変!
この日は、ハチ公前と矢印があった(はず)エレベーターに乗ったら、それは決してハチ公改札口には行かないものだったので、私はわざわざ三階まで連れて行かれ、結局混んだ階段を何倍も疲れて上り下りするはめに。
15011が終わって帰宅してもろもろの必要なことを終えて新聞でもゆっくり読もうかと広げたが、ただの一行も読まばこそ。居眠り。
結局11時に就床したのだったが1時半に目覚めてしまいその後眠れず。
しばらく暮らしのことなどを思い悩むにまかせてクヨクヨグダグダしていたが、ネット探索でもしようとパソコンを開く。
そこで、22日のNHKアサイチで、市原悦子さんが差別用語を発せられたとかなとか。それをアナウンサーさんが謝罪したとかどうとか。
観てないのにわかった風なことは言いたくないんだけど、なんか、世間を欺瞞の花園にしている人たちがまた言葉狩りをしたってこと?
欺瞞の花園のなかで起こっている差別意識と排除意識の氾濫こそ問題だと、私はかねがね感じていまする。
そういえば、数年前に、我が家の近所の沼ナントカ森という国道の十字路沿いにコンビニができて、よくそこに買い物に行ったのだが、ある日、レジで並んでいると、レジを担当していた店主が、私の番になったのにニヤニヤと気味の悪い笑いを浮かべて私の後ろの人の会計をしようとした。
?????な私は、「あのう、私の番ですが・・・」と当然言うと、なお気味の悪い笑いを強めて一応会計をしてくれた。
私はこの時、『きっと私の後ろにいた人は店主の知り合いで、その人が急いでいたのでつい先にやってあげたくなったのだろう』と思い特に気に留めなかった。
ところが後日、またそこのコンビニに行きレジで並んでいると、今度は店主の夫人らしい人がいて、知り合いらしい人と大声で話をしている。いやでも耳に入るから聴くともなしに聴いていると、そのお宅の息子さんが郵便配達のバイトをしたいと言ったそうだ。
「それでね、配達には〇〇(私の住まいのある地区名)のほうにも行かなくてはいけないんだよ、おっかないよぉ~って言ったんだけど、それでもいいって言うのよ」
夫人はこう言ってわざわざ私のほうに視線を移してにやっと笑ったのである。
ほんとに薄気味悪くて気持ちの悪いことであった。
この時は私はこう思った。
『うちが置いていかれる猫や犬の多い家で、変人だと噂されているから、それに対する偏見がこういう考え方になるんだろう、ま、気にしたってしょうがない』。
このコンビニの経営者ご夫妻の言葉や態度そのものも差別観と言えばそうなのだが、人と違う生き方や暮らしをしている者に対して、村社会で生きてきた人たちが理解という胸の開き方をせず、いじめに近いような対し方をするのは、普通のことなのだ。私にしてもここで”村社会で生きてきた人”という視点をもって見ているわけだし。どっちも同じなのである。
だが後に、そういった範疇と異質なものがあることがわかった。
こうしたコンビニでの出来事があった前に、私は地元の小学校の役員さんに頼まれて、講演をしたのだ。
この時、高史明さんの息子さんが12歳の時に自ら命を絶たれた話をし、彼が遺した詩集の内から何篇か読んだのである。
私の気持ちの根もとには、12歳の少年とご両親への痛みと祈りの思いだけであった。賢しらに日本と高さんの母国の歴史に踏み込んだり、その関係の中での人間としてのありようを述べる思い等はみじんもなかった。
私は児童文学を書き、私の自分の書く文学にこめたものは、自分の浅学の中の知識をもって価値観を教えようというのではなく、人間個人の経験では限られるわずかの想像力を深めるひとつの人生体験としてほしい、ということである。
だから、本、映画、絵画、音楽などの意味に深い敬意をもっており、自分の書いたものが、宇宙の点のようなささやかなものであっても読むこどもの体験のひとつになれたらどんなに嬉しいだろう、ということであるのだ。
そうした思いで12歳で自ら死んでしまった少年のことを伝えたかったのだが、ある驚愕すべきとらえかたをされていたと知ったのである。
私が日本人ではない、と解釈した人がいて、それは断定的にこの村社会に広まっていたということである。
別にどこの国の人間と思われるのは問題ではない。
ただそこに、根強い差別観、蔑視感があって、そうした気持ちを満たすためにおひれをつけて言いふらすとしたら私の感覚では許し難いことであるし、また大変生きづらい現実を生きなければならない、ということである。
だが私は一度たりともそのことで何か言ったり起こしたりはしなかった。
じいっと、日本の村社会の残酷を耐え、私以上に苦しまされた人々がいた、今もいることを身を持って知ったのである。その知ったことを幸いだと思っている。
この世の殆どは、欺瞞の花園になっており、それを作り上げているのは為政者だけではなく、うちらひといひとりなのである。
そのことを知る者にとって、今回のアサイチでの女優さんの差別意識のない深い発言を、謝罪してはいけないのである、と思った次第です。
いやぁ、へたくそな文章で長々書きました。
言わんとしていることをくみ取って下さる方がおられましたら感謝します。
5月10日に緊急入院をした継母が、昨日やっと救命救急病室から一般病室に移った。
長い10日間だった。
継母の命の危機と他の心労で、私自身も抑圧感、重圧感、疲労感ですっかり参ってしまっていた。
でもなんとか危機を脱して少しほっとしている。だが種々の強い抑圧感にはギブアップ状態。
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もう無理だ、と状況にうち潰されそうな疲労感の底から、『まだ頑張れる。頑張る!』と自身の声が立ちあがってくるから大丈夫だ。
一般病室に移ると同時に、病院の指導員さんとの面談があり、退院後の(しばらくは要入院のようだが)今後の自宅介護のことでご指導いただいた。退院後も酸素吸入器ははずせないようだし、粗忽者の私で介護人が務まるべか? とマジ心配だが、そこはしぶとい私、やるわィ!
↑硬い決意の顔。
高齢者が入院すると一気に心身が弱くなって昔使われていていた言葉を使うなら、「ぼける」ことが多いと聞くが、実はさしもの強気の継母も、この十日間で様子がかわった。
一時的なものかも知れないが無表情になった。生気を失った表情を見ると胸がきりきりと痛む。
私自身の孤独感の深さも思い知る。
ふと立ち寄ったスーパーの書店で見かけた、五木寛之著「孤独の力」を買って継母の脚をさすりながら読む。・・・特別どうということはないが山の清水を一口飲んだ感じ。
やっぱ本はいい、とばかりに毎日一冊、継母の脚をマッサージしながら読む。・・・・・これで疲れきっているのかな? ほどほどにするべしか・・・。