知りませんと
わたしはいった
だけど
知りませんと
言うには
あの人のことを
誰よりも
知っている必要があった
命令や運命に従ったなんて言えば
誰かのせいにできるのかもね
でもわたしは
あの人を誰より大切に思うから
わたしはわたしの口から言ったのだ
知りませんと
言ったのだ
あの人は牙をむき
わたしに唾を吐いた
少なくともわたしには
顔についた冷たい軽蔑を知覚することができた
そこに誰も居なかったから
誰もそれを確かめられないけど
蔑む瞳は燃えて
あかく
美しいとさえ思った
わたしのゆるく萎えたこころを加熱する
あかく発熱した軽蔑
あの人の牙は光っていて
ふたりはいつもより生きていた
知りませんと言ったものの
わたしは知っていた
あの人が知りたいことを
わたしは知っていた
あの人の愛した男の居場所
あの人自身のこれから
わたしは誰よりも知っている必要があった
けれど
誰よりも知っているからこそ
わたしは
知りませんと
いうしかなかった。