午前9時 | ぴいなつの頭ん中

ぴいなつの頭ん中

殻付き。そにっくなーすが言葉を地獄にかけてやる

あの人の笑顔が見たかった。

儚げで、やわらかくて

でも生活感に溢れて

埋もれかかって

諦めた顔をしてる

あの人の笑顔が見たかった。


わたしたちの関係は贈与を禁止されている

ただ同じ空間の共有と

コミュニケーションのみが課されていた

罰を受ける覚悟で

あのひとの愛した花を

一輪

手にして行った

あのひとのもとへ

深い森の奥に住まうあのひとのもとへ。


息を弾ませて

あの人の部屋のとびらをあけた

新しい石器のこと

韓国の俳優のスキャンダル

今度観れる、

300年に一度の大きな赤い月のこと

そんなことを、いっぱい話そうと

そしてあのひとが笑ったらとてもあたたかくなるだろう、と

とびらをあけた


あのひとはうみのなか

だれともめをあわさずに

よこたわっていた

顔を隠している手をどけると

あのひとはうみのなか

だれともめをあわさずに

よこたわっていた


いかづちでしょうか

いいえ、誰しも

脳にひかるひとすじの痛みを

やわらかく見逃して

あのひとはだれのことも愛さぬまま

よこたわっていた


無防備なすがたをみて

そのときはじめて

あの人の目が

きれいなエメラルドグリーンをしていると

知った


ひざしがゆるく、だんだんとあの人のからだにのぼってくる

まだ冷える朝方の、少しずつ時間が経っていることをあのひとの腹の上をなぞるひかりで知る


あのひとはうみのなか

だれとも目を合わさずに

よこたわっていた


最後にした話はなんについてだったか

もう声さえも忘れていて

いつもは電話口で聞く

あのけだるい声さえも

聞き慣れたはずなのに

冷たい手を 鼻先を 感じたとたん

あの人の声が

遠のいていく

録音も留守電もたくさん探すけど

たとえ数秒のあの人の記憶を聞いたとて

現実の声が

どんどん

遠のいていく


まだ冷える朝だった

あのひとの目の色を知った

もう人ではない皮膚が

もうひとではないくせに

日の光をとかして虹色に

うぶげが

およいでいる。


握りつぶされた贈与がばれないように

固まったくちびるのなかに

花を

押し込んだ