片思いしている街 | ぴいなつの頭ん中

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殻付き。そにっくなーすが言葉を地獄にかけてやる

男坂はキツイ方。女坂はゆるい方。

坂と名前がついているがどちらも少し長めの階段である。女は何かを強制されるかわりに何かを免除されてきたような気がするこの国の歴史。別に男みたいにならなくても強く生きられる人生がいい。慰められ慣れることは弱気をつくる。


男坂の最後の段は疲れ切った足をふらつかせる、一段だけ少し高い作りになっている。ここで転落したら蒲田行進曲よろしくどこまでも堕ちていけるだろう。学生街に似つかわしい名所である。


男坂をのぼりきった先には落ち着くブックカフェがある。そこも店に入るためにきつめの階段を降りねばならない。なぜか店先のサンプルはほんまもんのワインがおおきなグラスに注いである。誰か飲んでしまわないのだろうか。


高層ビルの合間に一生懸命木を植えていて木漏れ日。ほんじつのワインは鳥のラベルのロゼ、グラス700円。おつまみは男性にナッツ、女性にドライフルーツが与えられた。全世界の画集が国別にうず高く並べられた本棚。パリコーナーを眺めている。日本コーナーにはORIGAMIの本やUKIYOEの本があったような気がする。おおきなソファ。おばさん達は集まってテーブル席にきちっと座る。おなじ一冊の本を一人ずつ持って。ひとりは軽装、ひとりは軽躁、ひとりは珪藻。唯一の墨一点、学生っぽい男性だけが客観的史実をもとに話すが他の人たちは噂で聞いたことのあることや感情をもとに話す。赤い口紅がテラテラしているが皆さん素面のようだ。わたくしだけ、おおきなグラスに注がれた、今しがた開けたばかりのロゼを一口飲むごとに色に見惚れまた一口飲む。イチゴのような味がするがあとから苦味がジュッとひろがるワイン。ワインはフルーティな味かつ眺めていて楽しくなる色のものが好ましい。


持参したたくさんのファンタジーと、買ったばかりの写真集をかわりばんこにつまむ。ぼろぼろの服を着た白黒の娘が、労働に染まった今は亡き街の片隅で、丸くてきらきらしたビーズのような瞳でこちらをみている。呼吸。カメラの前で作り顔をしたまま数秒静止することの照れ臭さを知っているから、慌てて頭を下げたくなるような気分になる。そして、もうすでに撮影されている娘を眺めながら、どうやって彼女に撮影を承諾してもらうか、どうして彼女を撮りたくなったか、犬の記憶を想像する。ふわふわとした感覚が集中によるものかワインによるものか、はたまた、ビーズの目をした娘が写真のこちら側からわたしをさそっているせいなのか。


写真を撮られる夢は誰かに想われていることをあらわす、などと。撮りたくなるような見た目ではないことがずっとこの身に引っかかっているからこそ、見られるために存在する人形を羨望するのだろうか。女の形をした儚さが、なにかを見出させるのだろうか。儚い女はいるが、女は儚くはない。妹か弟を背負った坊主頭の少年の噛みしめる唇が切れ血が滲んでいたことを、写真はそこまで雄弁に語らない。