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渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する

今日は、僕の恩師、中城さんのコメントを読んでおもいつきました。各駅停車は、一駅毎に停車して扉を開閉する。外気が入り込んで瞬間で車内の温度が下がる、移動中に温度を上げる、考えてみればすごいエネルギーの消費量、エネルギー的に言えば、急行や特急の方が消費量は少ないはず。今の電車の状態だと設置位置を調整しないといけないが、戸袋を利用して左から右に空気を流す構造を作れば、空調効率は良くなると思うのだが。http://kotobank.jp/word/エアカーテン


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去年10月ごろ、某照明メーカーのK氏と歓談中に、セミナーで喋ってみませんか?という話がでた、そのときはどうしようかと悩んだのだが、これもチャンスかな?と思って、12月10日の開催日まで決めてしまった。
プロジェクトの納期が決まるとそれにあわせて様々なものの手配をして来た経験がそうさせたのかどうかは不明だが、「すると決めた」その瞬間から

やらないといけないという義務感と緊張感。あたらしいことできるというワクワク感
が頭とココロに満たされる。どうすれば、楽しく初セミナーを開くことができるだろう。きた人に満足感を与えるのにはどうすればいいのだろう?
そんなことばかり考えていた。

その力は強力だった。
自分が他のセミナーを受けても、どんなふうに喋っているのかなぁ、どんな間で、ホワイトボードの使い方や、パワーポイントの内容の見せ方、聴講生との対話、ラポールの取り方などが全て自分にとって必要な情報であると感じてそれを学びとろうとする姿勢が新しく生まれるということだ。テレビをみても、本を探しても、街に出てショッピングセンターを歩いているときでも、いつでもそのアンテナは感度を上げ、ヒントになる何かをつかもうとする。ココロと身体の方向がその方向を向いている感じ。

普通の状態、たとえば数年前なら、セミナーのオファーの時点で断っていたか、あるいは選択の検討すらなされていなかったと思う。
ということは・・・・・
おそらく、「自分はいままで気づかなかっただけなんだ。」

「自分がそれを見ようとしないかぎりそれは見えない。」

自分が正しいと思うもの、そうだと信じるからそれが見えてくる。
いろんなセミナーや本を読んで、ようやく現実が見えてきた。ちがう表現をつかうと、現実の見え方が変わってきた。ということができるのかもしれない。

今回はたまたまセミナーの話だったが、これが新しいビジネスチャンスや男女の出会いということも考えられる。
あの時、旨く行った。あのときは最高の仕事をして沢山の人に感謝された。そんな記憶はだれでもあると思います。

うまくいった成功した時の結果に酔いしれてしまっている状況の記憶、「成功の味」を忘れることが出来なくなってしまうと、自分で自分を模倣することが正しいというルールが頭(心)の中に作られてしまいます。

ルールの力は強力なのです。たとえばうまくいった企画をもう一度繰り返すことがあります。

ココロ中の小さな声「それは以前その方法で成功したから。」という選択を決める原因になっている。と考えるちょっとヤバいと思いませんか?

「自己模倣」、クリエーターにとってはこいつは最大かつ最強の敵なのです。

成功に酔いしれて自信満々の時、何故?これがうまくいったんだろう?「成功の味」を感じるとともに「成功の味の素」(笑)を考え、分析しておくと素晴らしいリソースになると思います。

その時、その時にどんな選択をしてきたからうまく行くとことができた。あるいは、失敗した。その選択を決める原因が自分の基準でありルールだと思います。

あなたのそのルールはどんなものでしょうか?
最初に料理をしたそのきっかけは、近くに食べるところが無い、そんな理屈だった。折角大きなキッチンがあるのだからなんかつくろう、と思って単に電子レンジで「チン」して食べていた(笑)
間違ったらどうしよう?
失敗したらどうしよう?
なんて考えると料理は出来ない。作る前から出来なかった時どうしようか?と考えてしまっていると
やった事がないから出来ない。
誰かに教えてもらおう。
という発想になるかも知れない。
僕の場合はちと違った。
失敗しても食べられないのは一食かその程度、もう一度作り直せば良い。
まずいおもいをするのは自分だけ。
料理を初めて作る人が熟練した主婦のように出来ないのは当たり前。
「いきなりうまく行く」「うまくいかないと駄目」と考え、自分で自分のハードルを高く設定してしまって
到達できないと駄目だと考えてしまう。
これは周りにいろんな人がいると陥りやすい現象で、今回の料理は周りにアドバイスしてくれる人や、
批判をする人が存在しなかった。
存在しないと意見を聞く事も出来ないが、聴く必要も無い(笑)
もし、友人に料理がうまい友達がいたら、友人に頼ってしまったり、料理をしている状況を見られて変に緊張してしまうだろう。また、こんなコトバをかけられたら恐らく僕は自分で包丁を持つ事もなかったかも知れない。
「あんた料理、向いてないね」
でも、意識が前向きだとこんな答えを返せるのだろう。
「当たり前だ、僕は今日、包丁をもったとこだもんね。」

なにかを始める時、その分野にココロを奪われる何かがあると感じる時。
それを始めるのだが、あまりうまく行かないことがある、むしろうまく行かない事の方が多いかもしれない。
そんな時、
その路の権威者が「あんた、向いてないね」と言ったとき
あなたはどう答えるだろうか?
デザインとはかたちをつくることでは無く、かたちをつくる考えかたをつくる。 『クリエイティブマインド』 杉山恒太郎著から

僕もこの考えかたに激しくリスペクトする。制作したもの、出来上がったものはどういう位置づけでどんな機能を持ち、どんな効果を人に与えて、それがどんな社会的な影響をもたらすのか?

そんなことを最近真面目に考えてデザインするようになってきた。映像制作で有ればそれを作る、撮影したり、編集したり、実作業し、それをDVDとかに焼いて提出するという「作業」がクリエイティブワークだと考えている人が多い、確かに、車の運転や道路工事のガードマンに比べては「クリエイティブ」かも知れない。すこし乱暴な言い方をすると、それはクリエイティブな仕事に関わっているだけでクリエティブな仕事をしているとは言えない。

本当のクリエイティブデザインとは、こんな意図がある。

1.それがパブリッシュする。媒体の選択もプランのうち。

2.それを見た(鑑賞した)人が感動を受ける。

3.行動をしたくなる。あるいはどんなイメージをその(例えば広告物)から受けるのか。

4.そのことで、今までと違う認識が上乗せされる。場合によっては書き換える効果がある。たとえば、CFは見る人に可能性を拡げさせる役割を担っている。そんなこともできるのだ、楽しそう、やってみよう。ここでの注意はその認識なり可能性は生活をする上で単に喜びを与えるだけにとどまらず、豊かさや、幸せ感や、生活がもっとよくなるような提案が根底にあることが必要だ。(これは制作者として大衆に対して情報を発信する役割を与えられた者としての守るべきセオリーであると私は思っている)


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