集中してその問題に取り組むと、考えている状態を意識から潜在意識に昇華させることができる。パズルのなどで、問題が出された時は答えを導くことができないのだが、数日経った後に突然答えが見つかることがある。
潜在意識に任せるそのイメージのモデルはこんな感じ。
1.フォーカスする。どんな結果が必要なのか?望ましい最終的な状態をリアルに描く、例えば制作者であれば、そのプロジェクトがどのような感動を与え、どのような効果をどんな人に与え、どんな行動をすることが望ましいのか?という質問だ。
2.常に考え、もたらされる感動を意識して、リアルにその事を感じながら、紙などにそれを書いて、眺め、口に出してみたりすることで、より深い意識にその問題が落とし込まれる。潜在意識のレベル。
3.日常の生活の中で常に、その問題について考えている潜在的な意識が新しく働き出したということをイメージしてみるとわかりやすい。また、身体の中で自律的に機能している器官(心臓の動き、など)が増加したんだとイメージするのもいいかもしれない。コンピュータ的な言い方をすれば、インターナルプログラム(常にPC上で動作しているプログラム)が追加されたとうイメージも考えることができる。
4.日常の生活においても、変化がある。見るもの、聴こえるもの、触っるもの、から感じる情報が3で作られた潜在意識フィルターで問題解決に必要だとされるあらゆるリソースが集まってくるというイメージ。そして、その能力が自分にはあるのだということを信じること。
5.あれ!、はっ!と思う瞬間がある。理由は無い、それは、「なんか今考えていることと関係が有りそうなことだよ」というサインだと考えて、いつもは無視したり、通り過ぎたりするとこを少し注意深くそれを観察して見る。何か問題を解決するヒントがあるはずだ。
6.5はトリガー(引き金)という言い方をしている。そのトリガーで昔の記憶が蘇ってくる。つまり、生まれてから今まで生きてきた分の記憶という膨大なデーターベースをアクセスしているというイメージ。黒澤明監督が「いいか、記憶は創造の母だぞ」 黒澤明 『評伝 黒澤明』(堀川弘通著)と言ったのはこのことを言ってるのだろう。
7.「すごいひらめいた!!!」と言ってそのひらめいたことだけを問題解決の為にすぐ使うこともできるかも知れないが、ちょっと待って、ここで出そろった要素を一覧で並べてみる。
昔の記憶からのリソース、知識、教養、現在の状況、人脈、時期、などなど。これらの要素の強み、弱みを考えた上で実践的に利用できるように研ぎすます。最適化とも言ったりするけど、頭で考えない。心で考える必要があるのであえてこんなイメージを提唱したい。
8.僕は料理が趣味、カレーもスパイスを調合して作る。煮込み料理は1日前から作り始める。煮込み料理で素材を入れて火が通った状態では、各々の素材の個性が独立している、味の薄いものは、味の濃いものの負けてしまう、また自らの素材の味が弱いのだが、外部(スープ)からの味を吸い込み完成される具もある。 不味くは無いが、美味しいとも言えない。1日おくと各素材の味、スパイスの味が調和され、香り高い煮込み料理ができる。
9.7で素材が集まった状態でプレゼンをしたり、話を進めるのは、さっきの料理の話で素材を鍋に突っ込んで火を通してお皿に盛ったようなもの。味のバランスが出来ていない。客観的に見て突っ込む箇所が沢山ある。文字通り、素材の味を引き出すには、熟成する必要がある、そのために各素材の良いとこ悪いとこを考慮し、料理して、美味して、食べやすい形にする必要がある。そんなイメージを持ち考えをまとめる(統合)
今日の思いつき
「問題が山のようにあるということは同時にチャンスも山のようにあるということだ。」
「問題が山のようにあるということは同時にチャンスも山のようにあるということだ。」
日常の生活の中には宇宙線のようにふりそそいでいるアイデアがある。
日常の生活の中では、
決められた答えを出す、
結果を求められる、
時間に追われる、
様々な条件からその通りになるであろうと思われること、
期待通りである事が最優先にされる、
またそれが正しいという思い込みがあるからその通りに行かないことは、旨く行かない、失敗だと定義されてしまう。
事実、「失敗」のイメージは感情的な痛みを伴う。
それは、誰かを傷つけた痛みかも知れないし、
自分が情けないと思う自分を攻める気持ちかもしれない。
そんな恐怖から逃れるために人は失敗することを怖がり、意に反して失敗してしまったらその苦しい状況から一刻も早く逃げ出したいという気持ちが強い。
でも、ここで少し考えて欲しい、
多くの斬新なアイデアは失敗から創造されているということを。
一生懸命にやって失敗した時、痛い気持ちを暫くニュートラルにして、
と言ってもなかなか出来ないから、
アイデアの神様の目線を短期レンタルするイメージでこんな質問をしてみてはどうだろう。
「この失敗はどんなアイデアを私にもたらしてくれるのか?」
日常の生活の中では、
決められた答えを出す、
結果を求められる、
時間に追われる、
様々な条件からその通りになるであろうと思われること、
期待通りである事が最優先にされる、
またそれが正しいという思い込みがあるからその通りに行かないことは、旨く行かない、失敗だと定義されてしまう。
事実、「失敗」のイメージは感情的な痛みを伴う。
それは、誰かを傷つけた痛みかも知れないし、
自分が情けないと思う自分を攻める気持ちかもしれない。
そんな恐怖から逃れるために人は失敗することを怖がり、意に反して失敗してしまったらその苦しい状況から一刻も早く逃げ出したいという気持ちが強い。
でも、ここで少し考えて欲しい、
多くの斬新なアイデアは失敗から創造されているということを。
一生懸命にやって失敗した時、痛い気持ちを暫くニュートラルにして、
と言ってもなかなか出来ないから、
アイデアの神様の目線を短期レンタルするイメージでこんな質問をしてみてはどうだろう。
「この失敗はどんなアイデアを私にもたらしてくれるのか?」
今日、某商業施設でトイレを利用したら、××××が熱く感じ飛び上がった(笑)。体温と気温が影響しているからだ。これを日常の当たり前の出来事だと考えてしまうと、ここで思考が停止する。それ以上のことは思い浮かばない、必要でないからだ。
例えば、ここの施設がお客様に対して最高の快適な空間を提供する事がベストとされる施設ではどうだろうか?と考えると更にどうれば良いかと思考が進む。便座にお客様のお尻の温度を測るセンサーと周辺の温度を測定するセンサーと、季節のデーターがあれば、××××に対して最適な水温を演算することがそんなに難しく無いと思う。
例えば、ここの施設がお客様に対して最高の快適な空間を提供する事がベストとされる施設ではどうだろうか?と考えると更にどうれば良いかと思考が進む。便座にお客様のお尻の温度を測るセンサーと周辺の温度を測定するセンサーと、季節のデーターがあれば、××××に対して最適な水温を演算することがそんなに難しく無いと思う。
あけましておめでとうございます。
新年を迎え、新たな気分でお過ごしのことかと思います。
まとまった休みがなかなかとれない日本人もお正月だけは3日以上お休みをとることができます。
心が穏やかなときに、今までの振り返りをしてみる時間をとって見たらどうでしょうか?
人は常に全力で生きている。
全力でその人生という物語の役者を演じている。
思っていることを現実にさせようとする力は誰にでもある共通の能力。
だから自分がいつも「何を思って」「何を考えて」行動しているかを注意しないといけない。
そんなこと「思っていない」と思う人は「思っていないこと」に全力を使っているのだ。
幸福な人、不幸な人、気を使う人、怠け者の人、勇敢な人、優柔不断な人。悪役、正義の見方
物語に登場する人物はどんな役であろうと、その役を精一杯演じている。
すなわち、怠惰な人は怠惰である役を精一杯に生きている。
自分が生きている物語はどんな物語だろうか?
恋愛物語、アクション、サスペンス、不幸物語。
物語のコンセプトがそのまま常に「何を思っているか」だ。
人生は自分が考えているより、ずっとずっと短いものだ。
一秒でも早く自分がどんな物語を生きてきたのかを今まで精一杯に生きてきたのかを
見つけること、発見すること。
この正月休みに考えてみると良いと思う。
そしてその物語がいかに悲惨な物語あったとしても、自分の為になる何かがあり。
それを自分が大切にしてきたからこそ、それを得るために役を演じてきた。
ということを自ら認める事が重要である。
その上で、その(人によっては悲惨な)物語の幕を自ら落とし。
今までその役を演じた自分を褒めたたえ、最終回を迎えよう。
そして、
新しい第ニ幕。パート2の人生を自らコンセプトを創り、デザインし、脚本し、演出して
新しく、希望に満ちあふれた素晴らしい役を全力で演じよう。
新年を迎え、新たな気分でお過ごしのことかと思います。
まとまった休みがなかなかとれない日本人もお正月だけは3日以上お休みをとることができます。
心が穏やかなときに、今までの振り返りをしてみる時間をとって見たらどうでしょうか?
人は常に全力で生きている。
全力でその人生という物語の役者を演じている。
思っていることを現実にさせようとする力は誰にでもある共通の能力。
だから自分がいつも「何を思って」「何を考えて」行動しているかを注意しないといけない。
そんなこと「思っていない」と思う人は「思っていないこと」に全力を使っているのだ。
幸福な人、不幸な人、気を使う人、怠け者の人、勇敢な人、優柔不断な人。悪役、正義の見方
物語に登場する人物はどんな役であろうと、その役を精一杯演じている。
すなわち、怠惰な人は怠惰である役を精一杯に生きている。
自分が生きている物語はどんな物語だろうか?
恋愛物語、アクション、サスペンス、不幸物語。
物語のコンセプトがそのまま常に「何を思っているか」だ。
人生は自分が考えているより、ずっとずっと短いものだ。
一秒でも早く自分がどんな物語を生きてきたのかを今まで精一杯に生きてきたのかを
見つけること、発見すること。
この正月休みに考えてみると良いと思う。
そしてその物語がいかに悲惨な物語あったとしても、自分の為になる何かがあり。
それを自分が大切にしてきたからこそ、それを得るために役を演じてきた。
ということを自ら認める事が重要である。
その上で、その(人によっては悲惨な)物語の幕を自ら落とし。
今までその役を演じた自分を褒めたたえ、最終回を迎えよう。
そして、
新しい第ニ幕。パート2の人生を自らコンセプトを創り、デザインし、脚本し、演出して
新しく、希望に満ちあふれた素晴らしい役を全力で演じよう。