渡辺繁一のブログ -14ページ目

渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する

そんなことは出来ない。
そんな事は優秀な人に任せよう。
元々そんなものに私は向いていない。
謙虚であることが、遠慮することが、
美徳であるという考えを私はいまだに捨てる事ができない。

何か賞をもらっても、すぐ人にあげてしまう。
自分はそれに値しないとおもっているからだろう。
受け取ることが出来ないことには、
人の感謝も受け取る事も出来にくくなり、
度を過ぎると貧乏一直線になる。マジ、当たってる。

逆説的だが、私のような感覚を持たない事が、貧乏でなく、金持ちになる秘訣なんだと思う。

こんなにいろんな事を書いているが、マジで貧乏なのはどうしようもない。
だから、自分のことを洗いざらい書いて、皆さんに読んでもらうことで、「真似しない手本に」自分がなる事ができればそれはそれで自分の存在意義があるというものだ。

強情で、我の強い人を見るとうらやましく思う事がある。
営業がヘタなのもその謙虚さのためだろう。

また、一言で自分のことを言い表す事ができない(苦手)なために本当の自分のことを相手に伝えきれていない。だから、客観的に損をしているところがある。第一印象は悪いだろう(笑)

自分自身のプレゼンがなによりもへたくそだ、言葉が足らない、伝えようとすると、焦りが喉を占拠して、思うように言葉が出てこない。
うまく伝えようとする気持ちと、時間が無い、相手にムダな時間を使わせるのは申し訳ない。という気持ちが、混ざり合って頭は混乱し、言葉にならない。

いま、文章をこんなふうに書いているのは、きちんと伝えることができるように自分自身を相手にアピールすることも大事だと思っているからだ、しかし、一度、お話してラポールがとれると私は急に饒舌になる。自分でセミナーを主宰したときも、最初の10分は、硬直して、言葉が口からガチガチのまま出てきて、地面に落ちる。それだから人の心に届かない。

その感覚と相反する気持ちがある。自分では、何か人に出来ないような、自分でしか出来ないことを
やって世間のためになりたいという気持ちがある。
あんまり目立つ事は好きではないという気持ちと、いろんな人に自分の考えを伝えることで、人が変わっていく姿を見るのは自分にとって最高の喜びであると感じるのだ。

あんまり目立つ事は好きではないという気持ちの裏側には、自分を変に解釈されると嫌だなぁ~と思っているから、目立つ事を避けているだけで、本当の自分のアイデンティティがサクッと伝わる状況になれば、考えも変わるのだろうと思う。

僕が、去年の12月セミナーを某企業で開いて、それを聞いてくれた人が、ビジネススクールに通い始めたという。前よりも沢山の本を読むようになったという事を聞いて、「ちょっとは自分も役に立ってるのだなぁ」と思えるようになってきた。

こういうちょっとした事で自信が湧いてくるものなのですね。
成功するとか、しないとかはどうでも良い。
残された時間が少ないのだ。
私は生かされている・・・・・
ちょっと宗教的だが
このことを今日、自覚せずにはいられない出来事があった。

炎は、熱くはなく、ただ綺麗に見えた。それは、僕を包んだ炎なのか。
あるいは別の誰かを包んだ炎なのか、それはわからない。
灰になるのは、そんなに時間のかかるものではないらしい。
むしろ、冷える方が時間がかかるらしい。
そんな話を耳にする。
夢にしては、リアリティがあった・・・・・。
心臓の鼓動だけが、まだ自分が生きてる事を確認できる情報だった。

成功するとか、しないとかはどうでも良い。
偉くなるとか、ならないとかもどうでも良い。
そんなことは、どうでも良い事。
私は、私の知っていること、出来ることを、沢山の人に伝える役割がある。
今日、純粋にこんな気持ちだった。

出来るとか、出来ないとか。
優れているとか、そうでは無いとか。
世間はどうなの、どう思うのか。

そんな事にこだわって、自分のやりたい事、やるべき事を
しまい込んでしまうのは、人類の損失だ。

そんな事にこだわって、自分のやりたい事、やるべき事を
しまい込んで、生きていったとしても。
本当に生きてると言えるのだろうか?
日常の生活が、変化が無く、無味乾燥な感覚に感じられるような状況に陥っている。そこまでひどくは無いのかも知れないが、あんまり代わり映えをする感じでもない、安定しているかも知れない、いつもと同じ事を行っているのは、いつもと同じ事をすることをパターン化という言い方に変えるだけで少し違和感を感じるかも知れない、そう、違和感を感じるのが狙いなのだ。

人は自らの行動をパターン化することによって、脳の稼働率を下げているのでは無いだろうか?
と思えてきた。

ここで少し脳の話。
脳のエネルギーは、ご存知の通り、ブドウ糖である、そして他の臓器よりも多くのエネルギーを消費する。安静にしている時で1日120g、一時間あたり5gのブドウ糖を消費する。この驚くべき消費量を逆手にとってダイエットできないものだろうか?と考えたが、ブドウ糖は少量しか蓄えることが出来ない、糖は余るとインシュリンの働きで脂肪に変わるのだが、脂肪は糖に変わらないものなのだろうか?

きわめて大飯食いのため、脳がそれをする事が大事だと考える優先順位に基づいて脳が使われる。新しい刺激(始めて起った出来事)に対しては非常にその出来事を正確に自分に感じさせ、必要かそうではないか、つまり自分にとって価値があるのか、無いのか、危害を及ぼすのか、あるいはそう出ないのか?楽しいのか、楽しく無いのか?
そういう気持ち、興味津々でその出来事に望む。

新しい体験をした時のことを思い出して欲しい。明日始めての修学旅行だと、神経が高ぶって眠れないという経験をしたことがあると思う。意識が前向きで、脳が刺激を求めて止まないそんな状況だろう。

車の運転、教習所では、私は天性の鈍感さを遺憾なく発揮した、右を見ろと言われないと右を見なかった、左を見ろと言われないと左に注意をはらわなかった。
始めて、車を運転して路上にでた時、周りのものを神経質に見て緊張しながら運転していた。
ハンドルをガチガチになりながら、ロボットのようにぎこちなく、運転していた・・・・・

しかし、運転になれてしまえば、同時に3箇所のミラーで後方を確認しながら、前方の反対車線の車が横断歩道で止まるのを見ながら、CDの音楽に耳を澄まし、隣にいる女性の香水の香りを感じる。
のが当たり前の事のようにできてしまう。(ちなみに私はペーパードライバーなので出来ませんが・・・・)

この能力こそが、パターン化の力なのでは無いだろうか?いつもと同じ事はあまり脳を使わなくても無意識でそれをおこなってしまう。一般的に学習、学ぶことは、「意識せずともできる」というレベルにまで能力を高めるということなのだ。

パターン化されると、いちいち脳は考えない、通勤している人も毎日、毎日同じルートで通勤しているが、昨日乗った電車と今日乗った電車はちょっと止まる位置が違うなんていちいち考えない、同じ事は同じであると脳は考えしまう。会社について通勤電車の中で起った出来事を思い出そうとしても思い出せない、特別なこと電車が大雨で遅れたとか、周りに怖そうなおじさんがいたとか、日常と違うことがあった場合にはそのことを記憶しているが、パターン化されてしまった日常の出来事は、脳を合理的に働かせるために記憶に残りにくい。

あなたが思い出した電車から見えるその頭に浮かぶその風景は、今日の通勤で見たものを思い出しているのでしょうか?

忘れ物もこのパターン化が原因かもしれない、いつも財布はここにあると思い込んでいる(パターン化)されているので、ある(つもり)で安心してしまっている。財布があった記憶が曖昧なのは、今あると思っていることと財布が確かにあったという過去のイメージが結びついてしまっている事が原因かもしれない。

私たちが見ている風景は、当然今の現在のものを見てはいるのだが、いつもと同じものを見ているのだと思う気持ち(パターン化)があると、見えてる風景は、その人が過去に見た風景を頭の中で見ているという認識ができる。

脳が合理的に運営される為にパターン化が行われ、そのために「いい面」と「悪い面」が生まれる。
頭が瞬間的に影響されるときがある。
法外と思える年収を稼ぎ出している話、簡単にだれでも収入を得ることができる話など、話を読むだけですごいなぁと思う反面、自分には無理だろう、詐欺っぽいなぁ、本当にちゃんと稼いでいる人は、「稼いでいる」なんて言わないものではないのだろうか?などと考える。

瞬間的にインパクトを与え、今この瞬間にこの判断をしないと損だ、と思わせてそれをやりたくなる方法。これは、ほとんど人間の心理的な弱いところを突いて購入を促進させる方法の一つではないだろうか?と思えるところがある。

数日前に書いたブログで血糖値の低下が、人間の考え方に及ぼす影響の事を書いた、自分には出来ないすごいこと、いや~ちょっとこんな事・・・と恐怖と少しワクワク感がいりまじった言葉から、ちょっとした混乱を頭に生じる、混乱は、長期的な視野で考える判断力をなくす。

測った事が無いのでなんとも言えないが、頭がカーッとするこの状況は、血糖値が下がっているのだろう。血液の糖分が下がると、脳は、自分(脳のため)のエネルギーを確保するために考えを集中させる。

その結果短期的な視野でしかものごとを検討できなくなる。セールスでは、早く(効率よく)成約をとるために、クライアントが今、その気になっている状況を見逃さず、今、決めることで、特典がある。あとでは値段が上がる。など、心理的な「揺さぶり」をかけて、結論ださせようとする。この揺さぶりは、相手(セールスする人)の話ももちろんだが、その内容を真剣に考える本人(セールスされる側)の心なかに侵入してくる。
「どうしよう、注文しようかな?」
と考えてしまう。

比較的長い時間この問題を考えていると、この混乱した状態、ギャップがあり違和感を感じているこの状態を沈めたいという考え方も出てくるかもしれない。この葛藤状態の「血糖値」の変化を見る事ができれば何か新しい事が発見できそうだ。

「血糖値が下がってれば、短期的な判断に走りやすいんだ」
ということを知っておくと、正しい判断がこの時にできると思う。
今度試して見ようと思うのだが、この様な混乱状態に自分があるなぁ~と思える時に。

1.甘いものを食べる。(合成甘味料は効果がない)
2.高GI食品を食べる。
3.深呼吸をする。
4.リラックスする。

ここまで書いて、アッ!と思った。数日前に書いた「ステート」の話を思い出した。
つまり、言葉(意味付け)、フォーカスが「どうしよう、注文しようかな?」という状態の時に、今書いた1~4は身体の状態を変える事になる。

このアイデアが効果があるかどうかそれは解らないのだが、
何となくよさそうな感じです。
僕はこのころを実践してみて、自分自身のその状況がどのように変わるかを観察してみたい。
また、これを読んだ人もやってみて効果があったら是非投稿して欲しい。

成功しないより成功するほうがはるかに人々の役に立つ事ができる。実際、多くの成功者を動かしているのはエゴや強欲ではなく、人生に対する純粋な愛である。仕事で成功するとが社会に貢献することになるのだ。
『金持ちになる93の方法』 スティーブ・チャンドラー /サム・ベックフォード

プロジェクトが成功する為にフォーカスし、事業主の価値を高めたいという気持ちで仕事にかかることはいいことなのですが、問題があるとその責任をとり、自分が多少の損をしても、プロジェクトを円満にまとめようとして来ました。

最初の失敗のプロジェクトは、人の意見を聞き過ぎで、自分を無くしてしまうということがあり、結果的に大きな損害をだしてしまう事になりました。

自分が縁の下の力持ちで頑張れば、頑張り続ければ、きっと良くなるという気持ちで全力で頑張ってきたが、その裏返しで、自分が最悪の場合はその責任をとれば良いという気持ちがあったことも事実です。潔い感じもしますが、実はエゴですね。
実は「頑張った」という自分の気力、やる気だけ、忙しく仕事をする自分の姿に安定感を得て、満足しまったのでしょう。

うまくいかなかったら、自分の会社だけの問題ではないのです。
自分が社会的な信用を失うことの引き換えに、
プロジェクトが大成功することはあり得ないわけなのに・・・・
自分の今、持っているもの(地位とか、資産とか)は自分が思うほど一般的価値は無いのです、そんなものを投げ出したとこでも、自分が借金に苦しもうが、破産しようが、、社会は大した影響を受けず、だれも幸せにすることはできない。

今、自分を苦しめているものは、本当は何のためのか?だれのためのなのか?