ここんとこ、混乱の連続だ。
業界の固くて古い習慣が新しい考え方を排除するのが、非常によくわかる。
しかし、自分の力は未熟なものだ、状況が解っていたとしても、ヒエラルキーの最下層で仕事をすることは、自分の仕事が役に立たないことが解っていても、言われたことをその通りにする事が収入をアップする事につながる、振り回される側になっているので仕方が無いことなのだが・・・・
こんなことが解るためにわざわざ海外のビジネスセミナーを受けた訳ではないのだが・・・・。
正論や、世間の常識は通用しない、業界のルールこそ常識なのだ、ヒエラルキーの上位の重要感に振り回される、はだかの王様がこの世界には住んでいる。取り巻く人は、自分のリスクにならない事だけを警戒して巧みにはだかの王様とつきあう。このプランは事業主にとっていいとか、悪いとかの問題ではなく、どれだけ儲けるか、どれだけリスクを無くせるか、他より安くできるのか、業界のフォーカスは迷走している。
決める人がヒエラルキーの頂点にいる、○○先生という人種だ。だから、多少の失敗も「あの先生だったら仕方ない」そういう部分でリスクをヘッジしている。
これではいいものは残らないだろう。
と遠巻きに業界の事を批判しても何も変わらない。
もし、私がこの役をやったら何をやってもみんなから叩かれるだろう。
叩かれるのを怖がっている、だからそれをしないと、できないと思っているのだったら、やらない事がいいのだろう。実はそういう選択を私はいままでし続けてきたんだ。
いや、もしかしたら、叩かれた時こそ、自分の柔軟性や、自制心、確信が試される時なのかも知れない。
本当はどうなのか?その他大勢の中で同じように、はだかの王様をフォローし、自分をだまし、生きるのか?それは生きていると言えるのか?
排除されるかもしれない、食えなくなるかも知れない、しかし、殺される事はないだろう。これを怖いとみるか、面白いとみるか、それが自分の挑む力なのだ。
勇者のヨロイはピカピカに輝いているという、戦いに戦いを重ね、無数の刀傷がヨロイのあちこちにつき、それが太陽を反射させ輝いて見えるだという。