【かくれんぼ症候群】注目されると逃げたくなる感情を分析!
注目のイベント!9/23(土)の秋分の日にYouTubeマーケティングサミットにマインドコーチの金子光良さんがブース出展します!無料で体験セッションを受けるチャンス!どれだけ変われるのか、コーチや受講生のお話も聞けます♪無料ご招待はこちら!☟ ☟ ☟ ☟9/23開催!YouTubeマーケティングサミットはこちら>>YouTubeでビジネスを活用する方法、SNSならYouTube一択と言われるほど、濃いファン作りや濃いリストを獲得できるYouTubeのセミナーイベント!注目されたいけど、注目されたくないあまのじゃく感情はなぜ?今回の記事は、ネガティブな記憶を書き換えるワークでよく出てくる私のパターン化された思考を分析してみる。子供に落書きされボロボロになりつつある書き換えノート↓こんな感じで嫌だった記憶を書いている。家族には絶対見られたくないほどドロドロな鉛級の重い記憶。私の40年間の人生を思い返すとよくあるのが、注目されると急に不安になり止めてしまうパターン。最初閃いてコレいいかも!と思って行動↓うまくいく↓注目される↓恥ずかしい・怖い・不安↓やめたい・隠れたいこのパターンはいったいなんだ??いい加減やめにしたい笑◆過去の記憶・小学校の時にピアノの伴奏を任されたけれど途中で怖くなり弾けなくなり、交代。・中学の時に誰も履いていなかったカラーソックスを履くことをひらめき実行!校則には靴下の指定がないことに気づき、赤い靴下を履いて登校しみんなを驚かせた。赤い靴下の子という認識が広まり、自分に対してのラベルが嫌になり、途中で怖くなり普通の靴下に戻した。・大学の英語サークルで英語のスピーチをした。緊張と不安で押し潰されそうになったけど、評価してもらえてやり切った。でも注目される怖さに耐えきれず続けなかった。・航空会社の商社時代、CAさんに向けた商品説明会をやっていた。マイクを持って説明する自分。毎回ストレスで本当に嫌だった。注目されたくなかった。・アフィリエイトで美容商品をレビューするのに、顔を出してやっていた。特に誰に見られるわけでもないし、、と思っていたらアフィリエイト仲間の人に私のサイトを見つけられて急に恥ずかしくなり、サイトを削除。注目されると、やはり不安と恐怖、恥ずかしさに耐えられず…・アフィリエイトの商品の魅力を伝えるためにYouTubeで商品レビューチャンネルを開始。サイトのSEOを狙う目的だったけれど、ある動画がバズって15万回再生となり、収益化。毎日のようにコメントが届き、自分のキャパオーバー。情報に感謝をしてくれる人、褒めてくれる人もいるが、自分の容姿のことを言ってきたり、批判する人など様々な意見が届く。私の事を知らない人からコメントが来る恐怖に耐えられず、顔出しの動画は全て非公開に。ざっとこんな感じで、注目され始めると、かくれんぼ症候群となる自分。前に出ていたのに、急に後ろに潜りたくなる感情。これはなんだろう。そのまま突き抜ければもっと違うステージが見れたと思う。そこで足踏みして、後ずさりしてしまうのはなぜだろう。閃いてこれやったら面白そう!って行動はできるのに途中で恐怖が来て投げ出したくなる。前提として、私の中には注目されたい、スゴイと言われたい、目立ちたいっていう感情がどうやらあるようだ。絶対に注目されたくなかったら最初からやらないはずだから。我ながらなんだか厄介な性格…なぜそう思うのか??それはやはり自己評価が低いからだと思う。他人から評価されることで、自分の価値がわかるから。自分のことを自分が評価していないからだと思う。だいたい自分のことは、心の中で自分を否定したり、けなしたり、攻撃してきた。自分が自分を一番信じられていないから。他人から褒められたい、自己承認欲求があるのだと思う。認めたくはないけれど、自分の中にそんな感情があることを認めてみる。なぜ自己評価が低いのか?なぜ自己評価が低いのか。自己肯定感がなぜ低くなってしまったのか。そこを紐解くと、子供の時の記憶にたどり着く。自己肯定感が低くなる7つの原因はこちらのサイトに詳しく載っている。 否定されて育った(虐待を受けた) 褒められる・認められる機会が少なかった 自分で選択する機会が少なかった 過保護に育てられた 子供時代に甘えられなかった 子供時代に親が話をあまり聞いてくれなかった 常に親から言い返されていた1,2,4,5が当てはまった。虐待はなかったが、過呼吸になるほど怒られたことが数回ある。自分だけひどく怒られ、自分は捨て子なんじゃないかと本気で思っていたこともある。怒られた記憶だけがあり、褒められたり、愛情を伝えわる言葉を言われた記憶もない…大人になってから、親は私に愛情をもって育ててくれたと分かったが、子供の頃は親は怖い存在だったと思う。母親からはネチネチ怒られ、父親からは雷が落ちるような激しい怒られ方をしていた。それで褒められないのだから、自己肯定感が低くなるのは納得がいった。ではなぜそういう出来事を自分が創ったのか?自信が持てない、自分を肯定できない、不安が出てくる、恐怖が出てくる…それは全て親のしつけのせいだ!となりがちだけど、そうではないのよね。全て親の責任だ!で終われば、楽ちんなんだけど。それをしてしまうと、親との関係がうまくいかなくなるし、自分は変われない。子供には親の投影が強く出る。つまり、親も子供の時に私にしたようにきつく叱られてきた。それは父親から聞いている。おじいちゃんがものすごく怖かったそう。連綿と続いてきた親のしつけ方。そこから生まれる自己肯定感の低さ。私の両親も自己肯定感が低い。大抵何かをやろうとするとそんな甘くない、そんなにうまくいくはずがない、やめた方がいい、あんたにはできない、そんなことを言われる。そんな親から育てられると必然的に子供も自己肯定感が低くなる。親もその親の親もおそらく自己肯定感が低いとしたら、誰のせい?祖先をたどってたどって、誰にたどり着く?原始人?笑だからこうなったのは誰のせいでもない。そういう流れで来ている親の元に私は選んで生まれてきたのだから。その感情を使って自分は何を得たかったのか?その感情を味わい、苦しさを感じ、その感情に向き合ったことで、私は今変わろうとしている。もしかしたら、今変わろうとしているこのタイミングのために、私は変わるための動機・理由として自己肯定感の低さを親からギフトとしてもらったのかもしれない。普通に考えたら迷惑なギフトだけれどもう少し大きな視点(大元の自分)から見てみると、この人生での課題が「変わること」だとしたら、自己肯定感の低さがあったからこそ自分は変わりたいとなり、変わると選択できたことになる。そして、私が変わることで私の3人の子供には連綿と続いてきたしつけ方に終止符を打てる。子供には自己肯定感を高く育ってほしい。だから自分の投影をしたくない。そのためにも私は変わる!!そう考えると、自分のためにも親のためにも子供のためにも私は生まれる時に壮大な計画を持ってきたのかもしれない。生きづらさを感じることで自分を変えることに気づく。そして第2の本当の人生が始まる。自分の中に答えがある。誰に何と言われようと、自分がそうだと思えばそうなんだと自分を信じようと思う!過去を紐解き、自分の感情を分析していくと、自分の望む生き方や気づきが得られる、と今日も一歩前進♪先週の恐怖から逃げ出したくなったダークな自分とは今は全く感情が違う。あぁなんだか自分と向き合うって、右往左往、山あり谷あり、一喜一憂、一進一退。。。私のブログを読んだ人は混乱するのでは?と思うくらい自分でも今までにないくらい感情を揺さぶられている。今日もコーチに言われた。変わるためには色々起こると!講座が始まると、よりそれが多くなるんだとか!!!恐怖はだいぶなくなり変わることにワクワクしているけど、それを聞いて、一瞬ひるんだ笑自分が変わることに興味が出てきたらLINE登録してみてくださいね↓ ↓ ↓