edihの昭和音楽よもやま話

60~70年代を中心に、音楽にまつわる話をアップします。


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今日は昔からの知り合いである"julieonmick"さんのコレクションから、沢田研二さんの2008年のトーク番組「ジュリー三昧」をたっぷり聴きながら仕事。ブログにいつもコメントを下さる"オギャン"さんとともに今はないが昔「THE井上バンド」というBBSがあって住人だった時代夜な夜なよく熱く語り合ったものだった。

名前からして沢田さんとストーンズの長年の大ファンで、莫大な彼のコレクションにはいつも楽しませてもらっている。

タイガース、PYG時代の話も興味深かったのだが、久々に聴いて感激したのが、「君をのせて」



(作詞:岩谷時子 作曲:宮川奏 編曲:青木望)


PYGに在籍していた71年11月、ソロとしてのデビュー曲。ヤマハ主催の「合歓ポピュラー・フェスティバル」の参加曲で、PYGが目論んだほどに売れなかったナベ・プロが、ソロとして大きく羽ばたかせようと作曲に"宮川奏"氏を招いて、ストリングスをバックにまるで映画のオープニングのような、スケールの大きな曲であった。

フェスティバルでは入賞できず(楽曲は作曲賞を受賞)売り上げもも10万枚ほどで期待されたほどのセールスではなかった。当時はPYGの中でのジュリーとして聴いていたなかで、「なんでこんなスケールの大きな歌をうたうんだろう」と疑問に思っていた私だが、今聴いてみるとなかなか名曲である。堯之バンドのバックじゃないシングルは無視状態だったが、この曲は別格のように思えた。

あまりリメイクしない沢田さんだが、90年ホンダのCMで珍しくカバー。96年発売のシングル「愛まで待てない」のカップリングとしてレコーディングしている。
「君をのせて」90年バージョン」



アレンジは80年代前半、沢田さんのバッキングの"エキゾティクス"のベーシスト"吉田建"氏。(ギターの"柴山和彦"氏もメンバーだった)
さらっとしたアレンジに肩の力を抜いたような歌い方が
逆に90年代のアダルトなシンガーを物語っているような気がする。

沢田さんにとって「君をのせて」はシングルの中では2番目に嫌いな曲とされているが「ジュリー三昧」によれば「自分はフェスティバルに参加するような上手な歌手ではない。 そういった意味でこの曲は抵抗があった」
ようなことを語っていた。
ただ「エンディングでドラムの猪俣猛さんのシンバルで終わるのは嫌だったが言えなかった」と話していた。

ソロ名義のシングルは、あくまでプロダクションの意向に沿ったものであくまでタイガース、PYGの一員としての拘りがあったのであろう。

「どうせ売れないだから・・・」といって2ndシングルに起用したアルバムからのシングルカット「許されない愛」の大ヒットで、ソロとして長年トップスターとして君臨するのだが、「君をのせて」を歌ってからこその結果だったような気がするのである。
(文中一部敬称略)


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