“ 春爛漫 さくら ”
今筆者は日本の琴さくらの曲を聞いたばかりである。
むかし筆者は宮城流で幼少の頃だが少々琴をかじったことがあった。さくら、六段の調べ。懐かしい思い出だ。
筆者は音楽が我が友である。その意味は又の機会にでも又お伝えしたいと思うのだが。そして今日のテーマは神経。
皆さんもそうであるように毎日目まぐるしい日々を送っている我々はいつ気が休まるのであろうか?
近頃非常に感じることは、そうした神経を労わるカリキュラムを作って導入しない限りには我々はいつも切迫した観念の日々を送らざるを得ない環境におかれている方が多いのではないかと感じる。
では神経を労わるとはどんなカタゴリーがあるのか?
01 ) 心にゆとりの持てる音楽を聞く
02 ) ゆとりのあるバランスの良い食事
03 ) ゆとりを持った生活
   ●睡眠 
   ●経済
   ●人間関係
ざっと挙げただけでも以上の項目は最も一般的である。
ここで読者の皆さんはある一つのことに気付かれたことだろう。それは、ゆとり、そしてバランスと言った言葉だ。
そしてその意味は非常に重要なポイントとなる。
よく、“ 神経研ぎ澄まされた ”というような表現を耳にすることがある。それは神経が張り詰めた状態を意味する時によく表現される言葉だが。そして今回のテーマは神経を労わる。ある意味では逆のことを意味していると言っても過言ではないと思う。
さて神経を労わる為にはどうやらバランスの良いゆとりを持った生活が必要ということなのだろうか。
しかしこのテーマは究極のテーマであって中々我々凡人はそのような理想な人生を育むことは難しいと言えそうだ。
では、先ずできることから始めたらどうなのだろうかというのが我が心境である。そしてそれは、できるだけ五感を満たすという努力である。それが第一番目の心にゆとりの持てる音楽を聞く。そして筆者はことあるごとにその状況に応じた音楽を選択してリスニングしている。専ら朝は爽やかな西洋のクラシックミュージック。そして夜はジャズが多い。又その間には疲労を感じた時などは琴筝曲を聞くこともある。
こうしてあまり経済的負担にならない程度のゆとりあるカリキュラムを作ることもある意味ではゆとりのある心からその発想が生まれてこようと言えそうだ。

きのうの夕方、バングラデシュの玄関、ダッカ空港の近く知り合い宅までお邪魔をした。そしてその宅の屋上から眺める景色は壮大だった。その殆んどが国内線ビーマン機であったが、なぜかその景色の向こうに我が故郷を思い出していた。
筆者の人生は総じて親離れが早く筆者の年で15歳の時には既に母を離れて大都会東京の私立高校全寮制へとその勉学に挑戦をすることになった。その時代のふるさと同級生は平林たか子さんと言った。そしてその後彼女は中央大学の法学部へと進むことになった。そして筆者は国立音楽大学の声楽部へと進学をした。
今ではたか子さんとは長いこと音信不通である為に、彼女が現在幸せな人生を築いているかどうかは定かではない。又彼女が司法試験に突破して弁護士を歩んでいるのか否かも定かではない。そして筆者は彼女のその想像すらつかないだろうバングラデシュにいるのだから。更にはホメオパシー免疫医療の草の根活動に現在奮闘していることを。そして幸せに健康を取り戻して首都ダッカで生活をしている昨今を。
昔たか子さんと私は中央線の彼方、松本駅から特急あずさで新宿までよく通ったものだ。その当時我々の制服はセーラー服。そして彼女のスカートの丈はミニスカート。そして筆者は思いっきりロングプリーツスカート。そしてその当時我々はそのスカートのことを“ ロンプリ ”と呼んだ。そしてロンプリを履いた学生は“ 番長組み
 ”。が筆者はこの方番長と呼ばれるほどの組を組んだことはなかった。それどころか常に一匹狼の一風変わり者の
“ ちょんまげ ”“ ビアダル拡声器 ”
と呼ばれていた。この二つは共にその当時の筆者のあだ名でもあった。
こんな昔話を始めたらきりがない。いつ終るのかわからないほどたくさんのネタがある。またいつかご紹介することにしよう。
さてたか子さんだが現在どこにいてどんな生活をしているのかわからないが、元気であって欲しいと思う限りだ。彼女は筆者とは違ってまじめな学生であったのだから特にそう思うのかもしれない。
きょうの筆者のアメブロがそんなたか子さんに届いたとしたら実に感激だ。又その為のブログでもある。その名も
“ アメブロ草の根運動 ”
近頃はインターネットの普及でこうしたアメブロ草の根運動も昔から比べれば、想像に絶する勢いで広がって行くことは違えのないことだ。未来が楽しみである。
だからこそして筆者は毎日真剣勝負でこのブログに思いを載せている。
しかしまだまだ日本のホメオパシーに関する情報と薬剤は遅れているように思えてならない。それは世界のレベルと比較してみて。
特に筆者が日本のホメオパシー協会にたいして、その協会に所属する診療所の医師たちの薬剤の調達に対する情報が全く欠落していることだ。その薬剤は日本で製造されたものなのか、又は、第三国から輸入されたものなのか?
こうした情報が開示されていないというところにもバングラデシュから見た我々には奇異に感じるということなのである。
現に、筆者の主治医であった何人もの医師がそれを疑問に抱いていたことはたしかなことだ。
今やホメオパシー免疫医療はオカルト医療ではない。かっこたるその医学的根拠の元にその薬剤は証明されている今日がある。日本のホメオパシーも我々にはもっともっと近ずいてその友好活動を共にできる日がくれば良いと思う限りだ。


“ 読者の皆さんは現在健康ですか?”
こんな質問をされて近頃の若者もその80%近くが以外にも即決な返事ができなくなっているのが昨今であると聞いている。その背景にはかなり多くの若者がアレルギー性疾患をかかえている日本の状況。そしてその若者が自己診断でアレルギー性疾患を病的症状と捉えるか捉えないかによっても大分日本人青年の健康度の指数が変わってくるのだが。
さて、読者の皆さんが健康に大変に興味があることを筆者は期待をして毎日執筆活動をしているのである。
もし読者の皆さんの中で、我健康には興味がない。
このような方がおられたら、どうして興味がないのかを一度聞いてみたいと思う次第だ。ひょっとしてその人は既にある特定のホメオパシーの薬剤患者である恐れが非常に高いからである。その名も“ うつ症状 ”。
しかしそうした自分ではあまり気が付かないうつ症状であっても、周りの人と比べて自己があまりにも協調性がないなどの状況に陥った時には、一度自己の精神状況をチェックされたほうがよいかもしれない。あまり酷くならないうちに。
そしてホメオパシー免疫医療でのうつ症状だが、かなり凶暴性を帯びていないうちは、良い薬剤が何種類かあって、かなり早期改善も期待できる。ホメオパシーではうつ病はそんなに犬猿される病気でもない。極一般的な症状の一つである。
果たしてその症状を自分がうつ症状と断定してその治療を必要とすることからその症状に対する改善の一歩が始まるのであるから。
ホメオパシー免疫療法ではうつ症状の患者に対する早期改善が非常に早いことがその特徴として挙げられているだ。
“ 嬉しい知らせ “
それは日本に帰国している中嶋さんから早くも朗報が寄せられた。その朗報とは?先日中嶋さんが日本にいる知人がアレルギー性鼻炎で悩んでいるとのことで、バングラデシュからレメディーの鼻炎薬剤を試しに持ち帰ったことがきっかけだった。そしてその対象の人物とは二人。その二人についての詳しい詳細はまだ分かってはいないのだが。しかしその中嶋さんが持ち帰った鼻炎剤があまりの効き目の凄さにその日本人の患者さんはビックリしたという嬉しい知らせだった。
内臓器官まで慢性化されていない鼻炎であれば、規制のレメディー薬剤でその効果は期待ができそうだ。こうして早くもその証拠検証の報告が日本から届けられたのだから。
筆者もそうであるが鼻炎の為の鼻つまりや頭痛は実に辛いものがある。筆者は昨年暮れの鼻炎にはもうこの世のものではないほどの苦しさに見回れていた。実に鼻水が滝のごとく。そうかと思えば鼻つまり。そして両方の鼻には大きなポリープが二つ。そして現在はその80%が改善されて全くの苦痛を感じない日常生活がある。これは天の恵みの何者でもないと筆者は仏にそう感謝をした。そして筆者は主治医マムン先生から処方された鼻炎の薬剤とは何と女性の子宮筋腫を治療する薬剤だったのである。こうした難しい治療は後になってからとしても、筆者の鼻炎が子宮から由来していたということは驚きである。果たして、日本の患者さんはどうなのだろうか?

今バングラデシュではワールドクリケット大会で、街中が賑わっている。日本はベースボール大国であるのだが。
嘗てバングラデシュはイギリスの植民地であった。そしてその当時のインドは所謂コンチネンタルインド大陸とでも言おうかお隣の国インドとパキスタン東西領を含めた広大な敷地の上にイギリス植民地が築かれていたのであった。
その中でもバングラデシュはその地形からも分かるように肥沃な平らな扇情地帯に現在の独立国家バングラデシュがある。
筆者の少女時代の地図にはその国はまだ東パキスタンであった。そして東西に分割されたパキスタン。その当時少女であった筆者には一国の広大な国パキスタンが二分割にされているのが、なぜか大変に不思議に思ったものである。そして現在バングラデシュは世界に認められた国独立国家バングラデシュとして誕生したのである。
しかし国は二分割されても、文化は二分割されなかったのである。今回はその文化のもたらす恩恵と影響を紹介しようかと考えた次第だ。
クリケットワールドカップもさることながら、音楽、食文化、建築文化、宗教、。
こうした幅広い文化の共通が、実はこの広大な敷地の上に築かれた庶民によって何千年も支えられてきた。
そして医療もしかりだ。
現在のパキスタンにはホメオパシーの製剤メーカーとして
“ ケント-----KENT ”が
その優勢にある。
このメーカーの薬剤の特徴としては、所謂市販レメディーと言ったところだろうか。それは出来合いの“市販の風邪薬”とでもいったところをイメージして頂ければ宜しいと思うのだが。しかしその中には少数の錠剤薬もあるのだが。そしてホメオパシーに至っては、圧倒的に液体の薬が主流をなしている現況がある。
医師によっては、緊急時の発熱などの症状に子どもなどによく使用されるシュガーボールやシュガーパウダーなどがある。
しかし筆者は専らアルコールを主体とした液体薬を常時服用する毎日があるのだが。
さて、そのケント----KENTである。薬剤
このメーカーの多くの薬が出来合い調合されている。
そしてその調合は初期の慢性症状の患者に適していると筆者は考えている。
又そうした、例えば慢性鼻炎である。
日本もこれからスギ花粉症候群アレルギー患者が続出してくる季節でもある。そしてそのレメディー薬は、そうした患者でもまだあまり慢性化されていない患者に効果があると筆者は考えている。その意味は、単純に慢性鼻炎だけの目的にそのレメディーを服用する。しかし既に内臓にも問題が生じているようなケースの患者に至ってはあまり薦められない。そうしたケースはホリスティック治療がやはり最適ではないのかと考えられるからだ。
こうして現在バングラデシュにあっては、        そのお膝元にあって最前線のホメオパシー薬剤の情報が毎日発信されてくる。
しかしこうした状況とは全く異にした日本の状況。
まるで雲を掴むような。                 肌寒ささえ感じてしまう筆者なのであるが。
現実的には日本の状況はどうなのだろうか?
やはりホメオパシーはかなりその高度な技術の知識と薬剤を必要とする。そして、そんな薬剤が日本薬剤で製造されているという噂をまだ筆者は耳にしていないのであるが。