ここは南アジアの国バングラデシュ。
既にきょう4月3日の時点で連日40度を略下回る猛暑の夏。日本の夏と違うことは夏と称される期間が非常に長いことだ。だからそここの国は熱帯地方と呼ばれる所以なのだろうが。
さて読者の皆さんは春、夏、秋、冬、どの季節を一番好むであろうか?筆者は秋である。春も大変好きであるが。しかし一番どの季節が好きであるか?と聞かれればやはり秋と応えるだろう。その理由としては、先ず一番に肉体的に調子の良いことが上げられる。夏の息苦しさからも開放されて先ずは心肺機能の改善を感じられる。今でもそうであるように毎朝早朝には歩行運動の為に近くの公園へ繰り出す。なんとその公園は別に特別小さな公園ではないのだが、例えばサッカー場も二つ整備されている。我々熟年層の歩行行列を他所にそうした若者のサッカーチームも毎朝練習にへと励んでいる。しかしその歩行行列の人の多いことはやはりここはバングラデシュだなと感じざるを得ないのであるが。しかしその歩行行列はなかなか走ろうとはしないのである。専ら歩くのみである。それがやや涼しくなり冬にもなろうとするころから一人二人とちらほら走る人が目に付く季節となる。それが秋だ。しかしバングラデシュの秋の季節は正味一週間と言われる非常に短い美しい季節なのである。
こうして暑さ寒さは我われ人類を支配してきたのである。
そしてこの暑さ寒さは年々我々人類の高齢化社会に生きる
高齢者や熟年層を脅かそうとしている。昨今ではそうした高齢者ばかりではない。それはアレルギーを起こしている青少年もそうであるように。
もう暫くすれば日本にも厚い夏の季節がやってくる。
今年の夏バテ対策は読者の皆さんはどうなさるだろうか?
筆者は今年の夏バテ対策には、先ず歩行運動を持続してみようかと考えたのだが。そして既に夏野菜の王者ニガウリも店先には売られている。
そして忘れてはならいもう一つのこと。
それはホメオパシーの免疫療法肝臓プログラムを取り入れることだ。既に筆者は二週間前からこのプログラムを取り入れて服用が始まっている。そしてその参加者のもう一人が日本の信州松本にいる母である。恐らく今年は早めにこうした夏バテ対策をとった為に、秋になってからそして冬になってからも、我々は少なくとも夏バテの為に激痩せはしないだろうとその期待をするところであるが。
健康維持には早健め早めの対策が何よりも大切なことである。
そしてその実行が!!!
“ 嬉しい知らせ “
それは日本に帰国している中嶋さんから早くも朗報が寄せられた。その朗報とは?先日中嶋さんが日本にいる知人がアレルギー性鼻炎で悩んでいるとのことで、バングラデシュからレメディーの鼻炎薬剤を試しに持ち帰ったことがきっかけだった。そしてその対象の人物とは二人。その二人についての詳しい詳細はまだ分かってはいないのだが。しかしその中嶋さんが持ち帰った鼻炎剤があまりの効き目の凄さにその日本人の患者さんはビックリしたという嬉しい知らせだった。
内臓器官まで慢性化されていない鼻炎であれば、規制のレメディー薬剤でその効果は期待ができそうだ。こうして早くもその証拠検証の報告が日本から届けられたのだから。
筆者もそうであるが鼻炎の為の鼻つまりや頭痛は実に辛いものがある。筆者は昨年暮れの鼻炎にはもうこの世のものではないほどの苦しさに見回れていた。実に鼻水が滝のごとく。そうかと思えば鼻つまり。そして両方の鼻には大きなポリープが二つ。そして現在はその80%が改善されて全くの苦痛を感じない日常生活がある。これは天の恵みの何者でもないと筆者は仏にそう感謝をした。そして筆者は主治医マムン先生から処方された鼻炎の薬剤とは何と女性の子宮筋腫を治療する薬剤だったのである。こうした難しい治療は後になってからとしても、筆者の鼻炎が子宮から由来していたということは驚きである。果たして、日本の患者さんはどうなのだろうか?

既にあれから4年が経った、、、。 
その当時、その最後の弁護士は93歳だった。       いつも主賓席に座って外を眺めていた日課がそこにはあった。その弁護士スースフ氏は昔時の大統領でもあった。そして彼の最後は脳梗塞が原因の死亡であった。その弁護士と筆者とは近隣の間柄で非常に友好が深かったのだ。その当時の弁護士スースフ氏は人生の最後をまるで見極めるように、いつも人々には優しい眼差しで微笑んでくれていた。今から思えば、その弁護士スースフ氏はいつも同じ席で動くことなく静止状態で何時間もの間その主賓席に座っていたことが。やはり氏の死亡原因が脳梗塞であることからも、じいっと静止したままでいる状態は人間にとっては何らかの危険信号にも近いものがあるに違いないと学ばざるを得なかった。そしてその当時の筆者はホメオパシー医療は当然のことながら、地元バングラデシュではハムダットの名で知れている自然薬草のプロダクトにもその当時は手を染めていた。そして頭の免疫力を高める薬草があり、筆者は暫しその薬草を常用していた時代があったのだ。そして弁護士スースフ氏が入院をしたその知らせに筆者は自分が常用しているその薬草を弁護士の自宅へと届けた。そしてその薬草を弁護士ユースフ氏が服用をしてくれるのかどうかは別として、既に高齢である弁護士にとっては副作用があまりない自然良薬治療は必要なはずであった。そして氏の家族の知らせは、ユースフ弁護士がその薬草を口にしてくれたという知らせが届けられたことだった。あの時の筆者の気持ちは実に嬉しかったことを覚えている。
こうして筆者はバングラデシュへ来てからも、既に色々な分野に手を染めることとなった。そして、現在がある。
現在は専ら、朝の1時間歩行運動とジョギングに情熱を燃やしている。それは何を隠そう弁護士ユースフ氏が自己の最後を筆者にいかに日常の運動が人間の人生には必要であるのかを教えてくれたそしてこの世を去って行ったような気がしてならないからだ。
こうして筆者は先人の人生を大切にして今日がある。そしてここは南アジアの国バングラデシュ。






日本から春便りが届いた。
それはそめい吉野さくらの見事な満開であった。筆者がまだ日本にいた当時のことである。筆者は桜に関しては、5部咲きから7部咲きが、特にそめい吉野さくらに関しては好きであった。そしてしだれ桜に関しては、満開を好んでいた。
こんな話をしていると今にも直ぐさま日本へ帰りたくなってしまう我が心境であるのだが。しかし筆者は敢えてこのバングラデシュ人との心を共有しようと、なるべくこの土地から離れないようにと努めてきた。そして今日がある。そのお蔭もありそうした筆者の心をこの国の住民は分かってくれて我を心から向かえ入れるようになってくれた。最初は第三国に対するイメージもあって、かなり抵抗感があったのだが。しかし最近は先進国と言われている日本だが、この地、バングラデシュから見ては、特に医療に関しての情報もさることながら、非常に閉鎖的であることが彼等バングラ人の印象である。それはまさに驚きの一言だ。医療以外には大陸的な情報の不足である。彼等バングラ人は一族をもって転地へて移民をしている。だが、日系ブラジル人と彼等バングラ人の移民に関する考え方の違いは、彼等の心には我等の母国はバングラデシュである。という一点だ。しかし、筆者の知る限りでは、多くの熊本県民や、長野県民らが、転地ブラジルへと移っていった。そしてその同胞は祖国日本を忘れて。
しかし祖国バングラデシュを永遠と愛するバングラ人は、世界どこの国へ移民をして行っても、母国のことは決して忘れないようである。それは、彼等民族の心には積み重ねの学びが確りと根付ているように思えてならない。しかし我が同胞は残念ながらそうした賢さは持ち合わせてはいないのだろうか?
ホメオパシーと関わって筆者も11年目になった。
そしてどんなバングラ人が好んでホメオパシー免疫療法を取り入れるのだろうかと観察をしている。
そしてその層なのであるが、極端に2分化されていることが最近になっても明らかになっている。そしてその2分化の層は、先ずは、貧困者層である。その貧困者層は主に地域のローカルドクターを頼りとしてしている。そしてそのダクターの治療は主にホメオパシー緊急医療を目指している。その治療は例えば慢性病などの治療には向かいないケースが多い。筆者も主治医を替えて12人になるわけだが、やはり確りとした慢性病を治療できる医師は、ここバングラデシュと言えども少ないことが判明されている。つまりは、ホメオパシー免疫療法と言えども、現代医療の善処療法のようなホメオパシー地域緊急医療医とでも言おうか。
こうして筆者は転々とバングラデシュ最前線のホメオパシー免疫医療医を11年に渡る間向学をさせてもらってきた。それは実に筆者にとっては天から授かった恵みと言えよう。
その12人のホメオパシーの医師であるが、その二人が女医であった。女医には女医の良いところもある。それは筆者が女である以上は疑いのない事実でろう。例えば、更年期障害に対する理解。頭がすぐかっとなる、動機がする、手が燃えるように熱い、などの女性特有の症状については、論よりも証拠で容易くその診断に対する適切な薬が処方されてきた。又体力を補給する意味でのトニック剤を用いた治療も行ってきた。こうして筆者は女医との付き合いもかなり長い間患者として診療所を訪れていた。それが、、、、、
信州の実家の母からのたった一言の苦情である!!!
母 「 お前ね、だめだわ。」
筆者「 へえ?何がだめなの?」
母 「 シャミマ先生の薬が、まったく効かないのよ。」
筆者「 ええ?困ったわね。じゃあ、新しいモット上の先生
    を探してみようか?」
母 「 そう?ありがとうね。じゃあ、待ってるから。」
こうして現在のマムン先生へと母は主治医を替えざるを得ない状況になったのだ。3年前に母はまだ凹版幕症と断定されるだけで、緑内障ではなかった。そしてバングラデシュの検査機関へもかなりのお金をつぎ込んでその目の精密検査を行った。しかし、やはり緑内障ではなかった。その診断の下に女医からはその当時かなりの凹版幕症に対する薬が処方された。そして母はそれを日本へ持ち帰った。がその結果が、
< 目の悪化の侵攻が止まらない ! >
という非常事態がおきていたのである。
こうして母は現在主治医の薦める
< ホリスティック全体観医療 >
へとその高度な医療へと新天地を求めていったのである。


 

  

きょうのバングラデシュの気温は既に何と37度だそうだ。日本の気温はどうなのだろうか?現在はさくら前線の情報で日本は最も春の素敵な季節を迎えていることだろう。懐かしい日本の四季。筆者は昔から日本語の古典が好きでその意味は分からなくても暗記をして口から並べたものであった。
特にさくらの季節の花見にかけては、色々なその時代の男女のエピソードがあるようだ。まさにシェイクスピアの世界の様に。
このバングラデシュの気候に筆者はなぜかロマンを感じられないでいる。それはこの暑さが原因である。又、冬と呼ばれている季節には暖房機もなく、寒い部屋で鼻を詰らせながら咳をして、ジャケットに身を包みながらその時の通り過ぎるのを待たねばならない。しかしこの国の青年たちはいつも発情期のような状態である。その証拠に男女の接触は非常に早い年齢からそのヴァージンオフがあると聞いている。そしてその結果は世界一人口密度の多い国バングラデシュとなった。
よくこうしたバングラデシュの多人口に対して、筆者はバングラデシュの国のあなだを“ 人間カルティヴェーション
つまりは、人間養殖 “とでも呼ぼうか!
一概にこうした動物的本能をそのまま維持し続けるということも現代にあっての日本少子高齢化の時代にあってはこれから研究をしなくてはならないような気がしないでもないのだが。
先日もブログに登場したアフリカケニア人のプロのマラソンランナーの母親の最後の出産は62歳だと聞いた。こうした高齢出産よりも、バングラデシュでは早期16歳前後の出産が非常に多いことが世界でも良く知られているところである。
筆者の個人的な意見としては、やはり出産は一般的な男女の肉体も成熟をもって織り成すのが一番の理想ではないのかと考えているのだが。皆さんはどう思われるだろうか?
きょうは出産に関わることを少々触れたいと思う。
バングラデシュのホメオパシーがバングラデシュの国民に非常に愛されるその理由の一つに、人間隠れた部分での悩み。
それは性の悩みが以外に多いことが挙げられる。
そしてその典型的な一つに、
“ インポテンツ ”
があげられる。
きょうは出産に関わることを触れたいので、男性の悩みは又次回にしたいと思う。
さて問題の出産だ。
実は妊娠7ヶ月頃から、自然分娩に望む為に、ホメオパシーのある薬剤をつかって臨月に望むという活気的な処方であるようだ。筆者は残念ながらその経験がないので、その処方が有効的であるのかないのかはその調べがないのであるが。しかし少なくもその薬剤を使って分娩をした妊婦は、不思議にも胎児が母体からでる寸前には、母体の子宮口が大きく開口したと聞かされた。そしてそれは無痛同然のように。
こうした情報は日本の産婦人科では、以外に珍しくない情報だとも聞いたことがあるが。果たしてその真相は?
ホメオパシー免疫療法はバングラデシュにあっては、こうした自然分娩を目指すカップルにとっては一番有り難い治療としてその脚光を浴びている。
そして反対派現代医療アロパシーであるが、その対象とする90%の臨月の産婦にその帝王切開を奨めていると言われている。
そして、その帝王切開の仕方だが、昔は米国アメリカ式の縦割り切開だったようだ。それが最近ではUKイギリス式の横割り切開だと聞く。どうしてこのようにアロパシー産婦人科でも賛否両論に分かれて切開方法が違ってきているのか。現実には筆者はまだその理由は詳しく分からないのだが。その域にはまだ達していない。それはアロパシーの世界の話でもあるからだ。そして未だ未調査の段階である。
こうして大抵の臨月の産婦はお腹を切開されて出産をさせられるのが、ここ現代のバングラデシュの一般家庭である。
さて皆さんはこの話を聞いて、正直にどう思われただろうか?その真相を筆者は実に聞きたいと思う次第である。
最近になってからだが、友人の中嶋さんから聞いた話では日本でもアメリカ並に近頃の日本人カップルの出産にはご主人も同伴で臨むケースが増えてきていると聞かされた。
この話にも日本では賛否両論があるようだが。