はにかんだ笑顔でうつむき加減にやってくる


ドアを開けるなり手を取って


奇声ともつかぬ声


私は思わず言葉を見失う


たっぷりの想いと言葉があふれていたのに


たった一つも言えなくて


目の前のこぼれる笑顔が


20年もの時間を埋める


こんなに近くにいて


こんなにやさしく迎えてくれたのに


あまりにも掛け過ぎた時間を


臆病な私を


ここでもまた後悔している






願いが叶う    とか


約束が守られる    とか


そういうものに縁がなかった


自然と  


期待というものをしなくなり


意識の中から消してしまった


一番確かなのは数式だけ


どんなに形を変えても


イコールの関係は不滅




人の心ほど


不確かで  厄介なものはない


時に   自分の気持ちさえ


迷走する




逃げて  逃げて


私が  自分を助ける方法なんて


それくらいのもの


だって


誰も助けてなんかくれない


誰も守ってなんかくれない


誰も


本当に必要な時には


誰も助けてなんてくれなかった




逃げて


消して


忘れて


閉じ込めた




そうしたら


どうでもよくなって


怖いものもなくなって


にせものの私は


とても大胆な方法で


私を救ってくれたけど


無数の傷は


私に残った




どうしていま頃・・・


思い出すんだろう







てれびドラマがおわってもなお、人気の衰えない竜馬ブームに


一言物申す


確かに動乱の時期に先見の明を持って、この国をひとつにまとめ


諸外国からの侵略を受けることなく、時代転換という大仕事をなしたことに


感謝と尊敬の念をいだいています。しかし、竜馬ファンとして二十数年 近、現代の歴史を


多角的に見てきた結果、国際法のとらえ方の間違いは、竜馬のころが始まりだったのではないか


という疑問がはなれません。国際法を学び、あたかも聖書のごとく忠実に守った国際法に葬られたのは


今の日本です。東京裁判をもっと取り上げるべきです。竜馬は素晴らしいけれど、竜馬のあこがれたものは


一概にそうとは言えません。日本がいつまでもしり込みするのはなぜでしょう?外交が弱いのはなぜでしょう?


優等生が、あこがれ尊敬する先生に教科書でいやというほど頭を叩かれたからです。先生はその優等生の


性格を知り尽くしていました。五十年、百年トラウマになることを。


竜馬の表面だけがヒーローとしてもてはやされば、優等生はまた盲目的に先生にあこがれます。


自分の眼を持ちましょう。


自分の頭を持ちましょう。

水平線を見ていた


気が付いたら岸辺に小さな船が揺らめいていたから


漕ぎだすと滑るように水平線に向かっていった


吸い寄せられるように漕ぎ続けていくと


水平線だと思ってたのが   空の始まりだった


それでも  まだ漕ぎ続けたから


とうとう夜になって


星の間を航海したんだ


あまりの静かさに


星たちのヒソヒソ話が


耳のそばでくすぐったくて




目が醒めちゃった