昨日からBSで「人間の條件」という映画が連続放映されています。
今日は、全6部のうち第2部の放映でした。
この映画は、人間ドラマとして見ごたえがあり、日本映画の中で私が一番好きな映画です。
もう何度も見ています。
日本映画の中で忘れた頃にもう一度見たく映画は、この映画と内田吐夢監督の「宮本武蔵」(1961年製作)ぐらいでしょうか。
五味川純平氏の同名小説を映画化した「人間の条件」は、1959年~1961年に全6部が公開されました。私が生まれる前に製作・公開された映画です。総上映時間は9時間31分に及びます。
現在では閉館してしまった銀座並木座で全6部の一挙上映され、私は学生時代に最初に見ました。
映画を見た帰りに、古本屋で五味川純平氏の同名小説を購入し、一気に読んだことを覚えています。
この映画を最初に劇場で見ましたが、あまりの上映時間の長さにめげてしまい、その時はそれほど強い印象を受けませんでした。
当時は、映画よりも戦争文学としての五味川純平氏の作品に興味がありました。
社会人になってから、ビデオ等で何度か見ているうちに、ドラマとして実に味わい深いものがあり、いろいろと考えさせられることがある点でとても面白く、あらためてこの映画のすばらしさをしみじみと実感することになりました。何度見ても飽きが来ることがない稀有な作品です。
「人間の條件」という映画のタイトルはたいそう大げさなものですが、このタイトルの意味は今日放映された第2部で中国人土工のリーダーである王亨立(宮口精二)が逃亡の罪で捕まった中国人土工が処刑されそうになっている状況下で主人公の梶(仲代達矢)に語る言葉の中で語られています。
正確ではありませんが、「我々は日々小さな誤りを犯すが、決定的な状況での誤りは自分の人間性を否定することになる」といった言葉です。
私流に解釈させてもらえれば、個人の「選択」の問題です。
戦争映画というと、国家と個人の対立の図式の中で、国家のために犠牲を強いられる個人といった側面に焦点を当てている日本映画が多い中、この映画は、戦争という極めて個人の自由が制約された中での、個人の「選択」、つまり自由意思の問題に焦点を当てている点が他の日本映画と異なっています。
こういった扱い方というのは、アメリカの戦争映画の中にはよく見られます。
もともとハリウッド映画というのは、国家のプロパガンダ映画のようなものですから、戦争映画が作られる際に、戦争自体を悪とみなすような映画はあまり作られません。
戦争という極めて過酷な状況下での、個々人の兵士にスポットを当てたドラマ作りが中心となります。最近見たスピルバーグ製作のドラマ「パシフィック」もそうでした。
「人間の條件」は、戦時下での個々人の選択の問題を取り扱っている点で、日本映画の中では異質な部類に属しますが、国家=悪とするような単純な反戦映画にしてしまうと、どうしても人間ドラマが弱くなってしまうので、この映画のような戦争の描き方の方がドラマ作りとしては優れていると思います。
また、この映画の場合、梶という主人公を通じて、その背景にある日中戦争や満州国の状況についても理解を深めることができる点で大変参考になります。
戦争映画で、個人の選択の問題を取り扱った場合、その描き方はアメリカのような戦勝国と日本のような敗戦国では同じようになりません。
この手の戦争映画は、たいてい無邪気な主人公が戦争を通じて思慮深い大人になるという成長のドラマとして描かれます。
戦勝国の場合、その戦争自体が正義ですから、戦争を通じた成長のドラマとして描くことは簡単です。これに対して、敗戦国の場合、その戦争自体が悪とみなされるので、同じような成長のドラマとして描くことができません。人間としては成長しても、戦争自体には負けていますから、結末の描き方も難しくなります。
「人間の條件」という映画はとても長い映画ですが、未見の方は是非一度ご鑑賞ください。
劇場で見るよりも、テレビの方がじっくり見られて良いかもしてません。
※敗戦国の戦争映画の良作としては、下記作品もお奨めです。
ドイツ映画「スターリングラード」(1993年)~「人間の條件」と結末を含め似ています。
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