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Machの日記

365度回転の人生を生きる

今日は、宇都宮市の街中にある眼科へゆく用事があったので、そのついでに近くの古民家に立ち寄りました。

Machの日記

昭和の懐かしさを感じさせる門構えをした建物です。
この古民家は、宇都宮市役所近くの松が峰という場所にあります。
この松が峰という場所は、私が5歳から13歳までを過ごした自宅があった場所です。
ですから、写真の民家は当時の自宅から3分ぐらいのご近所にあったわけですが、訪れたことはありませんでした。

この古民家は、路地奥にある目立たない建物です。
現在は、ギャラリーとして利用されています。

あいにくギャラリーはお休みで、建物の中に入ることはできませんでした。

この古民家をわざわざ訪れた理由はなんでしょう。
それは、あの有名なアニメーターである宮崎駿氏が、戦時中に疎開のため幼少期を過ごした家だからです。

その事実を最近になって知りました。

ギャラリー絆和(ハンナ)
現在乗っているオートバイ HONDA PCX125 のエンジンオイルを交換することにしました。

4月30日に納車し、1か月が経過したので、565kmしか乗っていませんが、マニュアル通りに交換したわけです。
ネットで検索した交換方法を参考に、自分でやりましたが、簡単でした。
道具も揃えましたので、これからもオイル交換ぐらいは自分でやるつもりです。
道具について、オイルタンク底にあるドレンボルトを外すためのトルクレンチを新しく購入しました。
景品でもらったトルクレンチがあったのですが、全く使えませんでした。

現在のPCX125の前にも、同じPCX125に乗っていました。
ただ、PCX125をベースとした3輪トライクで、2年弱5500kmしか乗っていませんでしたが、東京から地方に引っ越し、メンテナンスに不安があったので、購入したバイクショップの親父に相談し、普通の2輪バイクに乗り換えたわけです。

PCXトライクは、なかなか個性的な外観をしており、乗り心地も快適だったので、お気に入りだったのですが、まだまだ一般化していないトライクのメンテナンスを取り扱うバイクショップを近所に見つけることができなかったので、惜しみながらの乗り換えでした。

Machの日記-PCX125
Machの日記-PCX125トライク

PCX125、トライクの雄姿
約1年10か月ぶりに、このブログを再開することにしました。
このブログを停止していた間に、自分を取り巻く状況は劇的に変わりました。
閉塞感に覆われていた世の中の状況が一変し、明るさを取り戻しつつあります。

私は、基本的には個人主義で、自助努力を旨とし、他力本願的な生き方は嫌いです。
しかし、最近、世の中との関わり合いにおいて、政治の重要性を痛切に感じています。
自分の利害だけのために、政治を利用するということではありません。
個人が自己実現を目指して自己の利害を追求しようとするとき、自己責任だけが問題なのではなく、個人を取り巻く社会の状況自体が問題である場合も十分にあり得るわけです。

自己責任だけを問題とするのは、政治がないことと同じです。
政治がない状況は、個人にとって不幸なことです。


昨日からBSで「人間の條件」という映画が連続放映されています。
今日は、全6部のうち第2部の放映でした。
この映画は、人間ドラマとして見ごたえがあり、日本映画の中で私が一番好きな映画です。
もう何度も見ています。
日本映画の中で忘れた頃にもう一度見たく映画は、この映画と内田吐夢監督の「宮本武蔵」(1961年製作)ぐらいでしょうか。

五味川純平氏の同名小説を映画化した「人間の条件」は、1959年~1961年に全6部が公開されました。私が生まれる前に製作・公開された映画です。総上映時間は9時間31分に及びます。

現在では閉館してしまった銀座並木座で全6部の一挙上映され、私は学生時代に最初に見ました。
映画を見た帰りに、古本屋で五味川純平氏の同名小説を購入し、一気に読んだことを覚えています。

この映画を最初に劇場で見ましたが、あまりの上映時間の長さにめげてしまい、その時はそれほど強い印象を受けませんでした。
当時は、映画よりも戦争文学としての五味川純平氏の作品に興味がありました。

社会人になってから、ビデオ等で何度か見ているうちに、ドラマとして実に味わい深いものがあり、いろいろと考えさせられることがある点でとても面白く、あらためてこの映画のすばらしさをしみじみと実感することになりました。何度見ても飽きが来ることがない稀有な作品です。

「人間の條件」という映画のタイトルはたいそう大げさなものですが、このタイトルの意味は今日放映された第2部で中国人土工のリーダーである王亨立(宮口精二)が逃亡の罪で捕まった中国人土工が処刑されそうになっている状況下で主人公の梶(仲代達矢)に語る言葉の中で語られています。
正確ではありませんが、「我々は日々小さな誤りを犯すが、決定的な状況での誤りは自分の人間性を否定することになる」といった言葉です。

私流に解釈させてもらえれば、個人の「選択」の問題です。

戦争映画というと、国家と個人の対立の図式の中で、国家のために犠牲を強いられる個人といった側面に焦点を当てている日本映画が多い中、この映画は、戦争という極めて個人の自由が制約された中での、個人の「選択」、つまり自由意思の問題に焦点を当てている点が他の日本映画と異なっています。

こういった扱い方というのは、アメリカの戦争映画の中にはよく見られます。
もともとハリウッド映画というのは、国家のプロパガンダ映画のようなものですから、戦争映画が作られる際に、戦争自体を悪とみなすような映画はあまり作られません。
戦争という極めて過酷な状況下での、個々人の兵士にスポットを当てたドラマ作りが中心となります。最近見たスピルバーグ製作のドラマ「パシフィック」もそうでした。

「人間の條件」は、戦時下での個々人の選択の問題を取り扱っている点で、日本映画の中では異質な部類に属しますが、国家=悪とするような単純な反戦映画にしてしまうと、どうしても人間ドラマが弱くなってしまうので、この映画のような戦争の描き方の方がドラマ作りとしては優れていると思います。

また、この映画の場合、梶という主人公を通じて、その背景にある日中戦争や満州国の状況についても理解を深めることができる点で大変参考になります。

戦争映画で、個人の選択の問題を取り扱った場合、その描き方はアメリカのような戦勝国と日本のような敗戦国では同じようになりません。
この手の戦争映画は、たいてい無邪気な主人公が戦争を通じて思慮深い大人になるという成長のドラマとして描かれます。
戦勝国の場合、その戦争自体が正義ですから、戦争を通じた成長のドラマとして描くことは簡単です。これに対して、敗戦国の場合、その戦争自体が悪とみなされるので、同じような成長のドラマとして描くことができません。人間としては成長しても、戦争自体には負けていますから、結末の描き方も難しくなります。

「人間の條件」という映画はとても長い映画ですが、未見の方は是非一度ご鑑賞ください。
劇場で見るよりも、テレビの方がじっくり見られて良いかもしてません。

※敗戦国の戦争映画の良作としては、下記作品もお奨めです。
ドイツ映画「スターリングラード」(1993年)~「人間の條件」と結末を含め似ています。


 人間の條件DVD-BOX/仲代達矢,新珠三千代,佐田啓二

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人間の條件〈上〉 (岩波現代文庫)/五味川 純平

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スターリングラード [DVD]/トーマス・クレッチマン,ドミニク・ホルヴィッツ,ヨッヘン・ニッケル

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1ヶ月も前に図書館に予約していた本がようやく借りられました。
すでに予約が入っているので、2週間後には返却しなければなりません。
人気のある本です。
300頁のボリュームがある本ですが、とても読みやすい本です。

シェアビジネスの潮流について書かれた本としては、以前「Mesh」をご紹介させていただきました。
「Mesh」がシェアビジネスの最先端の動向を豊富な事例を挙げながらビビッドに記述されていたのに対して、本書は、社会学的視点を交えながら過去の様々な文献を引用しシェアビジネスの潮流についてとても分かりやすく記述しています。

「ものを所有することは豊かさの象徴で良い事だ」という価値観に基づいた20世紀のハイパー消費社会に対するカウンターとして台頭してきている新しいビジネス&消費スタイルが「シェア」です。

消費社会の中でいくらものを所有しても幸福感や満足感につながらないのは何故か?という疑問は統計的な数字でも確認されています。
この疑問を解消するための新しいライフスタイルとしてシェア型消費スタイルが生まれているともいえます。

本書の解説の中で「サービサイズ」という考え方が紹介されています。
サービサイズとは、モノから得られる価値(サービス)を提供することで、モノの所有権を移転させずに、資源への負荷も低い持続可能性(サスティナビリティ)が高いビジネスモデルに転換しようというコンセプトです。
この考え方の一つの現われが、「シェア」という共有による価値創出です。

私が思うに、この「シェア」の発想というのは、単にモノの共有ということに留まらず、時間と空間をより有効に活用してゆこうとする現代的な消費スタイルです。物質的資源だけが有限なのではなく、特に人々が集中する都会の中では、時間も空間も限られたものです。それら限られた資源を人々が共有することによって、より利用価値の高いものに変えてゆこうとする発想に思えます。

道路、公園、図書館などの公共インフラが整備されている豊かな社会の中に登場してきたもう一つの社会的なインフラともいえるコミュニティレベルでのプラットフォームとも言えそうです。

この「シェア」の新しい潮流が今後、どのような展開を見せてゆくか、とても興味があります。


追記

本書の中でも取り上げられていましたが、デビッド・フィンチャー監督の映画「ファイト・クラブ」をもう一度見たくなりました。
主人公のジャック(エドワード・ノートン)は消費社会にどっぷりつかった人間ですが、いつも不眠症に悩まされ、心の満足を得られていません。
そのジャックが、対極にあるともいえそうなタイラー(ブラッド・ピット)に出会って変わります。
タイラーの行動やその目的は何だったのでしょうか?
タイラーはファイト・クラブを通じて仲間を集め、新しいコミュニティーを創り上げます。
そのコミュニティーの中では、消費社会の中での価値観が通用しません。
何を持っているか、何を着ているか、どんな肩書きや学歴をもっているのか、などは一切関係がありません。
原始的な殴り合いという行動のみに価値を置き、それが参加メンバーの共通ルールです。
映画の結末は、タイラーとその仲間たちが消費社会の象徴を崩壊させるシーンで終わります。

この映画は一種の寓話であり比喩です。
その意味するところを探ると、とっても危険な方向へも行ってしまうおそれもありますが、現在の社会潮流の変化を思うと、奥深いものを感じます。

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