へろー



光陰が矢のごとく突き刺さって6月になりました。

お久しぶりです。


実はネット繋がってずいぶん経つんですけど、書こうかなぁと思って久しぶりにこのページ見てみたら腹立つ量のスパムにブログ新しく立て直そうかなぁ、やめようかなぁ、おなかへったなぁ、眠いなぁ、今日は書くのやめてねようっと、という日々が続いていつの間にか6月になって光陰が矢のごとく突き刺さって流血してました。していました。


今日からは週一、くの一、コードネーム桜で書いていきたいと!心意気だけは!ここに、確かに。。あったはずなんだけどなー、おっかしいなぁー


おかーさーん!

ここにおいてあった僕の心意気どこにやったのー?




「最初からねぇだろあほ息子」




すんません。




わたし、泣かない!!



って思ってこらえてたけど結局最後みんなに握手求められたとこで号泣した。卒業式の話です。


引越しします。国立に引っ越します。八王子が目前に迫っています。

そういうことなんで、新居でネットが繋がるまでしばらくのお別れです。

ほんとはもうちょっといろいろと書こうかなと思ったけど疲れたからやめっ!めっ!


短かったけどありがとね。さようなら祐天寺。

ばいばい




ちょっと思い出す。

小さい頃の特別な記憶。


当時、引っ越したばかりで友達も少なく、一人で遠くへなんかいけないような年で、その土地の地理にも詳しくなかった頃、唯一の友達だった中村君との散歩はちょっとした大冒険だった。

ほんの数十センチの段差が僕らの前に壁のように立ちはだかってくる。二人でリポビタンD並のコンビネーションでそれらをクリアしていくのだ。なんて幼いケインこすぎだったことだろう。


「この先に秘密の抜け道があるんだぜ。」


ある日、中村がそう言った。

子供の頃の行動範囲なんて高が知れてる。家を中心にして半径1kmもないだろう。引っ越して一週間もしないうちに中村と僕はだいたいの道の探索は終えていたある日、中村がそう言ったんだ。


「いこうぜ。」


どこをどう行ったのか覚えてないが、他人の家の庭を抜け、細い路地を抜け、見たことない景色に胸躍らせて、それは本当に大冒険だったことを覚えている。

中村が教えてくれた抜け道を行くと、僕らがよく通っていた終着点の駄菓子屋までほんとうにあっという間についてしまった。まさしくそれは抜け道だった。


「すげぇよ!中村!」


尊敬のまなざしで中村を称えた。

今思えば、その秘密の抜け道を教えてくれた時が、僕らが親友になった瞬間だったのだろう。


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帰りなれた学校からの帰宅道、学芸大学の人ごみを自転車で逆走する。人ごみとぬるい春の風を掻き分け、もやもやした寝ぼけ頭でペダルをこぐ。春だなぁと、ちょっとにやつきながら。


五本木の交差点を抜けて、閑散とした住宅街をひたすらに走る、見慣れた景色、ふと左を見ると視線が抜けた。

幅1mもない細い道に、20cm角のタイルが20cmおきに(子供の歩幅くらい)道のむこうまで並べられている。苔の生えた、暗い道があった。


こんな道があったのか、一年間気づかなかったなと、自転車を降りて、おしながらそのわき道に入り込んでいった。入り口から出口まで、15mもない細く短い道で、住宅と住宅の間から入っていき、出口の左かわは腰の高さまで盛り土された公園があった。


ちょっとどきどきした気持ちで進んでいくと、向こうから子供が二人この路地に侵入してきて、すぐにしゃがみ公園のほうの様子をうかがっていた。

公園のほうを見てみると、一人子供が立っていて周りを見渡している。どうやらかくれんぼをしているようだった。


僕は歩みを止めずに、ずんずん進んで行って子供たちのそばまでいくと、二人の子供は僕に気づいたようで、目があった。子供の一人が人差し指を口にあてて「しーっ!」と小さい声で言った。するともう一人の子が、


「鬼が来た!」


と言って、それを合図に二人は僕の横をすり抜けて走っていってしまった。僕は振り返って、子供たちが道を曲がって消えていくのを確認してからまた歩き出し、その路地をぬけて、自転車に乗って、家へと帰っていった。


自転車をこぎながら中村と、秘密の抜け道のことを考えていた。

春の風があったかいなぁと思った。そして夏のことを思った。今年も暑くなるのだろうか。


背高草の、ざわざわと、それ以外聞こえない静かな夏の風景。

なんかさりげなく夏の花を思い浮かべてしまう。

ちゃらららら~ちゃらららら~ら~ら~

(number girl  トランポリンガール参照)


普段テレビなんて見ない俺は今日知ったんだが、韓国の南大門が燃えた。

youtubeで実際に燃えている映像を見て驚いたが、不謹慎ながらも美しいと思った。壮絶な最後、「芸術は爆発だ」って言葉がちらりと頭をよぎったが、真意はこういうことではないにしろ、それは美しかった。

歴史を目の当たりにしたというか、歴史の終わりを見たというか、そういった類の美。だが、これは非常に憂い事態でもあろう、人にとって、記憶というか、終焉である。記憶の、歴史の。


たまたま今、三島由紀夫の「金閣寺」を読んでいたこともあって非常に考えさせられた。再建される南大門をみな認められるだろうか、それは今までの南大門であるだろうか、同じだと言えるだろうか、生きている人々に残した傷跡はどれほどのものなのだろうか、それほどでもないのだろうか、どうなんだろうか、どうなんだろうか、どうなんだ、どうなんですかぁぁーーーー!!??


韓国人A「まぁ…ぼちぼち?」


俺「あっ…そっすか?なんかすいません。」


韓国人A「いえいえ。……めし」


俺「えっ?」


韓国人A「めし…食った?」


俺「…まだですけど?」


韓国人A「吉野家……行く?」


俺「……行きますか?」



行ってきます。



掃除しない。


以前、男友達の一人が言うに、「俺さぁ、ちらかして限界まできたら掃除する派なんだよね。俺は清潔純情派だっちゅーの!(乳を寄せながら)」


俺は思ったね。それはお前、どう考えても綺麗好きとは言えないだろと。その点俺は使ったものを元に戻さないと気がすまない性質だし、ごみはごみとなった時点で間髪いれずにゴミ箱へ、だ。

たまに友達が家に来ると「意外と部屋キレイジャナイデスカ。」なんてフィリピン訛の片言で言われることもしばしば。


し、か、しだ。

整然と物が並べられたこの部屋はぱっと見では綺麗にみえるのだけれども、掃除機をかける回数がテレビでデビット伊東を見かける回数より少し多いくらいの俺の部屋の片隅でちりも積もれば山となった毛のかたまりと部屋とYシャツと私。


ティッシュを2,3枚まるめて床をすべらし集めてみると、ちょっとした焚き火くらいならできるんじゃないかと思えるほどの量の毛がっていうかなんでこんなに全部が全部ちじれてんだオラァ。どう少なく見積もっても300本ほどのティンもうがわんさかわんさか。ティン毛フェスティバル状態だ。


どういうことだ、これは。

俺の記憶では昨年の11月に一度掃除機をかけたという記憶がある。たった三ヶ月で300本、つまり月に100本ペースだ。一年で王貞治の記録なんてたやすく抜いてしまう。


もう考えられるケースは一つしかない。

俺がいないこの家に誰かが、そう、例えばリア・ディゾンがこっそり忍び込んで少し恥らいながらもおパンティに手を突っ込んでは毛を撒き散らし、突っ込んでは撒き散らしていったに違いない!IQ100前後をいったりきたりの俺の推理だ、間違いない!

そうだ、そうなんだ!これはリアの毛だ!リアの毛なんだ!ムワハハハハ!ムワーハーハーハーハー!



誰か掃除してくれぃ


あんまり書かないでいると、どの面さげて書いたものかと、思い、パソコンの前にちょこんと座り、ぼーっと画面を見つめ、キーボードに手を置いているだけで、なにか億劫になって、少し書いては消し、また少し考え、書いては消しを繰り返して結局のところ更新できないでいたりと、そーいったことも幾日か続けば、さらにそうした気持ちは加速していくものですが、ふとしたときに、たとえば、なんということもないのだけれど、たわいもないことで少し気分がいいときなどに、さっと、今まで悩んでいたことが不思議に思えるくらい軽い気持ちですらすらと書けてしまうということもあるものです。


お久しぶりです。

いまさらですが、年もあけ、23にもなりました。


先週は僕が住む東京では雪が降りまして、寒い日がずっと続いています。昔は雪が降れば、友達なんかが朝早く家に呼びに来たりして、わいわいと学校に登校したなんて記憶もありますけれど、この歳になると、そんなにはしゃぐ気持ちも不思議と沸かなくなってしまうものですね。代わりに、美しいなぁと、いつもと違う景色や行きかう人々を見ては楽しむといったことができるようになりました。23歳です。じじいの域に達しようとしています。


冬は好きでした。

寒いのが好きで、寒いと動きたくてうずうずする子供でした。誕生日が冬だったというのも一因でした。あの頃は早く大人になりたいと常日頃思ってた記憶があります。

今は寒いから冬は嫌いです。でも寒いから好きなことがたくさんあります。


寒い夜にドライブしながら、音楽でも聞いてるとすごく落ち着いた気持ちになります。東京の夜は本当に綺麗で、首都高から見える景色なんかは、雄大な滝やどこまでも続く大地とは違った次元ですがそれらに匹敵する美しさがあって、ひとつひとつの光には、それぞれ人生があるように思え、何千万という光と人の中を時速100kmで駆け抜けていると思うと、毎回いろいろなことを考えさせられます。


何を書こうと思ったわけでもなく、とりとめもなく書きましたのでおちもなんにもありゃあしません。まぁこんな調子で。今年もどうぞよろしくぅ!!(右手の親指をビシッと全開に立てて)(←相当かっこいい)(でもきもい)



秋が萌え萌えである。


学校の銀杏並木が黄色くなってきたのはまだ先週くらいのことでしたのに、今日見たらもうほとんどが黄色くなっていた。

あー黄色いねー、綺麗だねーと話す友達に不意打ちで、紅葉を見にいこうようという2007年面白かったギャグランキングぶっちぎりの最下位のギャグを炸裂させたところ、死ぬがよい。と言われたので、急遽態度を一変させて土下座に次ぐ土下座、土下座again and againでなんとか説得して大山に紅葉を見に行くことになった。


大山がどこかもまだあんまり分かってないのに日曜に行くという日程だけは決まった。行くのだ。つまりは紅葉狩りだ。紅葉を狩るのだ。

目で、この目で紅葉を狩ってやるぜ!ふふふ、ほうら!どうだ!恥ずかしいか!まだまだ狩ってやるぜ!ムワハハハハ、視姦された紅葉たちが恥ずかしそうに・・・こんなに真っ赤になっちまってよぉ!見てみろよ!お前のこの真っ赤になった葉っぱをよぉ!!


・・・そうして秋は深まっていくのだ。



って言ってました。

高橋君が言ってました。


学校でTAをやっている。

TAっていうのはTeacher Assistantの頭文字をとったものだけれども、ほとんど授業を任せてもらっているといっても過言ではない。


できたてほっかほかの大学一年生を教えているんだけれど、早生まれの子は平成生まれだったりする。話を聞くと、みんな同じように「もう十代が終わるー」と口を揃える。僕から見ても幼く見える彼らを相手にしながら、4年前のことを一寸思い出したりもする。


「大学一年のうちに何しておくべきですか?」「十代でやっておくべきこととかありますか?」なんて答えに、「そうだね、車の免許は取っておいたほうがいいかな」とか、「バイトしてお金ためとくと、2年生になると忙しくなってバイトできなくなるからいいと思うよ」などと、他愛もない答えを淡々と返す、大人+疑問系の僕はきっと多分彼らからみたら大人だ、多分。


一人の子がポツリと言う。

「あー高校生に戻りたいなー」

僕は返す。

「あんまり昔を振り返らないほうがいいよ。もっとね、素晴らしい年のとり方を考えながら、未来を想像すればずっといい女性になれるよ。」

自分の言葉がぐさりと自分にささる。



授業の問題に対して、「ここってどうすればいいんですか?」「これとこれはどっちがいいですか?」というような質問に、「ここはこうしたほうがいいね」と、一つ一つ丁寧に答えてあげる。

そうだね、君たちより僕のほうがずっとできることは多いだろう。だけど、僕より君たちのほうがずっとできそうなことが多いんだ。



7年も続けてきたことを、今年はやめてみた。最初はなんともなかったんだけど、大学一年生の子達を相手にしているうちになんだかちょっとずつ後悔の念が大きくなってきたのでとりあえず謝ります。すいません。


誕生日おめでとうございます。


会うたんびに綺麗になっていてください。

分それは、素晴らしいことだ、かも、しれませんね。

中日日本一ぃぃぃー!!


研究室でテレビ見ながらテンション上がりっぱなしでした。

完全試合にも興奮したけど、ノリのお立ち台には感動してもらい泣きしそうになった。


おめでとうございます!


明日の朝刊買わないとなー

もう一週間以上も前の話になって申し訳ないんですが、9月23日お彼岸真っ只中に高麗(こま)というところへ行ってきた。


埼玉とか西東京以外の人を光より早いスピードで(のぞみくらいのスピードで)置いてく感じで話すと、池袋から西鉄池袋線で所沢を越えて飯能まで行って、そこから各停で二駅のところに高麗という駅はあります。


ばっりばりの観光スポットで、お彼岸の季節になるとよくバスツアーなんて組まれてたりするのでどこかしらで目にして知っていらっしゃる方もいるとは思いますが、巾着田 と呼ばれるところがあります。『きんちゃくだ』と読むのですが、その名がそのまま体を表していて、川がぐにぃってカーブを描いていて、それが巾着のようになっているのです。


で、まぁ何が有名なんだって言うとこれ↓






これ。



曼珠沙華。別名彼岸花です。

ね。あの世みたいでしょ?


パンフレットとかで高麗の一面彼岸花の写真をみたりしてさ、「こんなの冗談だろ?」くらいに思ってたんだけど、いい意味で冗談になった感じ。なんだろ?例えるなら、ラジオで聞いていい曲だなと思ってCD買ってみたら意外とカップリングもいい曲だった、みたいな感じ、ではぜんぜんない。全くもってない。なんだその例え。馬鹿じゃないの。


まぁとりあえず感動した。


とりあえずビール頼む感じで店員さん呼んでみたら可愛い子がきたからもう少し話したいなと思って何か頼むわけでもないのに店員さんひき止めようとメニュー眺めながらその店員さんをちらちらみてたら胸元がちょっと開いてて幸運にもブラの端っこがちょっと見えた。そんな感動を覚えた。うん。これはよく例えられたね、あの感動を。







うん。もうどうでもよくなってきたのでさようなら。