普段テレビなんて見ない俺は今日知ったんだが、韓国の南大門が燃えた。
youtubeで実際に燃えている映像を見て驚いたが、不謹慎ながらも美しいと思った。壮絶な最後、「芸術は爆発だ」って言葉がちらりと頭をよぎったが、真意はこういうことではないにしろ、それは美しかった。
歴史を目の当たりにしたというか、歴史の終わりを見たというか、そういった類の美。だが、これは非常に憂い事態でもあろう、人にとって、記憶というか、終焉である。記憶の、歴史の。
たまたま今、三島由紀夫の「金閣寺」を読んでいたこともあって非常に考えさせられた。再建される南大門をみな認められるだろうか、それは今までの南大門であるだろうか、同じだと言えるだろうか、生きている人々に残した傷跡はどれほどのものなのだろうか、それほどでもないのだろうか、どうなんだろうか、どうなんだろうか、どうなんだ、どうなんですかぁぁーーーー!!??
韓国人A「まぁ…ぼちぼち?」
俺「あっ…そっすか?なんかすいません。」
韓国人A「いえいえ。……めし」
俺「えっ?」
韓国人A「めし…食った?」
俺「…まだですけど?」
韓国人A「吉野家……行く?」
俺「……行きますか?」
行ってきます。