路上カメラマン身の周り切撮り@サンパウロ -3ページ目

路上カメラマン身の周り切撮り@サンパウロ

危ないと言われる場所に住み、
よく行けるねと言われる場所に行く。
ブラジルに来て早16年
思い返せば何も思い出せない今日この頃・・・。

仕事上ブログ更新できない時期がある事にモヤモヤ。

だってネタばれしたら

とっても大変な事になるんだもの orz

最近日本人と話す機会が増えた。

そして確信した。




私の感覚は少なくとも日本人のモノではない。





流ちょうに日本語もポルトガル語も話せる人は結構いるが、

やはりそれぞれの感覚は「日本」か「ブラジル」か、

どちらかに傾いている。





極端な話

1.日本語を話すブラジル人なのか
2.ポルトガル語を話すブラジル人なのか

とことだ。


今風に言うと

「その人のOSはX国で、Y国をアプリにてインストール」




完全な日本人同士ならスムーズに進む話も

「それはどういう意味?」と聞き返し、

話し手をイラッとさせてしまう事も山のようにある。



もちろんその逆もしかり、

私が話したことが聞き手により意図しない方向で受け止められ

誤解が生じ大ゲンカ。

話し合って誤解が解け「無駄にエネルギーを消耗したね 笑」で

済めばいいが、人によっては「お前の言い方のせいだ 怒」

なんてあるから


まぁ…

なんつーか…

めんどくさい。



同じ言葉を話していいるけど背景にある感覚が全く違うから伝わらない。




「自由」

という言葉もその一つで、私にとっては

「考え方も発言も受け取り方も判断も行動も
 全てその人の自由で、それらについて賛同・共感はできないものの
 それらはその人の自由だから尊重する。
 それら自分とは異なるものを受け止めるか、向き合うか、離れるか
 全ては私の自由である」

というような感じ。


もしかしたら他の人にとって「自由」とは

「俺を抑えるものなんて何もない! I Can Fly!!!!」

的な感じなのかもしれない。




結局は話す側にも聞く側にも

それぞれの今まで経験があっての

発言の仕方と受け取り方

が存在するわけで…



同じ国だが出身が北と南で文化が異ない

摩擦が生じるのであれば、

地球の反対側の者同士なら激突が起こる。








何故このような事を書くに至ったのかというと…


数日前に知らない人からブログへコメントがあった。

非常にありがたい事だ。


コメントの内容も「?」だったが、

何よりもモヤッとしたのが、コメントの始まり方。









「いきなりの初コメ失礼します」















全くもって意味が解らない。


















初コメなのだから「いきなり」で当たり前ではないか。

見知らぬ人のコメント欄への初コメする際

前もって「明日あたりブログに初コメするから」とか

お知らせすることなんて見知らぬ人である以上無理なわけだし。


初コメが失言オンパレードなら「失礼します」に対し

「確かに大変失礼な奴だ」となるが、

内容が普通で「いきなり」と言うだけで失礼なのであれば

人の輪なんて広がらないし、


仮に「いきなりの初コメ」が本当に失礼なことだとして

それを承知の上でやっている人は

「大それた事をする大した奴」の部類に入れられるのではないだろうか。


(それともその言葉には私の知らない別の意味があるのか…?)





とりあえず






何かの間違いがあってこのブログにコメントすることがあるのであれば

その様な不思議は言葉は一切必要ないと

一応お知らせしておきたい。
サンパウロ市内 Centro(ダウンタウン)にて虹色(ブラジルで6色の虹色は同性愛者のシンボル)の皆さんによる路上カーニバルが行われた。

夏時間の終了とともにカーニバルは幕を閉じた。






















サンパウロの公共交通機関が1月に R$ 3,50 へと値上がりし、
それに対するデモがまた行われ始めた。

そんな中ブラジルはカーニバルシーズンを迎える。

同デモを主催していたグループ『 MPL (Movimento Passe Livre-フリーパス運動) 』は
路上カーニバルと称したデモ行進的な何かを行った。


仮装して踊りながら値上げ反対うたってたし…

サンバ演奏してないし…

恰好以外いつもどおりやん…?




























下記リンクへ移動。

という訳ではないが、最近↓が多い。
と言っても無言で写真をUPしてるだけ。



http://blogs.yahoo.co.jp/narumitsuruta







2007年7月17日―。

ブラジル南部のポルトアレグレを飛び立ったTAM航空3054便は

サンパウロ市内にあるコンゴーニャス空港に着陸後、滑走路を大きく逸れ空港敷地外へ飛び出した。

滑走路を飛び出した機体は、大通りを超えTAM航空の建物とガソリンスタンドに衝突、炎上した。

乗客乗員全員のほか地上にいて巻き込まれた人も合わせて、

計199人の死者を出すブラジル史上最悪の航空事故となった。



TAMの建物があったところは現在広場になっており、

広場の中央部には命を落とした人たちの名前がつづられた慰霊碑が建てられている。