そして確信した。
私の感覚は少なくとも日本人のモノではない。
流ちょうに日本語もポルトガル語も話せる人は結構いるが、
やはりそれぞれの感覚は「日本」か「ブラジル」か、
どちらかに傾いている。
極端な話
1.日本語を話すブラジル人なのか
2.ポルトガル語を話すブラジル人なのか
とことだ。
今風に言うと
「その人のOSはX国で、Y国をアプリにてインストール」
完全な日本人同士ならスムーズに進む話も
「それはどういう意味?」と聞き返し、
話し手をイラッとさせてしまう事も山のようにある。
もちろんその逆もしかり、
私が話したことが聞き手により意図しない方向で受け止められ
誤解が生じ大ゲンカ。
話し合って誤解が解け「無駄にエネルギーを消耗したね 笑」で
済めばいいが、人によっては「お前の言い方のせいだ 怒」
なんてあるから
まぁ…
なんつーか…
めんどくさい。
同じ言葉を話していいるけど背景にある感覚が全く違うから伝わらない。
「自由」
という言葉もその一つで、私にとっては
「考え方も発言も受け取り方も判断も行動も
全てその人の自由で、それらについて賛同・共感はできないものの
それらはその人の自由だから尊重する。
それら自分とは異なるものを受け止めるか、向き合うか、離れるか
全ては私の自由である」
というような感じ。
もしかしたら他の人にとって「自由」とは
「俺を抑えるものなんて何もない! I Can Fly!!!!」
的な感じなのかもしれない。
結局は話す側にも聞く側にも
それぞれの今まで経験があっての
発言の仕方と受け取り方
が存在するわけで…
同じ国だが出身が北と南で文化が異ない
摩擦が生じるのであれば、
地球の反対側の者同士なら激突が起こる。
何故このような事を書くに至ったのかというと…
数日前に知らない人からブログへコメントがあった。
非常にありがたい事だ。
コメントの内容も「?」だったが、
何よりもモヤッとしたのが、コメントの始まり方。
「いきなりの初コメ失礼します」
全くもって意味が解らない。
全くもって意味が解らない。
初コメなのだから「いきなり」で当たり前ではないか。
見知らぬ人のコメント欄への初コメする際
前もって「明日あたりブログに初コメするから」とか
お知らせすることなんて見知らぬ人である以上無理なわけだし。
初コメが失言オンパレードなら「失礼します」に対し
「確かに大変失礼な奴だ」となるが、
内容が普通で「いきなり」と言うだけで失礼なのであれば
人の輪なんて広がらないし、
仮に「いきなりの初コメ」が本当に失礼なことだとして
それを承知の上でやっている人は
「大それた事をする大した奴」の部類に入れられるのではないだろうか。
(それともその言葉には私の知らない別の意味があるのか…?)
とりあえず
何かの間違いがあってこのブログにコメントすることがあるのであれば
その様な不思議は言葉は一切必要ないと
一応お知らせしておきたい。