まだ情熱があった二十歳 | 路上カメラマン身の周り切撮り@サンパウロ

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危ないと言われる場所に住み、
よく行けるねと言われる場所に行く。
ブラジルに来て早16年
思い返せば何も思い出せない今日この頃・・・。

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― 2007年 ―

ブラジル生活9年目に突入し、二十歳になった。




言葉やビザ、教育制度の違いなどの関係で学校入学が遅れ、19歳で高校卒業。

「高校卒業したら一切お出さないから、大学に行きたいなら自分で稼いで行け」

と親に言われていたので、受験よりもまず仕事。

二十歳になる日の少し前、旅行代理店に入社した。

旅行代理店では主に旅券やビザの手続きを担当。

入社後すぐに二十歳になり、後頭部に白髪を見つける。


日中は仕事をし、そのお金で夜は予備校。



母は仕事で日本へ1ヶ月ほど行くことになり、弟の分も含め家事全般もすることになった。

体壊して3ヶ月で会社をクビになり、クビになった2日後には新聞社で働き始める。

新聞社で働き始めた頃には母も戻ってきており、仕事と勉強に専念することができてた。



工業デザインで有名な学校の3校に受験手続き。

(うち1校は受験料を払ったが、受験会場が遠すぎで行かなかった)

2校に受かるものの本命を蹴り、仕事とその給料でやっていける学校を選ぶ。



この時はまだ知らなかった。

大きなミスを犯していることに・・・・・・・・・・。





以上、

元気と力と情熱がまだあった2007年二十歳の一年間。