人によっては、計算書偽造は、隆司への復讐だというヤツもいるだろう。現に、復讐したいと思わなかったわけではない。おそらく、隆司は古賀が計算書偽造の犯人だとわかっているはずだった。けれど、隆司は警察に連行された後も、ずっと黙秘を続けた。古賀には瑠実と芳美を取り上げた負い目がある。隆司は黙秘を続けることで、古賀への償いだと思っていた節がある。構造計算偽造を思いついたけれど、実行するのは、かなり迷っていた。手を下せば、隆司はともかく、芳美と瑠実にも迷惑が掛かる。悩んでいたが、時間は確実になくなってゆく。他に方法がない。迷っている暇はなかった。
自分で実行する勇気がないので、計算書の追加報告書の提出は、高橋に頼んだ。もちろん、高橋には、内容が偽造した構造計算書だという事実は、知らせなかった。
本来、建築確認申請の手続きは、設計者本行うものだ。だが、提出だけや追加報告書だけなら、身分証明がいるわけでもない。しかるべき指示がちゃんとあり、印鑑さえあれば、資格もなく、専門知識のない者でも補正は可能だ。
建築の専門知識がない高橋に頼んだのは、わざとだった。高橋が補正してくれば、もし、見つかった時に、自分に容疑が掛からない。なぜなら、表面上は設計者はあくまで隆司で、補正をしたのは高橋なのだから。
それに、周囲は、建築の専門知識がない高橋が犯人だなどと、誰も思わないだろう。一石二鳥の計画だ。古賀は意匠設計担当だが、実はかなり建築構造にも詳しかった。隆司が計算した内容を、後日、計算書を改竄するのは、わけない作業だった。
補正は、高橋に頼んだ。隆司から古賀に補正を頼まれたが、古賀も他の仕事で忙しく手がまわらないというと、面倒見のよい高橋は、二つ返事で了解してくれた。
その後、事件が発覚し、警察から事情調査を受けた。案の定、高橋が補正の代行を頼まれた事実はあったが、警察も事務職の高橋は、構造計算書偽造の知識がないので、計算書偽造は無理だと判断されたのだろう。全く高橋にも、古賀にも、疑いは掛からなかった。
だが、計算違いもあるものだ。
計算書を偽造したデータは削除したはずなのに、黒木が高橋のパソコンをハッキングして、構造計算書偽造の改竄データの存在に気づいた。
黒木は高橋に近づき、構造計算書偽造に手を貸しただろ。と、強請を掛けた。お金に困っていた黒木が、高橋に要求した金額は、二千万円。
知らない振りをすれば、できたのかもしれない。だが、高橋が黒木に強請を掛けられていると知り、高橋に負い目がある古賀は、無視できなかった。
構造計算偽造で取得できる金だけでは、もはや足りなかった。偽造発注書のアイデアを黒木に教え、金が欲しいのなら自分でなんとかしろ、と忠告した。
ところが、真野が邪魔して未遂に終わった。しぶとい黒木は、その後も高橋を脅してくる。時間もなかった。いつかバレると知りながら、見積書偽造の強硬手段に出たのは、苦汁を喫したが、仕方がない。
もし、事実が明るみに出ても、古賀は余命半年。この世にいないかもしれない。
瑠実に「真野が真犯人だ」と嘘をついたのは、時間稼ぎがしたかったから。真野は周知も認める仕事馬鹿。黒木や、加藤は埃を叩けば、いくらでも出てくるが、真野はいくら叩いても出てこないのがわかっていたからだ。
それに、真野なら、何かあっても瑠実を支えてくれるだろう。実父でもある古賀は、真野なら瑠実を託せると思えた唯一の男だったと――。
*
手紙の最後に、体を大事に、幸せになって欲しいという言葉で締め括られていた。
全てを供述し終わった古賀は、急に体調が悪くなった。警察病院に収容されながら、今後の処罰を受けるという。
後日、高橋と黒木は警察に連行された。
高橋は構造計算書偽造に関しては、善意の共犯者であり、見積書偽造については、強請られた事実が認められた。処罰はこれから決定するが、穏便な刑罰になるだろう。
黒木については、他にも横領罪が明るみに出て、重い処罰が下されるかもしれない。
その後、隆司は釈放されたが、釈放後も、隆司は古賀に対して、一言も責めなかった。
後で真野に教えてもらったのだが、問題となった偽造計算書は、本来、耐震等級でいう構造等級三を取得するものが、等級一しか取れていなかったらしい。
耐震等級とは、『住宅性能表示制度』と言われる制度の一つである。『住宅性能表示制度』は、第三者から見た客観的な建物の評価で、簡単にいうと、建物の成績表、もしくはスペックといったところだ。
耐震等級は、等級一から三まである。等級一は、建築基準法で定められている基準値を一とすると、同等の耐震力があると認められた建物。等級二は、等級一、二五倍の強さのある耐震力があると認められた建物。等級三は、等級一に対して一・五倍の強さの耐震力があると認められた建物である。構造計算書偽造は、許せない罪だけれど、耐震等級一の設計。つまりは、ギリギリだけれど、建築基準法で定められている基準値は守ったことになる。悪意の中の、ギリギリの誠意だったのかもしれない。瑠実にはそれが古賀が建築に対して――つまりは構造計算に関わる者の矜持のような気がした。
to be cortinued……