「畳床の縁は、高麗縁なのですね」
流石、真野だ。畳の縁を見て、ぴしゃりと言い当てた。この辺りは、建築を職業にしているから……というよりも、茶道を心得ているからだろう。祖母が茶道の師匠をやっていた、と言っていたが、おそらく瑠実と同じように、ある程度のお手前はできるよう、仕込まれていると見える。畳の縁と一言で言っても、いろんな種類がある。通常茶室で使われる縁は、紺か黒一色の簡素な素材を選ぶのが好ましいとされる。但し、床の間の床板が、畳、つまり畳床の場合は、豪華な畳縁を選ぶのも可能だ。
香月庵は、裏千家用の茶室として建築された。茶道には、いろんな流派が存在するが、表千家、裏千家、武者小路千家が三千家と言われ、有名だ。多少だけれど、流派によってお手前が違う。もちろん、流派により好みも多少は左右されるようで、香月庵で使われている高麗縁は、裏千家で好んで選ばれる畳縁だ。真野は床の間の前に座ると、注意深く天井や、壁に打たれた釘に注目した。茶室には、通常の和室にない専門の釘が、いろんなところに打ってある。
炉の真上に打たれる蛭釘、床柱に打たれる柳釘、床の間に打たれる釣花入の釘、掛け軸を掛けるのに必要な三つ釘。全部場所が細かく決められ、意味がある。
熱心に見学する真野の様子に、瑠実も芳美もそっとしておいたが、やはり気になるのは『雲の中』の意味だ。
古賀は、どこかの場所らしいと言っていた。茶室に雲の中を指す場所が、どこかにあるはずだ。真野が茶室に見入っている間、瑠実と芳美は図面を広げ、一つ、一つ、見ていった。
床、壁、天井、水屋、押入……。しょせんは木造住宅なので、いろんなところに隙間はある。天井裏に、床下。基礎だって昔の造りなので、独立基礎なのだ。床下を覗けば、茶室の四方が見渡せるくらい空いている。
「お母さん、雲の中って、どこやろうか?」
「宝物を隠せる場所といったら、ある程度、物を収納できる場所やろうね。例えば、押入とか、天井裏とか。押入は全部すっかり見たっちゃけど、どこにもなかったとよ。畳の下やろうか。とも考えたっちゃけん、ほら、ここは畳の下は床下になっちょるし、丸見えやわ。隠すところがない」
確かに、床下に何かを隠そうとすれば、外から覗けば丸見えだ。宝物というくらいなので、外から見える場所にはないだろう。
「じゃあ、天井裏?」
瑠実がちらりと真野を見た。見学しながら、瑠実と芳美の会話を聞いていた真野は、気を遣ったのだろう。
「脚立はありますか?」と、尋ねてきた。
(ラッキー。これで天井裏は、真野に頼める)
瑠実が「いいですか?」と真野に返事をすると、芳美も嬉しそうに、どこからか踏み台を持ってきた。
「すいませんね。今は女所帯なので、手が回らなくて」
(なんだ。お母さんも真野さんを頼りにしていたんじゃないの)
ちらりと芳美を見ると、踏み台に上る真野を支えていた。目が合うと、にやりと笑う。
似たもの親子だな。と思うと、芳美を憎めなかった。天井は全室、昔ながらの竿淵天井となっていた。船底天井のように勾配はついていないので、天井板を一カ所、押し上げて覗いて見れば、クランクして死角になっていない限り天井裏の全部が見渡せた。
「どうですか? 何かありそうやろうか?」
瑠実が下から声を掛けた。真野が押し上げた天井板は、意外に大きく、真下にいる瑠実にも、背伸びすると、屋根裏の様子が少し見えた。昔の住宅なので、断熱材もなにもない。所々に電線の配線が見えるぐらいだ。それも天井裏は普通は掃除しないので、厚い綿埃が溜まっていた。
妻面に換気口が開けられている。懐中電灯がないと暗くて見えないかと思ったが、実際は下から覗いても、母屋(もや)(屋根を支える構造材)の木目が見えるほど、かなり明るかった。
「残念ながら……特には……」
真野はポケットからハンカチを出し、口を覆った。埃の量が凄いのだろう。踏み台に上ったまま、体の方向を四方に回転させて天井裏を覗いていたが、しばらくして踏み台を降りた。
「真野さん、その頭!」
瑠実が指さしたのは、真っ白になった真野の頭だった。綿菓子のような埃をつけている。
箸がころげても笑いが止まらない年頃の瑠実は、埃だらけの真野を見ると、いきなりゲラゲラと笑い出した。
「瑠実!」
芳美が窘めたが、急に瑠実の笑いが収まるわけではない。真野も瑠実の笑いに怒る様子もなく、室内に埃を落とさぬよう、注意深く玄関に向かった。
外に出て埃を払おうとしているのがわかり、瑠実も後を従いて行く。後を従いていった理由は、少し笑いすぎたと反省したからだ。謝るついでに、埃の一つも払って上げようという気になった。
上背のある真野は、少し猫背になり、淡々と廊下を歩く。上がり框の正面に設置された平たい踏み石に靴が並べられているのを、背中を丸めて靴を取り寄せる。
靴を履こうとした矢先、真野は「あ!」と大きな声を立てた。次の瞬間、大笑いを始めた。
to be cortinued……