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瑠実は引き続き、香月建設に通っていた。真野のパソコンから内緒で一部データをコピーして持ち帰り、検証してみたが、疑惑の発注書はあったけれど、目的の偽造計算書の証拠はなかった。古賀に言われた偽造計算書の元データが見つからなければ、疑惑の発注書など、ただの入力ミスの書類にしかならない。ただの入力ミスなのか、故意に入力したのかは、確かめたいところだ。確かめるには、もう少し調べてみる必要がある。瑠実は表面上は、真野の信頼を得られるように、真面目に仕事をこなした。信用されれば、もう少し情報が手に入りやすくなるかもしれない。
「瑠実さん、今日も残業を頼める?」
ちょうど終業チャイムの鳴る頃、真野が瑠実に尋ねた。瑠実がバイトに来るようになって、今日で三日目。毎日ずっと残業続きだ。流石に初日のように、二十二時過ぎまで会社に残ることはない。けれど、帰宅すると慣れないバイトと、証拠探しに気を使うせいか、クタクタに疲れている。
(今日あたりは、早く帰って、ゆっくりお風呂に浸かりたい……)
まるで親爺みたいだな、と思いつつ、残業も考えようによっては、証拠探しのチャンスだ。先日のように、誰もフロアにいなくなる機会があれば、証拠探しも楽になる。瑠実は早く帰宅したい気持ちに無理矢理どうにか蓋をして、優等生な返事をした。
「もちろん、いいですよ」
サービスで笑顔もつけてみたが、真野には不必要だったらしく、無表情で「なら、頼むわ」と、ただの連絡事項と返事で終わってしまった。瑠実がバイトに入ってからというもの、連日決まって残業をするものだから、いつの間にか仕事帰りに飲みに誘われることもなくなっていた。本当は、飲みに行く機会があれば、同僚から見た真野の情報も仕入れたいところだったが、残念ながら機会がない。代わりに、瑠実は気を利かせて給湯室にちょくちょく顔を出し、先輩の女子社員と一緒に、上司のお茶を淹れながら、真野の様子をさりげなく聞いて回った。
けれど、女子社員の多くは、瑠実に対して冷たい態度だった。もしかして、初日に男子社員に囲まれていたのを、悪く思われたのだろうか。ゆわるゆ僻みというヤツかもしれない。今まで、意図しないところで異性の注目を浴び、結果、同性に嫌われた経験のある瑠実には、思い当たる節があった。やたらと尋ねて回らないほうがよいかもしれない。こちらはそんなつもりではないのに、悪意を持ってみれば、瑠実が男子社員に媚びていると思われるかも知れない。慎みある態度が望ましいだろう。けれど、かといって、ただ証拠集めをするといっても、限度がある。少しでも早く証拠なり、証言なりを揃えるには、現場の人間に聞くのが一番だ。味方は、少ないより多いほうがいいに決まっている。ならば同性に好かれる行動をとれば、話してくれるのではないか。瑠実は女子社員に好かれるよう、努力しようと考えた。
一日中ずっと職場を見ていると、共通通路の掃除の小母さんや、宅配便の小父さんなど、業者の出入りも少しずつだが判るようになってきた。こうなったら、外堀から埋めていくのも一つの方法だろう。明日は朝早く出て、様子を見よう。少しは他の社員に馴染めるかもしれないし、チャンスがあれば、掃除をする振りをし、証拠探しもできるかもしれない。
to be continued……