<ルーク・クリフォード side>
35
あれから3ヶ月が過ぎていた。
ボクは大学院の生活も慣れ、密かに心配していた兄とルカさんの関係も、あれ以上発展するようなことはなかった。
ルカさんが同居生活を止めたからだ。
あれは兄さんが退院した次の日だった。
なかなか起きてこないルカさんを心配したボクは、彼の部屋をノックした。
いくらノックをしても返事がない。そっとドアを開けてみると、部屋は綺麗に片付いていて、机の上にCDと、マンションと部屋の鍵が置いてあった。三人一緒に買ったキーフォルダーがついたままだ。
「ルカさん?」
名前を呼んでも答えなどないだろうが、ボクは呼ばずにはいられなかった。
もしかしたら、鍵を置き忘れたまま出かけたのかなと一瞬思ったが、そうではないとボクの直感が働く。案の定、夜になっても、次の日になっても、一週間が経ってもルカさんはマンションには戻ってこなかった。
最初は兄さんも心配していようだけど、ルカさんの残していったCDを聞くと、黙ったままだ。
ボクの前ではルカさんの話をすることはなくなった。
繊細な兄さんのことだ。平気な顔をしているが、ああ見えてルカさんが出て行ったのは、自分のせいだと責めているに違いない。十二分に兄さんの性格をわかっているボクは、自分からルカさんについて話さなかった。
いつの頃からか、兄さんとボクの間でルカさんの話をするのは、タブーとなった。
兄さんの渡米行きの話も、一時は本格的に進められたようだったが、兄さんは断固として日本から離れないと言い張ったようだった。
それでも優秀な兄さんの働きぶりを諦めきれないアメリカ本社の役員は、短期出張という形で、年2,3回、2週間から最大1ヶ月に渡ってアメリカ本社の研究所に来ることで、妥協した。
兄さんも、その条件ならと、上司と話を進めた。
兄さん曰く「基本の生活をルークのいる日本で送りたかった」と言っていたけれど、きっとそれだけではないと思う。
これはボクの憶測だけれど、もしかしたら日本にいたら、このマンションに住んでいれば、もう一度ルカさんと会えると思っているのではないかと思う。
だって……ボクは知っているんだ。
ハイデリヒさんが残していったCDをとても大事にしていること。
あの曲をいつも携帯や、持ち歩ける音楽媒体に入れて聞いている事を。
*
「ルーク、おはよう。明後日から二週間、アメリカに出張なんだけど、一人で大丈夫だよな?」
朝、ボクが起きてくると、兄さんはすでにスーツ姿で玄関を出るところだった。
最近、兄さんは仕事に特に忙しいらしく、朝早くマンションを出て行ったきり、夜中しか戻ってこない。部屋にもどっても、書類や研究所を持ち帰って朝方近くまで部屋の灯りがついている。
学生のボクよりも机に向かっている時間が長いくらいだ。おかげでボクと兄さんは、念願の二人きりの甘い生活ができるはずなのに、ちっともそんな時間はとれていない。
それどころか、日によっては、一日顔を全く合わせない日さえあるくらいだ。
「明後日から?」
「ああ……。急に決まったんだ」
「二週間もいないんだ……」
ボクは内心、がっくり来た。最近、顔を合わせない日々が続いているけれど、それでも夜は帰ってくる。朝起きると、ビリーはすでに会社に出て行った後でも、今まで部屋にいた気配が残っている。
まだ温かい飲みかけの珈琲だとか。
ソファに放置されたままの、使ったバスタオルだとか。
やりっぱなしなのは、兄の悪い癖だけれど、慌てて支度する兄の様子を想像できるだけでも、ボクはほんのり幸せな気分になれるのに。
二週間もいないとなると、想像もできない。ボクは我慢できるかな――。
「どうした?兄ちゃんがいないと寂しいってか?」
兄さんは脳天気な顔をして、ボクの顔を覗き込んだ。
「兄さんは寂しくないの? 最近ちっとも一緒にいる時間がないね」
こんな時に愚痴を言っても仕方がないのに。兄さんを困らせてどうする。けれど、ボクは愚痴をこぼさずにはいられなかった。
ルカさんが出て行って、ボクと兄さんは二人だけの生活に戻った。
よっぽどルカさんが一緒にいた三人同居の時の方が、ここの暮らしは楽しかった気がする。あの時の方が、ルカさんが隣の部屋にいるというのに、ボクに兄さんと甘い時間をもてたのは、事実だった。
「ルカさんがいた時の方が、楽しかったな――」
気がつくと、ついぽろりと言葉がついて出ていた。
はっと気付いて兄を見ると、今にも泣きそうな苦汁に満ちた顔をしていた。
「悪りぃ……。渡米行きを断った手前、どうしてもそのしわ寄せが出るのはやむを得ないんだ。なるべく早く帰ってくるから」
兄さんはまだパジャマ姿のボクに背伸びしてキスをすると、足早に部屋を出て行った。
パタリと閉じられた玄関ドア。
無償に孤独感とむなしさがボクを覆う。
「兄さん……」
この時、ボクはまだ、この先起こることをまったく予想もできないでいた。
to be continued……