瞳をとじて エピローグ 1 | 一期一会

一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。

エピローグ 1





それから一年後。


「あらためまして。僕は北川カヲル。今日からここで点字と指文字その他盲者のコミュニケーションの講師として、ここで働く事になりました」

少し照れながら笑うカヲルの横には、ヒカル、森夫妻、山下、ジュリーばあちゃんの姿があった。

カヲルが子供達の前で自己紹介をすると、どこからともなく歓声と、拍手がわき起こる。

「みんなも知ってのとおり、みんなのよく知っているカヲルだ。これからはカヲルおにいちゃんじゃなく、カヲル先生だからな」

雅美がそう子供達に説明すると、はい!と素直で元気な声が返ってきた。

「どうだ?カヲル。これまで生徒としてここで生活をしていたのに、今は講師としてここに立つ気分は?」

少し照れながらカヲルは微笑む。

 

あれから手術は無事に成功し、カヲルの目は光を取り戻した。

全盲者が視覚を取り戻すと、それはそれなりに大変だ。カヲルは生まれた時から全盲だった為、物の形、色のイメージ等の概念がまったくないからだ。

多少なりとも過去に目が見えた経験があれば、そこから想像したりできるものだが、成人してから目が見えると言う事は、見える物全ての形と名前を一致させて覚えていかねばならない。文字ももちろんそうであるし、幼児が親にあれなに?と一つ一つ尋ねるような事から始めるのだ。

カヲルも、手術が無事に終わりほっとしたものの、どのくらい視覚があるのか調べるまでは本人も周りの者も安心できなかった。

せっかく眼球を移植したとしても、全盲とまではいかなくとも、視覚障害者止まりと言う事もあるからだ。

普通社会的盲と言われるのは矯正視力で両目の視覚が0・0二以下、社会的準盲は両目の視力が0・0二以上0・0四。社会的弱視は両目で0・0四以上0・三とされている。

心配されたカヲルの視力は両目で0・八はあり、通常の社会生活もなんら問題はないとの眼科医の判断だった。

それからは勉強熱心なカヲルと、献身的なヒカルの介助もあり、一つずつ、モノの形の名称から、色の名前。素材の名前。あらとあらゆる世の目に見えるものの名前、仕組みを学んでいった。

それは大変な事だったが、今まで見えなかった世界が、見えると言う事はカヲルにとってとても幸せだった。


自分の顔を鏡でみた時も感動したものだったが、特に一生見ることがないと思っていたヒカルの顔を見た時の感動は、絶対に忘れられないだろう。

美しい金髪を一つに束ねて、蒼い瞳で見つめられた時は、感動のあまり涙が出そうになった。

生きていて本当によかった。まさか自分の目が見えるようになる日が来るとは。

こんな感動をくれたのも、全て千秋おかげである。


カヲルは全盲の時は『夢』は見なかった。あえて夢を見ると言うと、たまに音だけの夢はみたけれど。

不思議な事に、モノの形、色が判別できるようになったら『夢』をみるようになった。

人間の視覚は、脳に直結し、構築され、それが記憶の一部となる。見たこと、感じたことがない情報は、脳には構築されず記憶にも残らない。

人間の脳は、まるでコンピュータなのだ。


カヲルの目には、にこやかに自分の話を聞いてくれる目の前の子供達がいる。

表情を直接自分で見ることができるのは、人に状況を説明してもらわなくていいし、とても嬉しい事だ。

千秋がくれた幸せ。自分にもらった幸せを誰かに分けてあげたい。

大人になる事を、社会人になる事を、カヲルは心のどこかで拒否していた。一生、誰かの世話にならなければならない事を、恥じていた。

けれど、実際自分が全盲者から健常者になった今ではそれが間違いだと気づいた。

障害を持っていても、持っていなくても、この世に生をうけたからには、人間として平等だ。恥じる事など、何もない。

自分が全盲で苦しんだ経験を生かして、障害で悩む子供がいたら助けてあげたいし、視覚障害者と健常者のコミュニケーションの橋渡しができるのなら、その生き方をあゆみたい。

今まで後ろ向きだったカヲルの表情は、とても明るかった。



to be  continued……