つらつらと079;退屈じゃないの?からの思考⑪ | 繁盛のさせ方が未だ分からない 焼肉 鳴尾.b(なるお.べー) 牛赤身肉研究所

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最寄り駅4つもあるけどどこからも遠く、戸越銀座とパルムとの大商店街からは見事に外れ、視認性のない二階であり、専用階段入口は大通りから入った路地にある。そんなわびしさこの上ない場所で、平凡な初老オヤジがいつか繁盛させたいなとの日々のブログです。

福祉だか、障害だかでの、

3つのコンセンサスの一考察を見て、

これ、労使も一緒やない?

って思った。

 

その一考察を、

労使関係に当てはめて

勝手に解釈してみる。

 

まず一つは、

給与報酬等と福利厚生。

つまりお金という

マルクス曰く、資本主義社会における

商品のKing of Kingsたる『お金』だ。

 

二つ目は、

義務と権利。

 

三つ目は、

会社と社員の尊厳。

 

と言った所か。

 

 

労使関係とは、1.人件費(給与報酬等)、2.義務と権利、3.会社と社員の尊厳。この3つの配分変更の要求と受諾とのコンセンサスで成り立ち、変化していっている。

 

そんな感じする。

 

ここでワタクシが引っかかるのは、

『要求』の部分である。

 

幼稚園児なら、

「ほしいっ!ほしいっ!」「買ってっ!買ってっ!」と

ダダこねるだけで受諾されるかも分かんない。

 

でも、中高生になったら、親を説得するのはそれでは難しい。

学校において、部活の部費の配分をゲットするのもそうだ。

 

社会に出て、

社内稟議通すのも、

取引先との交渉も

銀行にお金貸してもらうのも、

だだこねるだけでは難しい。

 

やはり何かしらの知見を持ってからでないと、

自分の考え等を言語化し、

相手の立場も一歩踏み込んで把握する姿勢がないと、

受諾されそうな配分変更を要求できないと思う。

 

「サラリーマンには、

 『なら、俺会社辞めますよ』という手がある」

 

それは一理あるが、そう何回も使えないだろう。

 

或いは、

きちんとした要求をする能力のない労働者は、

いつでも代替可能な商品でしかないので、

1回も使えないかも知れないし。

 

もし何回も使えるというのなら、

それは、いつでも慢性人手不足の飲食業であるからに過ぎない。

 

そんな不人気業界の、

バイトじゃなく、社員である事の

自分なりの生き方は

考えないより、考えた方が良い。

 

と思う。

 

 

 

⇒つづく