ターニングポイントNo3 何もしたくなかったから今がある。 接骨院オーナーT さん
ターニングポイントですか?・・・・
・・・・
・・・・
とにかくもう何にもしたくなかったんです。
そう!
もうすべて、めんどくさくなっちゃったんですね!
だから・・・
何もしたくなかったことが僕のターニングポイントです。
小学校の4年生の頃から柔道をしていまして、
それからずっと高校3年生のとき、このまま柔道で強化された大学へ行こうか
どうしようか悩んでいました。
ちょうどその頃、高校3年生のとき、近所のファミレスでアルバイトをしていました。
高校ではアルバイト禁止でしたし、ファミレスでは、年齢も19歳ですって
ごまかして、さらに調理師専門学校へ行って勉強中です!って感じで
しかも深夜のアルバイトを週3から週5くらいやっていました。
なので、フリーターですよ。
時給もいいし、このままこんな生活でもいいのかな?って
あんまり、将来のことや、どうしようとか深く考えていなかったかも?
だから柔道で大学へ行ってまた、厳しい練習とかも嫌だったんです。
高校の先生から薦められた大学は、1部から4部まであるので、なおさら、もういいやって、
そうしたら、仙台の某柔道専門学校への紹介の話があったんです。
大学ほど練習も厳しくないだろうなって!そのくらいの気持ちで進学を決めました。
3年間制で、1年めは寮生活でした。
ところが
専門学校なのに、異常に規則が厳しい・・・、起床6時、早朝練習、食事、勉強、昼の2時3時から
また練習、10時門限で、9時30分までに部屋に戻っていないと
いけなくて、部屋にはベッドがあるのですが、そのベッドの上が生活スペースでした。
夜、就寝前には、部屋の掃除のチェックがあり、きれいに掃除ができていないと、
部屋の全員が連帯責任で別室に行き先輩達に殴られたりもしました。
今でしたら、到底考えられないことですが、あの頃は、そんなでした。
1年間に3回ぐらい連帯責任があったと思います。
だから、1年で寮を出て、柔道も2年では、やめてしまいました。
やる気がなければ、やめてくれといわれた事もあったからです。
それからは、アルバイトをしたり、学生生活をけっこうのんびりやっていました。
でも、柔道をやめてわかった事は、親が接骨院をされていて、
真剣に勉強している人達もいるんだなって事。
何もしたくなかったから、気づいた事もあるんですよ。
少しづつ彼らと話もし、彼らのおかげで、柔道整復士の資格も取れたかな?
もし、高校で、先生の言われる大学へ進学してもどうなっていたか、疑問です。
いまは、まだ開業して2年、学生時代のんびりしていたつけが回ってきたと
思うくらい忙しく働いています。
儲けも大事ですが、今は、一人一人のお客様を早く治療で治してあげることです。
その結果が口込みで、仕事が増えて行くと、いいですね!