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Narunada
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ターニングポイント No6 ワンコインからの出発 自衛隊通訳 Sさん (30才女性 既婚)
私は小学校6年生の時、家族でアメリカLAに旅行へいきました。
もちろん初めての海外旅行です。
父親は、公務員。母親は美容師でお店を開いています。
私には、仲のよい妹がいます。家は都会ではなくのんびりのどかな山間部で育ちました。
普通の女の子だったと思います。
そんな私に大都会LAで父親は私に見たこともないお金を渡してくれました。
USドルです。
日本でものどかな山間部ですので、買い物といってもごく近所の間でコミュニケーション
もとれた楽しいものでした。
ここLAでも、父親から頂いた大切なお金を持って、わくわくしながら買い物に出かけ
ました。
私の地元にはないような物ばかりで溢れています。
通常小学校6年生の女の子でしたら感動で胸が張り裂けてしまうと思います。
これも、あれも私のお気に入りでした。値札も確認しました。大丈夫です。
お気に入りのアイテムを手に持ってレジへ
値札とぴったりの金額を持ってカウンターの女性に手渡しました。
ほんとうに楽しい思い出でした。
その買い物がそこで終わったのならば・・・
その女性何か私に聞いてきます。
?
えっ? さっぱりわかりません。
今度は優しく大きなゆっくりとした声で私に話かけてきます。
?
何を話しているのかわかりません ?
?
でもその女性が一生懸命に私に何かを伝えたがっている事はわかりました。
?
でも私には理解できません。
そのうち楽しかった買い物も辛くなってきました。
この女性の話している言葉を理解できない事。
そんな理解できない私に一生懸命伝えようとしている言葉。
私は日本に帰国してすぐにこの国の言葉を理解することに挑戦しました。
今は自衛隊の基地で海外から見えられた方に通訳の仕事をしています。
思えば父親から与えられたUSドル 見たこともなかったコインをいただき一人でうまく
買い物すらできなかった事が私のターニングポイントです。
*今はご結婚もされてご主人は国連の外郭団体に従事されているそうです。
ちなみに妹さんも国際結婚をされました。 Narunda
ターニングポイント No5 コネクションと親の愛 新聞販売店社長 Hさん(男性30代)
10代の私は、地元の高校を病気により中途退学をせざるを得なくなっていました。
喘息の病のため、体調管理をする目的で地元を離れ寮生活のできる
体にも環境の良い高校へ進学したのです。
偏差値がすべてではないものの、以前通われていた高校より、幾分偏差値を下た高校での
勉強が再び始まりました。
高校三年になる頃、希望とする大学へ入学する力があるのか・・・
よくよく、考えた結果は、アメリカへの留学をすることでした。
アメリカへ留学したからといって、これをしたい!というものもなく、ただ語学を身につけ
グローバルな知識見聞が身につけばいいなと感じたからです。
その頃、母親は、喫茶店の経営をしていました。
父親は、サラリーマンでした。
ある日、その母親のところに、突然思いもかけない話があったそうです。
それは、
高齢になった新聞販売店の経営者が、新聞販売店の権利を買ってくれる人を探している。
というものでした。
母と父は話し合いをし、2つ返事で権利を買うことに決めました。
ただし、10年後、事業承継を必ず私に実行するという計画の基での話し合いでした。
19歳だった私は、アメリカから帰国し、そのまま他社の新聞販売店での修行を始めました。
50歳だった父や母にしても、新聞販売店の経営は右も左もわからない中での業務に必死でした。
もし、この新聞販売店の権利を売っていただける話がなければ、
いったい私は、今頃何をしていたんだろう!って考えるときもあります。
おそらく、父親のコネクションで、サラリーマンだったかな?
母親が喫茶店をしていて、いろいろな人との交流があった事、
そして、父親が、行動力があるタイプだったため、計画とおりに実行へ移すことができたこと。
これが、私のターニングポイントです。
現在あれから、10年が過ぎ、父も母もすでに10年を経過する前に目標を達成しました。
両親は私に、すべてを任せて第一線から手を引いています。
どちらかというと新聞販売店は古い体質が残った業種かもしれません。
外部の全く異業種からの挑戦が、雇用条件や就業規則等を早くから、改善することが
できたのだろうって思っています。
親のコネクションが現在の私の仕事に通じています。これは、本当に感謝しています。
だからといって、いままで通りのことをしていては、必ず衰退してしまうので、
新しい取り組みを考えることは、先代より継承していきます。
たまに父親が帰ってくるときは、私にワインを買ってきてくれるんですよ!