おバカな2人の二人三脚 -13ページ目

おバカな2人の二人三脚

 ふたりで楽しいお気楽生活。 胸を張って前を向いて歩きましょ。

すっかり更新が滞ってしまってます。
「年末だし、いろいろ忙しいんだろう」 なんて大らかに見てくれる方もおられるでしょうが、実際のところ、なーんにも手をつけてません。 年賀状はそろそろ始めないとヤバいなと思っているのですが。
例年、年賀状にはダイビングのときに撮影した海の写真を使うのですが、とうとう今年は1度も潜らずじまい。 鎌倉とか箱根には行ったので、そのへんから探すことになりそうです。

最近は、相手の住所を知らなくても年賀状が出せるサービスがあるようです。
mixiやtwitterで知り合ったネット友達とは基本的に住所なんて交換しないけど、年賀状は出したい――。
詳しい仕組みは省きますが、ビジネスモデルとしては面白いですね。

しかし、そういうニーズがあること自体、僕には驚きだったりします。
実際に会ったこともないどころか、下手すると顔すら知らない。 どこに住んでるかも、年齢も、場合によっては性別も……。
それでも、その 『友達』 に年賀状が出したくなるって、どういうつながりなんでしょうね。
そのような ”緩くて奇妙なつながり感” は、これからも支持されていくのかなぁ。 僕は最後まで取り残されたままでしょうけど。

さて、今夜こそ年賀状やろっと。 もちろん、リアル友達宛にね。


がま池

<がま池伝説>
時は江戸。 そこは5千石の旗本、山崎家の屋敷であった。
ある夜のこと、屋敷の見回りに出た家来が、大がま(蛙)に襲われ飲み込まれてしまった。
それを聞きつけた当主は、がま退治せんと立ち上がった。
その夜、がまは白衣の老人に姿を替えると、当主の枕元に立ち、己の罪を詫びた。
そして、これからはこの屋敷を守っていくと誓った。
それから後の弘化2(1845)年、青山から麻布界隈を大火が襲った。 青山火事である。
火の手が屋敷の目の前まで及んだその時、あの大がまが現れ、池の水をたらふく溜め込むと、勢いよく吹き付けた。
おかげで屋敷は延焼を免れたということである。 (一部、脚色してます)

   *   *   *

先日、NHKのブラタモリを観ていたら(この番組、大好きです)、この ”がま池” の話をしていました。 場所は元麻布の2丁目。 僕はしばらく元麻布3丁目の社員寮にいたので、目と鼻の先ですが、がま池というのは見たことも聞いたこともありませんでした。

もともと500坪ほどの広さがあったという伝説のがま池、今はほとんどが埋め立てられ、その上にはマンションなどが建っているそうです。 猫の額ほどの池が残っているものの、マンションの中庭に当たるため、一般人にはそれすら見ることができないそうです。
そこに至る経緯について、詳しく書かれたサイトがいくつかあります。 興味がある方はググってみてはいかがですか。

へぇ、そんな池があるんだ。
なんて感心してたら、偶然、麻布十番に遊びに行く機会がありました。
せっかくなので、がま池に行こう! 番組の追体験です。

氷川神社やアルゼンチン大使館など目印となる地点を歩いているうちに、がま池の正面に建つマンションを発見。 こんなところの裏側に池があるなんて全く想像もできません。
見ることのできない池ですが、ほんのわずかなスペースから、ほんのわずかに池面が見えると紹介していたので、僕たちも行ってみました。

竹やぶ越しに、ほんとにほんのわずかですが、がま池を窺うことができました。
がま池
僕は都市開発反対派ではありませんが、正直、寂しい気持ちはあります。 何もマンションなんかで塞がなくてもいいじゃんって。

古き良き景観と近代都市開発は、宗教と科学の対立のようでもあります。 両立させることは不可能ではないのに、なぜかお互いが歩み寄ろうとしない……。
僕もマンションに住み、そのメリットを享受している身なので偉そうなことは言えないですけどね。
何はともあれ、街の歴史を知るのは興味深く、また楽しいものでもあります。


箱根地図

さんざん引っ張った箱根の話も今日でおしまい。
甘酒茶屋からバスで箱根湯元に戻りましたが、まだ14時を回ったところ。 このまま帰っちゃうのは寂しいです。
で、もう1回 登山鉄道 ⇒ ケーブルカー ⇒ ロープウェイ で桃源台まで行くことにしました。
そこからは小田原までバスで下山。 登山鉄道で途中下車して1駅分歩いたりしたので、ロープウェイに乗る頃には、すっかり日も暮れていました。

結局2日間で箱根を2周したことになります。 全工程をフリーパスで巡りましたが、これだけ使い切る人もなかなかいないんじゃないかなってぐらい乗り尽くしました。
さらに欲張りなことを言えば、フリーパスで駒ケ岳のロープウェイにも乗れたらなぁと。 箱根山戦争の名残なんでしょうけど。

行き当たりばったりの旅行でしたが、なかなか楽しめました。 豪華な旅行や珍しい場所の散策もいいですが、こういう身近な場所の小旅行も悪くないね。



箱根石畳

2日目は箱根海賊船で芦ノ湖を縦断し、元箱根から散策を開始。
特にルートを考えていたわけではなかったのですが、なるが、杉並木から箱根旧街道の石畳に行ってみようと言うので、その案を採用しました。

この箱根旧街道、僕は甘くみてました。 歩き慣れた人なら大したことないかもしれないけど、運動不足の僕には、かなりキツイです。
…… と思ったら、日ごろジムに通って運動しているはずの なるもキツそうです。
さすが、箱根八里で 「箱根の山は天下の険」 と唄われただけのことはあります。

最初のうちは、「この坂すごいな」 とか 「転がり落ちたら死ぬかもね」 なんて軽口を叩きながら歩いてましたが、だんだん口数も減り、しまいには黙って下を向いて歩くふたりでした。
すれ違う人たちはみんな 「こんにちは!」 なんて元気に声をかけてくれて、ますます自分たちの不甲斐なさを実感させられたり。
こういうところの散策は、いつの間にか歩くことが目的になっちゃうから、意識的に景色に目をやらないといけないですね。
旧街道

そしてなにより、上り下りするだけでも大変な箱根の山道に、ひとりで持ち上げるのは無理なほどの大石を延々と敷き詰めた江戸時代の人々には、ただ頭が下がります。 きっと想像を絶する苦労があったことでしょう。
珍しく殊勝な気持ちでいにしえに思いを馳せていたのに、なるが急に叫びました。
「おぉー、甘酒茶屋はっけーーーん!」
甘酒茶屋ということは、甘味もあるんか?
ふたりとも口には出さなかったものの、実はかなり空腹でした。
申し訳ないけど江戸時代はおいといて、何はともあれ食い物です。

甘酒茶屋
いろいろあって迷いましたが、胡麻きな粉餅をいただきました。
ごく普通の餅ですが、なんとも美味い! ようやく人心地ついた感じです。
ここから先、まだまだ旧街道は続くのですが、あまりに寛いでしまったので、再び歩く気が起こらなくなってしまいました。
ちょうど茶屋の前にバス停があったので、ここからはバスに乗って湯本まで下りました。

ちょっと旧街道に詳しい方なら、僕たちが歩いた距離も簡単に想像がつくでしょう。
ま、そのへんは気にしない方向で。


熱い露天風呂
熱い露天風呂 絵日記文

宿泊先での話。
ここの宿には、2つの温泉がありました。
ひとつは屋内にあり、いつでも入れるようになっています。 もうひとつは露天風呂。 宿泊グループごとに貸切で利用するタイプで、30分単位の交代制です。

晩ご飯のあと、まず屋内の温泉に浸かってから露天に行きました。
脱衣場から出ると、そこは外。 外気のひんやりした心地が気分を盛り上げます。
石積みの湯船は小ぶりですが、家族で入るぐらいにはちょうどいい大きさです。
外は漆黒の闇。 明かりは足元を照らす程度。 星空を見上げながらお湯に浸かるなんて、風情があっていいじゃありませんか。

かけ湯をして さぁ、入ろうぜ! と足を入れた瞬間、思わずなると顔を見合わせてしまいました。
「あ、熱くない?」
「……」
実は僕、猫舌ならぬ、猫体なのです。 熱い風呂はかなり苦手。
いや、多少の熱さなら我慢できます。 まして、温泉ですから熱いのも当然。 しかし、これはちょっと熱すぎ。 45度以上ありそうな感じです。 屋内の方は大丈夫だったんですけどね。

ちょっとずつ慣らしながら、ようやく湯船に立つことができました。
水で薄めりゃいいのに と言われそうですが、蛇口は届かないところだったのです。
岩場から湯船に流れ込んでいる温泉は熱くありませんでした。 なのに中は異常に熱い。
これはどこかに仕掛けがあるに違いない。 ふたりで湯船の中を歩き回ると、熱湯の噴出し口が見つかりました。 足を近づけるのも無理なほどの熱湯です。 こりゃ熱いはずだわ。
仕切りの向こうに、もうひとつ露天風呂があったのですが、そちらからも 「熱くて入れねーよ!」 と声が聞こえます。 ほんとだよね。

「ここ、少しマシだよ~」
なるが、ある場所を見つけました。 たしかに周りより若干温度が低い。
ゔ~ と気張って、なるは浸かることができました。 さすが、もともと熱い風呂好きだけある。
僕も真似して、ゔ~~ と気張ってみましたが、やはり無理でした。
ひとたび浸かってしまったなるは、実に気持ちよさそう。
「おぉ~ お肌すべすべ~!」
悔しいので何度もトライして、そして、ようやく浸かることができました。
あまりに力みすぎて、息止めてましたが。
「ふぅ、やっと入れたよー」
と一息ついたものの、時計を見ると、もうお約束の30分になろうとしていました。
あぁ、なんと無情な ――

とても星空を楽しむなんて余裕はありませんでしたが、何年振りかで露天風呂に入れたということで、良しとしますか。


大涌谷
大涌谷 絵日記文

早雲山からロープウェイに乗って芦ノ湖がある桃源台までは約25分。
途中に乗り換えがあって、そこが大涌谷
大涌谷3
約3000年前の箱根火山爆発の名残を今にとどめ、深い谷のいたるところから水蒸気と硫黄の臭気が噴き出でいます。 古くは地獄谷と呼ばれたそうですが、なるほど納得のネーミングです。
この日は天気も良く、雄大な富士山に臨むこともできました。
(大涌谷はかながわの景勝50選のひとつ)

景色もさることながら、ここでは面白いものが売られています。
”1個食べれば寿命が7年延びる” と言われる黒たまご
温泉池でゆでている関係で殻が黒くなるそうですが、中身は普通のゆでタマゴです。
ついでに言えば、味も普通のゆでタマゴ。
しかし、絶景に囲まれて食べる玉子は、なんだかそれだけで美味しく感じました。大涌谷1

隣で食べてた外人さんが、「14years 14years!」
と、はしゃいでいました。
おそらく 「俺は2個食ったから14年長生きするぜぃ!」 ってことでしょう。

ちなみに、この黒たまごは1袋5個入りで、バラ売りしてません。 その場で僕は2個、なるは1個いただき、残りは翌日に1個ずつ食べました。
…… ということは、なるは14年、僕は21年??
 
大涌谷2黒たまご


ロープウエー乗り場

久しぶりの更新になります。

先日、急も急に箱根に行ってきました。 なるは10年、僕は20年振りのことです。
日曜の夜に思い立って予約を入れて、月曜の朝に出発。どこどこへ行こうなんていう計画は、ほとんど立てないまま、行き当たりばったり的な旅行でした。
ただ、登山鉄道 → ケーブルカー → ロープウェイと乗り継いで、芦ノ湖まで行こうということだけは決めてあり、まぁ乗り物が目的のような感じです。

ウチから約1時間半で小田原。 近いもんです。登山鉄道
さて、ここからが旅の本番。 箱根登山鉄道で強羅を目指します。 小田原-強羅間の直通運転がなく、箱根湯本で一旦乗換えが発生するのがちょっと残念。
3度のスイッチバックやR30曲線路、何本もの鉄橋を渡るときに見える絶景……。 子どもの頃とはまた違った感動があります。
「こんなところによく線路敷いたよね」 となるが感心していると、向かいに座っていたおばさんもしきりに頷いていました。

強羅で昼食をとって、箱根登山ケーブルカーでさらに上へ。
ケーブルカー
ほんの10分ほどですが、僕がこの旅行で最大の楽しみにしていたのは、このケーブルカーでした。 ケーブルカーに乗りたくて毎年夏になると箱根旅行をせがんだのは、はるか昔のことですが、この歳になってもその想いを引きずっているのかもしれません。

先の登山鉄道のときから ふと感じていたのですが、周りを見ると、日本人では僕たちが一番若いぐらい。 まぁ予想はしたけど、かなり年齢層は高いです(笑)
で、わざわざ日本人と断るのは、実に諸外国の方々が多い。 歴史的に英語圏の人が多いのは当然のこと、フランス、中国、韓国といった国からの旅行者もすごく多く、箱根はなんとも国際色豊かなスポットに発展したようです。
日本人観光客の落ち込みを外人が補っている、という状況なんですかね。

ケーブルカーで僕のテンションが上がったあと、今度はなるの番。
早雲山で箱根ロープウェイの列に並んでいると、上を見上げてしきりに「おもしろーい」を連発しています。 ロープウェイの ”仕掛け” が彼女のツボに入ったようです。
どこまで行っても子どもっぽい二人でした。

ロープウェイ
大涌谷での出来事は次の機会に譲るとして、ロープウェイからの景色は本当にキレイでした。
8割程度の紅葉でしたが、色とりどりの木々を空中から眺めるのは、なんとも贅沢です。
富士をバックに盛んにシャッターを切っている外人さんを見て、みょうに誇らしい気分になってしまいました。
そうそう、日本も捨てたもんじゃないよね。


大井埠頭

近所発見チャリの旅。 先週は、大井ふ頭に行ってきました。
ここも、ウチから半径10㎞圏。 散歩気分にちょうどいい感じ。
倉庫群を抜けて東京湾まで一気に漕いで(といっても、僕のチャリはあのチビチャリなので…)
そこで羽田発着の飛行機を見る。 そんなアバウトな計画のもと、出発したわけです。
方向としては、ウチからはひたすら東。 その日は抜けるような青空で、なんともきもちがいい。 自然とペダルを踏む足も軽くなります。

大井ふ頭へは、環七で京浜運河を渡るルートをとりました。
しかし、このルート選択が結果的にアダとなりました。 最初のうちは、立ち並ぶ倉庫を見ながらワーワー騒いでいましたが、だんだん交通量が激しくなってきました。 ふ頭から出るトラックも入ってくるトラックも。 そりゃ当然だよね、ここは物流の一大拠点なんだから。

それにしても…… すごい空気悪いです。
東京港野鳥公園の先で、城南島と合流する交差点があったんですが、ここは特にすごい。 はっきり言って、一般人が遊びに来る場所じゃありません。
「これ以上はやめとこうか」 なるも僕もギブアップして引き返しました。

帰って調べてみると、”とても空気が悪いから注意。 平日はトラックが多いので、土日祝に行くのがオススメ。 平日に行くなら大井競馬場側から行けば少しはマシかも” なんてアドバイスがありました。
そっか、平日はやめた方がいいんだ。 た大井ふ頭しかに、僕たちみたいに遊びに来てる人、1人もいなかったもんなぁ。 次に行く機会があったら、休みの日にするわ。

   *   *   *

右の写真はトラックでコンテナなんかを運ぶための台車ばかりが格納された不思議な建物(?)
運転席だけのトラックがここで台車を連結して、別の場所でコンテナを載せてブツを運ぶという流れのようです。
こんな不思議なものがあるのも、物流の拠点ならではですね。


トイレ詰まる

今日は多少不快な表現があるかもしれません。 いないとは思いますが、食事中の方、ごめんなさいね。

   *   *   *

あぁ、人間とはなんと自分勝手で愚かな生き物なのでしょう。
私は己の過ちを告白し、ここに懺悔いたします。

その日、私はパソコンに向かってネットを楽しんでおりました。
3杯目のコーヒーを飲んだ頃でしょうか、尿意を覚え、トイレに立ちました。 最近、トイレの間隔が短くなったと自覚しておりますが、気温のせいでしょうか、それとも歳のせいでありましょか。 おっと、すみません。 余分な話です。

出すものを出し、すっきりしたところで、水流しのレバーに手をかけたときです。 カラになったトイレットペーパーのホルダーが私の目に入りました。
いつもなら、妻である、なるがカラになる前に補填してくれるのですが、きっと忘れてしまったのでしょう。 ならばこの私が。 予備のトイレットペーパーが備え付けの棚にあることぐらい、知っていますから。

棚を開け、ひとつのロールを取り出そうとしたのですが、うっかり手を滑らせて、転がり落ちてしまいました。 落ちて行く先には便器です。 こんなところに落ちては大変! 慌てて受け止めようとしましたが、無情にも私の手をかすめて便器に落ちて行きました。
ゴーーーーー。 ポチャン。
水流しの音と、そこに落ちるロールの音。 それは、なんとも物悲しい二重奏でした。

私の懺悔は、ここからです。
私は、落ちたロールをすぐに拾い上げるべきでした。
しかし、私のわずかなプライドが、便器に手を突っ込むという行為を躊躇させたのです。
すぐ拾っていれば大半は流れなくて済んだのに、見栄を張ったばっかりに、ロールは塊のまま排水口に吸い込まれていきました。

もし、このまま何事もなく流れてくれていれば、私はわざわざ懺悔などしなかったでしょう。
しかし、世の中というのは、皮肉に満ちあふれているのですね。
まるで私の心を嘲り笑うかのようでした。 水が流れて行かなくなったのです。
どこかで詰まったのでしょう。 水位がみるみる上がってきました。

やべー! あふれる!!
トイレの中で大声を出したものだから、なるが慌ててやって来ました。
そして、その光景を目の当たりにして、彼女も叫びました。
えー! ちょっと、どうしたのよーー!!
情けないことに、ふたりとも声を上げること以外、何もできませんでした。

幸か不幸か、あと数センチであふれる、というところで排水が止まりました。
とりあえず、崖っぷちで救われましたが、これからどうするか。
「トイレットペーパーは水に溶けるんだから、放っときゃそのうち流れるんじゃないの?」
つとめて呑気に構えてみたものの、30分たっても水位はわずかに下がっただけ。
なるの顔には明らかに不安な色が浮かんでいました。
もし、この状況でトイレをもよおしたら……即死です。
そうなる前に、なんとかしなければ。 私は、なるを従えて近くのスーパーに行きました。 あのスッポンを買うために。
店でお目当ての品を見つけたとき、私は心から安堵しました。 スーパーでスッポンだけを持ってレジに並ぶ夫婦に、いつもと変わらぬ笑顔で「いらっしゃいませ」と応対してくれた店員さんには、ただただ感謝です。
スッポンのおかげで、詰まり物は無事に取り除けました。

一瞬のためらいが このような大事に至ってしまったことに対し、私は深く反省する次第です。
どうかお赦しを。
スッポン

   *   *   *

いや~、マジで焦りました。
やっぱ、丸ごと1個のトイレットペーパーが流れちゃアウトだよね。

実際は、あふれちゃ大変だから洗面器や桶を用意して構えてたんだけど、使わずに済んだときには、ホッとしました。
小学校の頃、よくイタズラに使ったスッポンを今さら買う羽目になるとは思いもしませんでした。
1580円もしたのには驚いたけど、まぁ授業料ということで我慢です。


オリオン座流星群

今年のオリオン座流星群は、月明かりもなく、眺めるには絶好の条件といわれていました。
ウチのベランダは南を向いていますが、0時を過ぎると、東の空から昇ってきたオリオン座を見ることができます。 ただし、条件がひとつあって、それは寝っ転がって見ること。 真上になるので、そうしないと首が死んでしまうのです。
ガーデニング用の棚(実際は梁ですが)に新聞紙を敷いて、そこに寝そべります。 こんなところに寝っ転がる大人なんて、かなりおバカではありますが、おととしのオリオン座流星群もそうやって観察しました。

21日から23日までの3日間、毎晩眺めましたが、見れたのは10個程度でした。 1時間に50個見れるかも、との予報でしたが、ちょっと少なかったです。 やはり東京の空は明るすぎるんでしょうね。

なかなか流れない ――  見てる先は暗い夜空 ――  時間は真夜中 ――
これだけの条件が揃えば、当然のこと、眠くなってきます。
あっ! 流れたっ!!
なるが叫んだとき、僕はなるの足を枕代わり熟睡中、なんてのが何個かありました。

願い事をいっぱい用意しておいても、流れたときに寝てちゃダメじゃん。
なるに笑われましたが、ごもっとも。