「斜陽日記」 | おひるねこ

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斜陽日記 (小学館文庫)/太田 静子
¥480
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太宰の発表用です。

私のテーマが”素材”で、この本は太宰治が「斜陽」を書いた元の日記です。


ホントはおうちカフェ的なことをしたよという記事を書こうとしたけれど、カフェタイム中に読んだこれが、思いのほか面白かったので、発表に使わない個人的な感想を書いてみようかなぁーと思ってます。


あ、ちなみにおうちカフェはこんな感じでした(笑)

ウェッジウッドの紅茶と高蔵寺のパン屋さんで売っているパンプキンスコーン。

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この斜陽日記を書いた人は太宰のファンであり、愛妾でした。

太宰治は、この日記以外にも3つくらい同じように他人の日記やらを”素材”にして小説を書いていますが、この日記が唯一太宰が「小説を書くのに似日記を貸してほしい。」と申し出た本です。

(ほかの日記は太宰崇拝者が勝手に送りつけたらしい)

もともと、太宰が日本版「桜の園」を書きたいという心から、没落貴族やらを書きたくて、太田静子の母親がいい感じじゃないの?みたいな感じで頼んだらしいです。

いくつかの論文によると、どうやらはじめ考えていたのと斜陽とは内容が変わったらしい。



で、この斜陽日記、論文のどれを読んでも本当にもともと日記だったのか?っていう話になります。

もとは「相模曽我日記」っていう(それももともと4冊のノオトというから名前がついているのが不思議なんだが)日記で、斜陽が世に出回って、太宰が死んでから、編集しなおして出版したからですね。

あまりにも文が重なりすぎているから、斜陽日記は嘘なんじゃないか?っていう。斜陽売れたし、太田静子はもともと作家希望者だから。


戦争中から戦争が終わって静子のお母さんが亡くなるまでの生活。



読んでみて。

これ、ほんとに日記?とは思いました。

日付があるわけでもなし、物語みたいに発言には鍵かっこで段落変えてあるし、時々「後に~」って後から書いたような文章あるし。普通に面白い。


発表のためにそれなりに比べて読んでたけど、太宰のほうはやっぱり”作られた太宰特有の女性”な感じで、斜陽日記のほうが自然だった。なんでもかんでも”お”を付けるのが貴族じゃないんだぞ!とか思ってました。

というか、お母さんも静子も全然貴族っぽくなかった。ふつーに畑仕事とか草刈とか裁縫とかしてるし。

斜陽に出てくる、批判的なおばさん、火事の時は一言おんなじ台詞あったけど、お高く留まってるよみたいな発

言なかった。


あと、直治!彼の存在はどっから現れたんだろう。モデルのはずのお兄さんはお医者さんに代わってたり、中毒者どうとかこうとかって、お金使っちゃった!って静子が思った中に一回出てきただけだったし。お母さんののどにいいからってマスク着けるように提案したの、静子なの?みたいな。なんだそりゃ。


論文に、直治は太宰を投影している。って書いてあったから、それ使って書こうとしたのに、一体どうやって書けばいいんだよ、とか思った。

うん、議題変えよ。


とりあえず静子は読書家です。やたら外国文学の名前でてきて、たくさん読んでる。お母さんが好きとか修が好きとかいってるけど、結構文章引用してる。

”恋と革命”、だっったかな?、あれもどっかの文学作品の引用らしいです。女生徒の素材の日記からとか嘘ついた論文あったんですけど。


で、斜陽が先か、斜陽日記がさきか、は一応日記のが先なんだろうけど(戦争の話多いし)、斜陽日記作ってあんまり齟齬がなかったから、元の4冊のノオトは燃やしちゃったらしく、確かめようがないっていう話。

でも、娘の治子は、その4冊のノオトの行方を知らなかったからそれも怪しい(笑)

でも、斜陽日記の中で引っ越しの際にほかの日記燃やしているから、可能性はあります。証拠隠滅一本で燃やしたわけじゃないんじゃないかなぁーとも思う。

まぁ、斜陽日記はそれなりに書き直された可能性もあるが。(フランス語とかカタカナとか1945年にそんなに自由につかえたと思えない。)

あ、でも日付書いていないのは、「告白」を書こうとしたことと、作家希望なのがかさなって、あんなんになったらしいから、それはもともとっぽいです。



結論として、斜陽日記は単独でも比べても文学として楽しめます(笑)

興味があったら、大学図書館で借りて、比べて読んでみると変な違いが面白いです。