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なりあやの韓国シネマ留学記

2017年、3度目の韓国留学。
ソウルの大学院で映画を勉強します!

今朝の中央日報に、朝日新聞を辞めて韓国に映画留学した変な日本人がいるというのが掲載されました照れ

 

 

http://news.joins.com/article/21433844

 

電子版のほう、自分でざっと訳しました。


「韓国映画はわたしの運命」 朝日新聞記者、韓国留学中の成川彩

 

「風の丘を越えて」「JSA」に感銘を受けた高校時代から韓国映画はわたしの運命だった気がします。

 

今年初め、朝日新聞を退職、東国大学映画映像学科大学院に入学

2002年「おばあちゃんの家に」立ち見の観客を見て、韓国映画にはまる

「韓国映画が批判しているのは日本の軍国主義」というテーマの記事執筆も

「韓国社会を深く省察するイ・チャンドン監督、俳優ソン・ガンホのファン」

「最近似たパターンの演技が多いファン・ジョンミン、とても残念」

 

先月、東国大学映画映像学科大学院に入学した日本人 成川彩さん(35)

 

彼女は今年の初めまで日本の朝日新聞の記者だった。記者職を辞めたのは、ただひたすら韓国映画に対する愛情と関心のためだ。神戸大学で法学を専攻した彼女が韓国映画にどっぷりはまったのは、2002年、韓国に語学留学に来た時だった。友達に連れられて「おばあちゃんの家」を劇場で観た時の衝撃は、今も忘れられないという。

「スターの一人も出ていない小規模な映画が、満席で立ち見が出るほど観客に愛されているのを見て、作品だけでなく、韓国映画文化にほれました。映画が本当に好きな民族なんだなと思いました」

 

日本に帰国後も韓国映画を好んで見続けた彼女は、大阪大学大学院で韓日通訳翻訳を専攻し、2008年に朝日新聞に入社した。

 

今年初め退社まで9年間の勤務の間、半分は文化部で働いた。映画、演劇、ミュージカル、生活分野を主に取材した彼女は、韓国語の力を生かしてポン・ジュノ、キム・ギドク、イム・グォンテク、ホ・ジノら韓国の監督たちのインタビューを担当した。釜山国際映画祭もたびたび取材し、韓国映画に対する愛を育んだ。

 

韓国映画を学びたいという思いは、2010年、第1回なら国際映画祭で芽生えた。「冥王星/PLUTO」「マドンナ」などを演出したシン・スウォン監督をインタビューした彼女は「人は結局自分がやりたいことをやるようになってる。わたしも映画をやりたくて教師を辞めた」という監督の言葉に刺激を受け、韓国映画留学を夢見るようになった。

 

周りの引き留めにもかかわらず、彼女が朝日新聞記者を辞めたのは、「本当に好きな韓国映画を学ぶことで、わたしの人生が幸せなものになる気がする」という判断のためだ。

 

彼女の最後の記事もまた、韓国映画関連だった。忠武路(チュンムロ、韓国映画界)で活躍する在日韓国人の俳優キム・インウ(「東柱」出演)と、日本人スタッフの藤本信介(「お嬢さん」助監督)のインタビュー記事だった。

「日本に悪意を持って描く韓国映画が多いという誤解が日本で広がっています。この記事を通じて韓国映画が批判しているのは日本自体でなくて、日本の軍国主義だということを伝えたかったんです」

 

彼女は「『お嬢さん』『哭声/コクソン』のような映画を日本で作るのは難しい。韓国映画独特の『熱さ』を日本の映画人もうらやましがっている」と話す。

 

最も好きな韓国の監督としては、迷いなくイ・チャンドンと答えた。「『ペパーミント・キャンディー』『オアシス』『シークレット・サンシャイン』などの作品に韓国社会に対する深い省察が込められている」というのが理由だ。

 

「牛のように働く」と言われるほど多作の俳優、ファン・ジョンミンには愛情を込めて苦言を呈した。

「あまりにもたくさんの映画に出て、同じような演技を見せている気がします。作品を慎重に選んで、以前のような多彩で生き生きした演技を見せてくれたらうれしいです」

 

彼女が今年最も期待する韓国映画は「タクシー運転手」だ。「一番好きな俳優ソン・ガンホの演技はもちろん、光州事件を海外記者の視線でどう描くのか、楽しみです」と話した。

 

「学業を終えたら、日韓の映画交流にたずさわることをしたい。在日コリアン関連の研究プロジェクトにも参加する計画です。大阪で公務員として働く夫は、妻を忠武路という『ラ・ラ・ランド』に奪われたと、こぼしています』

 

中央日報は、韓国の三大紙(朝鮮日報、中央日報、東亜日報)のひとつです。最初に中央日報の記者さんから取材したいと連絡を受けた時は「朝日新聞辞めた以外、何もしてないんですけど大丈夫ですか?」と笑いながら答えていたのですが、「とりあえずおもしろそうなので会って話したい」とのこと。東国大学のキャンパスに来ていただいて、2時間ほどしゃべり倒しました。話があっちこっちいって、録音起こすの大変やったやろうな……

 

昨日、電子版が送られてきたのを見たら、けっこう長い記事。でもさすがに紙面は圧縮するんやろうなと思ったら、今朝、「新聞見たよ!大きく載ったねえ」と、東国大学の教授からの電話で起きました。まだ実物は見てないんですが、中央日報の記者さんが送ってくれた写メを見たら、ほんま、大きいな。朝日新聞でこの内容でこの扱いはないな。というか載らないな(笑)

 

毎日会うような家族や友達でも、自分のことをここまでまとめて語ることないから、いい機会でした。というわけで、留学生活順調です口笛

 

いやいや、なかなかブログにたどりつかんね。

大学院もハードですが、ちょっとずつ映画人にも会ってます。

先週日曜は…東国大学の先輩にあたる映画評論家と、日韓合作映画を進めるプロデューサーたちと。待ち合わせ15時やのに、最初からマッコリのおいしいお店でした(笑)そしてそのままカラオケへ~口笛

 

さてさて、来週の発表は新海誠の風景描写。

 

やっと本日の授業を終えて、本格始動しました。

といってもね、新海誠って実は「君の名は。」しか見てないんですよ。

とりあえず今日は「秒速5センチメートル」(2007)見ました。

 

 

チョン・スワン(정수완)先生の博士課程の授業。

わたしは修士課程なので聴講です。

 

最初の授業で渡されたのが

 

「アニメーションの映画学」という本。

日本語です。

 

 

本の中の第3章が、「風景の実存 新海誠アニメーションにおけるクラウドスケイプ」。

わたしとチョン・スワン先生以外の学生は読めないので、発表の前にざっくり翻訳してみんなに配るようにとのこと。聴講なのに…(笑)

 

でも、おもしろい。

 

ざっくりいうと、実写だと心情を描くのに、俳優のクローズアップで細かな表情を見せられるけど、アニメは難しいですよね。

それを、新海誠は、動く風景でやってしまう。

 

「秒速5センチメートル」も、たしかに、キャラクターの表情はあんまり描かれてない。

そもそもタイトルは桜の落ちる速度(ほんとはそんなにゆっくりじゃないと思うけど)を表している。舞い散る桜、雪、波しぶき、移ろう雲……動く風景で人の感情を揺さぶる。

 

今日は「映画古典講読」の授業でしたが、そこでユ・ジナ(유지나)先生がおっしゃってたのは、「映画評論は誰でもできる。だけど、映画を専攻するからには、ストーリーだけでない、イメージ(映像)、サウンドについて言及しないと」ということ。そりゃそうや。

 

ということで、「秒速5センチメートル」のサウンドについていうと、

山崎まさよしの「One more time, One more chance」。

もう歌詞がぴったりすぎて…この曲にあわせて映画を作ったんじゃないかと思うぐらい。

この曲好きなんやな~

 

終盤、

 

いつでも捜しているよ どっかに君の姿を

向かいのホーム 路地裏の窓

 

って流れながら、すれ違った二人の思い出の場所がめくるめく映し出される。

うまいなぁ。

 

さてさて、翻訳続けます~

 

ふう。大学院に入って初めての発表が無事終わりました。

 

イタリア人留学生と2人で1時間。なので大体30分ずつ。

 

作品は是枝裕和監督の「歩いても歩いても」(2008)

 

 

おもしろいよね。

前も観てるけど、改めて観たらほんとに発見がいっぱい。

いい映画の証拠です。

 

是枝監督といえばドキュメンタリーの出身ですが、

「誰も知らない」(2004)をはじめ、実際の事件をもとに描くスタイルで「社会派」とみられていたのが、

 

この「歩いても歩いても」を機に、個人的な、日常的な話(=家族の話)を素材に描き始めます。

 

でも、ただ個人的なだけでない。個人的だけど、普遍的。

去年の釜山国際映画祭で、「家族を描くときに意識されていることは何ですか?」という質問に、「一人を描くときに、その人のいろんな面を描くようにしている。たとえばその人は誰かの息子で、弟で、父、という風にいろんな関係の中にいる」とおっしゃってました。だから、世界中で共感を得られるんでしょうね。

 

「歩いても歩いても」は、是枝監督のお母さんが亡くなったことがきっかけ。

 

樹木希林演じる母は、是枝監督のお母さんが投影されてます。

これまたほんと名演というか、ナチュラルすぎて、演技なのかなというぐらい。

 

海外の記者からは「なぜいつも物語のなかに不在の死者がいるのか」という質問を受けたそうです。

「歩いても歩いても」では、長男。亡くなってるのに、ものすごい存在感。

 

「西洋と違って、多くの日本人にとっては絶対的な神様がいない代わりに、日常のなかで死者の目にさらされて恥ずかしくないように生きる、という倫理観を持っている」

 

というのが是枝監督の考え。

西洋では生と死が対立関係にあるのに対して、東洋、特に日本では生と死の境界線があいまいだということです。亡くなったからっていなくなったわけではない、という。

 

というわけで、作品のどこに亡くなった長男の存在感が表れているのか、仏壇とかいちいち解説しながら発表しました。

 

韓国映画を日本に紹介するというのを大きな目標にして来たけど、来てみたら、日本映画への関心の高さにびっくり。日本映画に詳しいわけではないけど、社会的、文化的背景なら日本に30年以上暮らした者として語れることがあるので、積極的に語っていきたいと思いますニコニコ

 

学生食堂でイタリア人留学生と発表の準備をしながら、キムチチャーハン。

5千ウォン(500円)って安くないね。

 

 

そして明日は、日本映画を素材にした日本語の授業。教えるほうね。

トトロ2回目です。

ちょっと休んで、準備せねば。