この連載の本丸は、【入試】と言いたいところですが、
大学院入試って、大学によって、専攻によって、まったく違うかと思われます。
なので、あくまで、わたしの場合です。
ちなみに語学留学は、基本的には誰でもOKなはずです。
昨年、わたしの母(当時66歳)が慶熙大学の語学堂に留学しましたが、事務局からは「年齢制限はありませんが、毎日4時間座って授業を受けられるのか、宿題もいっぱいあるので、それについてこられるのか、という点でよく考えてください」というようなことを言われました。「母はヨガの先生で、体力的には年齢よりもかなり若い」うんぬん、韓国語で手紙を添えて申し込みました![]()
交換留学は、日本で在籍する大学のほうで派遣する交換留学生の定員が決まっているはずで、ライバルがいれば、成績とか語学力とかで決まるかと思います。いずれにしても、韓国語で授業が受けられる程度の語学力は必須と思いますが。わたしの場合は第一号だったというのもあり、法学部なので、韓国に留学したいという人はレアでした。むしろ交換の協定を結ぶために、色々翻訳をお手伝いしたような記憶があります。「行きたいなら、自分でやれ」的な(笑)
そして今回の、大学院留学。
繰り返しますが、わたしの場合です。
わたしの場合は、どこの大学院で何を学びたいの前に、「この先生のもとで学びたい」というのが強くありました。
以前も書きましたが、なら国際映画祭の第一回の審査委員長だったチョン・スワン(정수완)先生。
物腰のやわらかい女性です。
日本留学経験もあり、日本映画にものすごく詳しい。
取材などで何度かお会いしてお話ししましたが、いつも映画の話で盛り上がって、あっっっと言う間に時間が過ぎてしまいます。
取材はどんな取材かというと、
一つは2013年、村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の韓国での発売に合わせ、日本の小説が韓国で売れているという連載をやった時。日本の小説原作の韓国映画が続々生まれているという話で取材しました。宮部みゆきの「火車」とか、東野圭吾の「容疑者Xの献身」とかね。
記事の一部です↓
東国大学映画映像学科の鄭秀婉(チョン・スワン)副教授によると、2000年代、日本の小説を原作にした韓国映画は少なくとも20本作られ、8割は推理・ミステリーやホラーだった。「日本の小説は題材が多様で、当分この傾向は続くだろう」
鄭は、日本の原作人気の背景に「韓国内のコンテンツ不足」も指摘する。
金大中大統領の政権下の2000年代、国が映画産業の振興に力を注ぎ、若いプロデューサーが多く育った。映画制作本数が増えるにつれ、韓国内のオリジナルの脚本や小説だけでは追いつかず、文化や社会構造の近い日本に原作を求めるようになったという。
鄭は「1+1が2でなく、5になることもある。日韓の文化が交流し、ミックスした時に新たな色の文化が生まれる」と期待する。
もう一つは2015年。年々、海外出張が難しくなり、夏休みに韓国に行った時に、大学院進学の相談も兼ねて、取材もしました。戦後70年、「暗殺」が大ヒットした夏。植民地時代を背景にした韓国映画が流行り始めていて、その理由を尋ねました。記事の一部↓
東国大学映画映像学科の鄭秀婉教授は変化の理由としてビジュアル面を挙げる。「朝鮮王朝時代を舞台にした時代劇に観客が飽きてきたところに、植民地時代が登場した。モダニズムと重なる時期でもあり、視覚的に見応えがある」と説明する。
もちろん、この理由については色んな人に論じてもらいました。この取材の最初は、上司から「韓国で抗日映画がいっぱい作られてるらしいけど、取材できる?」と聞かれたのがきっかけでした。植民地時代が背景だからって、抗日映画とは限らない。実情を知ってほしいと思って、あえて色んな角度から聞きました。チョン・スワン先生は、ビジュアル面の指摘。
日韓の映画文化を比較するのであれば、この先生しかないと思いました。
というわけで、なんか長くなったので、具体的な【入試】の話に到達しないまま、次回に持ち越します![]()

