よみうりランドの研修

 

大きな会場に高専卒と大学卒の総勢、約330から450名が集まりました。

前後左右には他の高専から来た同期が座り、宿泊の部屋では大学卒の同期と一緒の部屋。

 

研修の内容は覚えていないけど、配属先の候補となる各事業部の仕事紹介が印象的。

その当時(平成元年)の花形の事業部は、ビデオ・ビデオムービーか。

各事業部の説明を聞いて、魅かれたのは海外サポート部。

アフリカ等の僻地で故障対応の話しを聞き、魅かれたと思います。

 

 

よみうりランドの研修を終え、千葉の松戸寮に移動。

当時のAVC事業営業部があった五反田駅の事務所で、研修先を告げられる。

 

ボクの研修先は、新宿西口の新宿アルタ脇にある紀伊国屋のレコード屋さん「帝都無線」。

 ※「帝都無線」は2011年に紀伊国屋を撤退したそうです。

近くの「帝都無線」支店でも働いていましたが、アルバイトのような感覚でした。

 

店内は人通りが多く、鳥取から出てきたボクには驚きの連続でした。

CDが並んでいますが、お客さんが少ないときにCDの上下逆になっていないか、順番に見て回ったお陰か数日後には大体どこになにがあるか把握し、お客さんに聞かれてもすぐに案内できるようになりました。

 

その時働いていた社員のK宮さん(北海道出身)は、ボクより2つか3つ年長で東京に遊びに行くとき、たまに泊めてもらいました。

矢沢永吉好きもあり、タイに駐在する前の10年間、タイ駐在を終えタイ移住する前に会ったのが2004年ですね。

元気かな~。

 

千葉の松戸寮から新宿までの電車通勤。

約1ヶ月間の期間、電車通勤をしましたが、人生最初であり最後の電車通勤でした。

 

松戸の寮からは、普段バスで松戸駅まで移動していましたが、時には徒歩で北松戸駅まで行ったので、この辺りか?

松戸競輪が近い? → こちら

 

つづく

 

懐かしの日本ビクター(JVC) その1 → こちら

懐かしの日本ビクター(JVC) その2 → こちら

懐かしの日本ビクター(JVC) その3 → こちら

懐かしの日本ビクター(JVC) その4 → こちら

2026年1月31日(土)

 

朝食は、焼きそばとビール。

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チャリンコ記録:15日目
12/7(Sun)65min. 25.6km
1/18(Sun)35min. 13.4km
1/31(Sat)60min. 17.1km
1月も終わりますね(^o^)

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11時半、ヤワラート(中華街)に到着。
銀行ならぬ金行は、騒然としています。

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今週8万バーツを超えた金相場、少し下がった7.26万バーツでの売買が盛んな様子。

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3年前の情報を見ると、3年ちょっとで2倍強のようです。
勤続15年でいただいた金の指輪 | タイ暮らし → こちら 


タイの金相場
販売価格:29,610 THB/バーツ(2022年12月29日)

 

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第一目的地に到着

最近カフェが増えたエリアの「Woodbrook」にて。

関連情報:ソンワート通りカフェブームの火付け役。ウッドブルックがリニューアル!
喉が渇いていたので、ほぼイッキ飲み(^o^)
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ココから入り、3階にあります。

位置情報 → こちら

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船で移動し、次の場所へ(^o^)
Ratchawong船着き場 >>> Tha Tien船着き場

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Tha Tien船着き場 >>> Tha Chang船着き場は徒歩。

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昼食
シリラート病院の反対にあるTha Chang船着き場近くの大衆食堂ルン・ルイス(ร้านลุงหลุยส์)にて。
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位置情報 → こちら

特にビューがキレイという訳ではありません。

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ゲンキオワーン、カオパット・トムヤム・タレーが旨かった!(^o^)
会計は、3品でTHB254(約1245円)でした。

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王宮近くからサイアムまでバスでTHB8(約39円)。
渋滞もあり、1時間20分で到着。

 

用事を済ませスクンビットに戻り、エンポリで腕時計の電池交換。THB350(約1713円)
30分時間をください、とのことで早めの夕食を摂る。
16時過ぎだと僅かな待ち客、8分で着席。

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いわし天ぷらTHB40(約196円)は、熱々提供でデカい!

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ホタテ塩ラーメンTHB100(約490円)

THB100でラーメンを食べれるのは、スシローと8番ラーメンくらい!?(^o^)

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晩酌は、タイスタッフからいただいたツマミで1杯。
エビ味、イカ味の米菓子。
少しピリッと辛く、ツマミに最高!
ขอบคุณครับ(^o^)

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U-NEXTで表示していた映画を鑑賞。

Catch Me If You Can(アメリカ 2002年)

天才詐欺師がしでかしたとんでもない実話を描く、スティーヴン・スピルバーグ監督作
パイロットや医師、弁護士に成りすまし、FBIを手玉に取った実在の天才詐欺師を、レオナルド・ディカプリオが好演。彼を追うカタブツ捜査官をトム・ハンクスが演じた。

 

実話というのが凄かった!!

 

そんな週末の1日でした。

幸運なことに試験は合格したとの連絡を受け、安心する。

 

年が明け、すぐに昭和天皇が崩御されたとの報があり、元号は昭和から平成に。

 

平成元年に高専を卒業し、平成元年に会社へ入社する。

 

鳥取から集合場所<同期確認結果:相模原>へ行き、前泊。

そこには、面接会場に一緒に行った一関高専のS藤、Y田も居て、お互いの入社を祝う。

あとで気付いたが、面接会場に居た人全て合格したのでは?と思うぐらいでしたが。。。

 

畳敷きの大部屋で過ごしていたが、端の方には関西弁で話し、(当時)性質(たち)が悪そうに見えたS本も居ました。

 ※その後、配属先が同じ茨城・岩井市で親友となる存在

 

その当時、新入社員はよみうりランドでの研修(<同期確認結果:2週間>)がありました。

人数は300名程度か!?<同期確認結果:約330から450名>

 

バブル崩壊し、就職氷河期に入ったら夢のような時期ですね。

 

その後は、こんな感じで配属したような気がします。

 ・読売ランドでの研修:<同期確認結果:2週間>

 ・販売研修:約1ヶ月間?<松戸の寮>

 ・再度、読売ランドに集合、配属先の発表<同期確認結果:2,3日>

 ・配属先へ<同期確認結果:1.5~2か月後>

 

つづく

 

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記事作成:2026年1月27日(火)

記事更新:2026年1月28日(水)

 

会社面接

 

昭和63年(1988年)の何月だったか<同期確認結果:7月>、記憶にありませんが電車で鳥取から横浜に行き、ホテルに前泊。

翌日に日本ビクターの筆記試験、面接。

 

<同期確認結果:関内の>ホテルにチェックイン。

田舎もんのボクは、費用は全て会社持ちと勘違いし、ホテルのレストランで夕食。(近くに中華街があるのを知ったのは、後の祭り)

1人で料理をオーダーしたら、目の前で演奏・歌が始まる。

曲が終わると、とりあえず拍手をする。

食事中も曲が終わると、拍手をする。

居心地が悪い中、食事を終え、ルームNo.を告げ、部屋に戻る。

翌日チェックインし、食事代を請求され「?」となる。

 

新子安の会社へ向かおうとしたら、そのホテルに宿泊していた他の高専生と出会う。

一関高専のS藤、Y田、もう一人女の子。

このS藤、Y田とは今も付き合う仲。

 

一緒に試験会場へ行き、筆記試験、面接。

5-6人同時に面接。

各自自己紹介をしていく。

最後の自己紹介のためか、緊張が高まり、「米子高専から来ました」と言えばいいところを「よなご こうせんからきました」と声が裏返ってしまう。

これは、試験に落ちたかな~~、と心配を抱きながら、鳥取米子へ寝台列車で帰りました。

 

交通費請求で食事代も上増し請求した度胸もスゴイ(ヒドイ)。

 

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2026年に入り、あっという間に月末。

2026年1月24日(土)

 

今月も終わり、来月に。。。そして今年も終わり、引退と決めている3年後の60歳もあっという間に到達しそう。

 

そんな中、思い付いたのが「懐かしの日本ビクター(JVC)」というテーマ。

 

20歳からの15年間、お世話になった会社での出来事がとても懐かしい。

 

職場に配属されたばかりの時、巻線機の追加ユニット配線作成で張り切り過ぎている自分の姿を想い出します。

フレックスタイムに甘え過ぎ、遅刻ばかり。

そのうち半休・年休を使い切る生活を10年間。タイ駐在で更生されました。

 ※昨年5月、O野さん邸に3泊させてもらいましたが、朝早起きになって、驚かれました(笑)

遊びというか楽しみは、スポーツを終えた後の会食。サッカー部、野球部、テニス部、バレー部(少しだけ)に所属し、休日はほとんどスポーツ→会食(宴会)でした。

ギャンブルはパチンコ、麻雀。

パチンコはカプセルホテルで上野に一泊してまでやっていました。

麻雀は水曜・金曜の週2回。

お金は足らず、ろうきんから借金。

25歳の時、父親が首の手術を受けて息子3人に仕送りを要請。

2年後に職場復帰でき、仕送り解除の連絡があったが、単身だったボクは1人仕送りを継続。

26歳からタイに出張し始め、タイの方が肉親を大変大事に接している様子を見て、自分を見直した結果と思います。

 

そして30歳になる年にタイ・コラートへ駐在。

いろいろあったな~。

 

 

そんなことをテーマにブログに書くのもいいかな、と今朝思い、書き始めました。

 

また書きます。

 

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