『サンソン』2年間の役作り | 奈良坂潤紀オフィシャルブログ「Narasaka Sacas」Powered by Ameba

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「サンソン」2023
5/21まつもと市民芸術館 主ホールにて大千秋楽を迎えました
コロナ禍により大半の公演を失ってしまった初演
そして再演のお話しを頂いて2年間

他の仕事をしている時も常にこの死刑執行人助手の事が頭にありました
2年間の準備期間で何ができるか…
フランス革命という動乱の時代
静と動、革命と継承、理想と現実、生と死、…

あらゆる価値観の狭間で混沌するパリの真ん中で
何も語らずブラックホールのように時代の全ての澱を飲み込んでいった断頭台(ギロチン)
その夥しい人々の血に染まる刃と共に
無言でそこに立ち続ける男の役

「板についている」という言葉は俳優がしっかり舞台に立っている様子から生まれた言葉だそうです

しっかりと処刑台の風景の絵になり
ギロチンが板についている存在になること

モデルのように絵になることだけではなく
内面から処刑人としての空気を発する存在になること
それが役者としてこの2年間の自分自身に課したテーマでした
僕は基本的に外側から役を作り
セリフ廻しや身体の動きから内側を喚起します

衣装やメイクも凝るほうですし、稽古着は役を連想させるようなもの以外は身につけません

まず髪の毛は2年間伸ばすことを決め時々整える程度、体型は周囲とのバランスを考え筋肉はつけすぎず
体重も少し軽めの66.6キロをキープしました
サンソンそのものの重厚感を完璧に体現する稲垣吾郎さんの後ろに常に立っているわけですからストイックな空気を壊すわけにはいきません

髭は常に長さを整え品位を失わないよう身だしなみに気をつけました

兄弟子の助手のグロ役である有川さんにも大いに刺激を受けました
様々なアイデアに果敢に黙々とチャレンジし身のこなしも素晴らしいグロ
役のことについて深い話しをしたことは一度もありません
全て背中で示してくださいました
お互いの存在が引き立ち、処刑台の絵が素晴らしいものになるよう
言葉は交わさずともまるで共に本に身体を貸して全ては戯曲から生まれたような
有川さんのおかげでそんな血の番人の空気を引き出して頂けたと思っています

尊敬する山崎努さんの本にこんな言葉があります
「演技することは、自分を知るための探索をすることだ。演技を見せるのではなくその人物に滑り込むこと。役を生きることで自分という始末に負えない化けものの正体を、一部を発見すること…」

処刑人助手という人物に滑り込むため
現代において処刑人に近しい仕事はないか
日頃から自分を一度その環境におき
新たな自分を探れないかとアルバイトを探しました
ある時、一編の詩を思い出しました

「便所掃除」濱口國雄




『どうして落着いてしてくれないのでしょう

おこったところで美しくなりません

美しくするのが僕らの務めです

美しい世の中も こんな処から出発するのでしょう』


この詩を読んだ時に

蔑まれ心身をボロボロにしながらも誇りと理想を捨てなかった死刑執行人のことを思い出しました


便器の汚れが、社会の汚れが、人間の心の汚れが、しつこすぎるので、何度も何度も、たわしで磨き、雑巾がけし、水を流す清掃作業

もしかしたら処刑人の仕事に近しいのかもしれない

 

1年半程前から舞台の合間、仮設トイレの設営をする会社で仮設トイレの組み立て、清掃の仕事をはじめました。

雨の日も炎天下の夏も雪の日も

高圧洗浄機で使用済みのトイレを洗い

新しい仮設トイレを組み立てました

中には汲み取り式便所もありなかなか悲惨な作業です


作業しながら思い浮かべるサンソンの舞台

汚きものをひたむきに浄化する作業は、祈りに似た精神性さえ感じました。

 

まさに演技の材料は日常にある


助手も社会悪を拭き取る気持ちで

力いっぱい夥しい血の処刑台を拭いたことでょう



自由平等友愛は

いつしか誰かを見下し蔑みギロチンの餌食探しにすげかわっていった革命の時代

それに熱狂した民衆…


それでも死刑廃止を夢みた処刑人の夢は

175年後叶い、今年遠い異国で彼の人生が演劇となり上演されました



世界は変わったのでしょうか


終演後のお疲れ様会で大千秋楽にご来場下さった

この作品の原作『死刑執行人サンソン』の作者でもある安達正勝さんがこんなことをおっしゃっていました


「この舞台には時代を動かしていく力がある」



この公演で最も嬉しいのは「この物語は現代と繋がるものがあった…」という感想です。

初演から再演…この声は圧倒的に増えました。 



コロナ禍の顛末、世論やSNSの危うさ、人間の怖ろしさ…


もし「サンソン」が現代社会に必要な物語と感じて頂けたら…演劇人として幸せです


※東京公演を観て頂いたお客様が描いて下さったイラスト


2年間の準備期間を経て立った処刑台 

本番が始まったらただただ心を動かし生きること…

舞台は生ものですので色々なことがあります

たくさん涙が出ました。鼻水もたれました。

毎回始まってしまえば舞台は一瞬でした


人生は一炊の夢

舞台で生きてる時間と日常の時間

どちらが本当に生きている時間なのか時々考えることがあります

その舞台の一瞬のために途方もない日常を積み上げる

自分にとって演劇はそういうものなのかもしれません


松本の素晴らしい劇場で迎えた大千穐楽

心身共にハードな作品でしたがアンサンブル、メイン関係なく全員芝居の一体感に溢れた素晴らしい公演、座組でした



コロナ禍の苦い記憶を乗り越え

改めて演劇が社会に根付いていくために

これから私達に何ができるか

サンソンの千秋楽を終え新たなスタート地点に立った思いです


何より例え名前も台詞もない役でも

死刑執行人助手という男に捧げた時間

この役と共に生きた2年間は間違えなく人生を豊かにしてくれました


ご来場頂いた皆様

心を寄せて頂いた皆様

そしてたくさんご尽力頂いたキャストスタッフの皆様

本当にありがとうございました