ずっと、なんだかうまくいかない、おかしいと思っていた。

それでも何とか自分を律してやってきた。事実はいつだって自分次第のはずで、自分がそれをどう捉えるか、だから!と思っていた。自分の気持ちが強くあれば大丈夫、そう思おうとしていた。けれど出来心によって発覚した事実は自分を傷つける。何よりも性質が悪い。だってそれはなんの意図もなく、どう見せよう、とかどう見せたい、とかそういったことから遠い、本当の真実に近い部分なんだもの。もちろん、そこには本当の真実のみではない、何かはある。相手によって対応を変えたり、自分に都合の良い様に状況を作り上げるために、どこかで本意ではないことを言っている、かもしれない。それでも、ここまでの長い時間を二人で共有し、二人で作り上げてきた時間や雰囲気、空気がある。それがあまりにも自分のつくり出したものとは違っていた。人と人の相性は足し算かもしれないし、掛け算かもしれない。だから自分が誰かをうらやましがっても仕方がない。私とあの人ではこういうものしか作れなかったのだから。それを人と比べて嘆いているのは意味がないのだ。でもこの気持ちを払拭できない。

調子のいいとき悪いとき、いろいろあります。当然ですが。

そして調子の悪いときって、理屈で割り切りたいと思っていることが多いような気がします。調子のいいときはもっとおおらかな気持ちで、「なるようになるさ」と思っているのですが・・・。

理屈で割り切る、白黒をはっきりつける。これってすっきりして気持ちがいいものです。でも、生きている上でそうしてしまうのは自分の感情を無視する必要がある場合も多々あり、結局そうはいかないというものです。簡単には生かされていないものですね。白黒をはっきりつけられない自分を疎ましく思い、そうさせられてしまう状況を苦々しく思う。それでも、白黒はっきりさせずに良かった、などと思うような出来事が後から起こったりするわけです。でも、でも、結局は自分ばかりが損してるんじゃないの?という気持ちを拭い去れないのですね。

結局、理屈で考えているようには割り切れないものなのだ。

自分がどんなに白黒はっきりさせたいと思っていても、時に事態はますます複雑化する。それは事態をより良くしたい、ラクになりたいからだったりするのだけど、結果、当初の目的とは真逆の状態に陥ったりする。こういう状況を打破するために一番必要なのは自分の意思の力だと分かっているのだけど。。。

うまくいかない。