『進化論』 第5回 現代の進化論 | 奈良の鹿たち

奈良の鹿たち

悠々自適のシニアたちです

『進化論』

第5回

現代の進化論

 

分子生物学

 

分子生物学」

ダーウィン以来の進化論は、表現形質を通しての進化の研究でしたが、DNAの塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列など分子構造の特徴をもとに進化を論ずる新しい進化論が生まれてきました。何故ならば、表現形質の変化は、結局はミクロの分子や遺伝子の変化によるものであることが分かってきたためです。

(↑電子顕微鏡タンパク質構造(生物学研究所))

進化論は、それまでの目に見える形質の変化を論じる進化論よりも、微細な世界を追求する遺伝子情報学、分子生物学などの方向(分子進化)に向かっています。それには、科学技術の進歩が大いに貢献しており、電子顕微鏡やスーパーコンピューターの出現がミクロの世界へ導きましたた。1950年代から始まった分子生物学は、まず遺伝子の構造を明らかにしました。その後、遺伝子の本体であるDNAの塩基配列がアミノ酸を決め、そのアミノ酸からタンパク質がつくられるというメカニズムもはっきりし、遺伝子の暗号も完全に分かってきました。

ダーウィンから約100年間、つねに目に見える表現形質を通してのみ研究され論じられてきた進化論が、遺伝子の構造と直接対応するアミノ酸の配列を通して語られるようになりました。

 

「中立説(neutral theory of molecular evolution)

(↑木村資生)

1968年、国立遺伝学研究所の木村資生は、「DNAやタンパク質など目に見えない生体分子レベル(DNA遺伝子の塩基配列)での突然変異は、遺伝子の種類や場所にかかわらず一定の頻度で生じるものである。突然変異のほとんどは中立的なもので自然選択の対象とならない。自然選択の生存や生殖に有利でも不利でもなく中立的なものであり、偶然によって集団に広がり、集団の性質になる。従って、自然選択によってタンパク質レベルの進化が起こることはない。一方、不利な変異は自然選択によって速やかに除去され、有利な変異はほとんど存在しない。」という分子進化の中立説を発表しました。

中立な変異は、集団内に偶然によって固定するか消滅する。このような偶然による遺伝子頻度の変化を「遺伝的浮動」と呼びます。 木村は「遺伝的浮動」による「中立な変異の蓄積」によって進化が起こると考えました。

最近の流れは自然選択よりも遺伝的浮動を重く考え、進化は必然ではなく偶然によって起こるとする考え方が強くなってきています。

 

自然選択説では、様々な形質の中から生存や生殖に有利な形質が生き残り、不利なものは排除されることで進化するという「表現型レベル」の考え方でした。しかし、中立説では、「分子レベル」の遺伝子の変異を注目するようになりました。 つまり分子レベルでは、自然はあくまで中立であり、進化は、環境が変わらなくても起こるべき時には起こるということです。

自然選択説では、ある変異が有利か不利かハッキリと白黒をつけるが、中立説はほとんどの変異は中立的だと言うのです。

不利でも有利でもない突然変異(中立の突然変異)は、遺伝子は変化しているけれども、形質に変化がなかったり、あっても意味のない変化で特に生き残るのに有利とも不利ともいえない突然変異です。ほとんどの突然変異はこの中立の突然変異だということです。

この中立論の考えは、激しい反発を生み容易に認められませんでしたが、現在ではほぼ定説とみなされています。

 

そもそも、DNAやタンパク質の塩基配列はそのすべてが遺伝子として働いているわけではありません。ヒトの場合、全塩基配列の内のわずか数%が遺伝子であり、それ以外は遺伝子ではない部分なのです。多少の塩基配列の変異があっても、それは生命にとって有利にも不利にもならない中立的なものであることが多いのです。また、遺伝子部分の塩基配列の変異であっても、その結果生じるアミノ酸配列や最終的なタンパク質のつくりや機能に影響を与えることも少ない。

 

現在考えられる進化のシナリオ

進化は外部から孤立した小さい集団で起こります。このような集団では突然変異などで生じる変異が遺伝的浮動によって蓄積しやすい。

進化は急速に起こり新種が誕生します。誕生した新種は滅びるまであまり変化しません。
孤立していた原因がなくなり古い種と新種が混ざり合ったときに競争が生じ、どちらかが生き残ります(中立説が正しいとするならば自然選択はここで働くことになります)。

競争の結果、古い種が生き残れば何もなかったことになります。新種が生き残れば古い種が新種に置き換わった、つまり進化が起こったことになります。

最近の流れは自然選択よりも「遺伝的浮動(偶然による遺伝子頻度の変化)を重く考え、進化は必然ではなく偶然によって起こるとする考え方が強くなってきています。

 

「総合進化説(ネオ・ダーウィニズムNeo-Darwinism)」

環境の変化や学習によって遺伝子は変化することがないことは、DNAの構造や働きの解明から明らかになりました。これは、獲得形質は遺伝しないとするダーウィンの考えと一致します。

また、遺伝子の組み合わせが変わるだけでは、大きな進化はあり得ないことも明らかです。ダーウィンが進化の要因として唱えた自然選択に加え、遺伝学の成果により1930年代に成立した集団遺伝学を支柱として、生殖隔離による種分化やDNAに生じた突然変異および分子進化の中立進化説などを総合的に取り入れた進化論。さらに、近年では生態学や発生学(進化発生学)の知見なども取り入れており、現代の進化論の主流をなしています。

集団遺伝学は、ひとつの個体の中に生じた突然変異が、生物集団の中でどのように広がり蓄積されて集団の性質になるかを統計的手法で追及する学問です。この研究によっても、ダーウィンの「生存に都合の良い小さな突然変異が自然選択によって集団に蓄積していき、集団の新しい性質となる」ことが確かめられました。

「自然選択(淘汰)説」「突然変異説」「中立説」を並存することにより、総合進化論が確立しました。

「総合説」は、ダーウィン自然選択を遺伝子のレベルに拡張して考える説です。

ダーウィンの進化論とメンデル遺伝学が発展した集団遺伝学と突然変異説が結びついて生まれた「総合説」は1960年代には定説となりました。その大きな特徴は自然選択が遺伝子のレベルでも働くとする自然選択万能論です。

 

シュウジョウバエの突然変異の研究の結果、遺伝子の変化による突然変異は必ずしも大きな飛躍をもたらすものではなく、少しずつ変化することが明らかになりました。

また、突然変異は進化の第一要因ではなく、進化の速度と方向はほとんど自然選択によって決定されることが分かりました。したがって突然変異説と自然選択説は互いに相容れないものではないと考えられるようになりました。

今日では、DNAにおける塩基配列の乱れが、突然変異の原因であるということが定説となっています。DNAの塩基配列そのものが変化する「遺伝子突然変異」(DNAの複製時のミス、数億塩基に1回程度のミスは生じる。)と細胞分裂時に染色体の一部が切れたり正しく分かれなかったことによる「染色体突然変異」があります。

 

●「ヒトゲノム計画(Human Genome Project)

ヒトゲノム計画とは、ヒトのゲノム(遺伝子情報)の全塩基配列を解析するプロジェクトです。

このプロジェクトは1990年にアメリカで予算が組まれて発足し、15年間での完了が計画されていました。発足後、プロジェクトは国際的協力の拡大と、ゲノム科学の進歩(特に配列解析技術)、およびコンピュータ関連技術の大幅な進歩により、ゲノムの下書き版(ドラフトとも呼ばれる)を、2000年に完成しました。そして、完全・高品質なゲノムの完成に向けて作業が継続されて、計画よりも2年早く2003年には完成版が公開されました。そこにはヒトの全遺伝子の99%の配列が99.99%の正確さで含まれるとされ、ヒトの設計図のすべてが誰でも見ることができるようになりました。

ゲノム情報の解明は、医学やバイオテクノロジーの飛躍的な発展に貢献することが期待されています。生物間でのDNA配列比較分析が可能となったことで、進化の研究においては新たな道が切り開かれました。

 

 

====================

次回は 第6回「DNA遺伝子」

 

 

(担当B) 

====================