『全国の焼き物』
第6回
越前焼(えちぜんやき)
(特徴)
越前焼は、福井県丹生郡(にゅうぐん)越前町で作られている陶磁器です。
日本六古窯の一つに数えられ、古い歴史を持っています。
越前焼は、壺・甕・すり鉢の3器種を中心とした生活雑器や、経筒・骨壺などの宗教的用途としても使用されていました。
福井県丹生郡越前町の主に宮崎地区・織田地区で焼かれています。鉄分の多い粘りのある土を使い、肌色は飽きのこない黒灰色から赤褐色まで変化し、黄緑色の自然釉が流れ落ちる美しさが特徴です。
大型の壺や甕を作るのに、ひも状の粘土を底の縁に巻き上げる「ひも作り」の技法で、越前焼ではこれを「ねじ立て」呼んでいます。造形的には、常滑焼とよく似ています。
その足跡は、地名である丹生郡の「丹」(赤土という意味を持つ)からもうかがうことができます。越前焼の特徴は、良質で耐火温度の高い白色粘土を、釉薬(ゆうやく)を使わずに焼締められていることです。
越前の土はガラス質を多く含むため、同じガラス質の釉薬がのりにくいという性質があります。ふつう陶器は釉薬をかけないと素地から水漏れしてしまうが、越前焼の場合、高温で焼くことによってガラス質が溶け、粒子のすきまを埋めることになります。そのため、より堅く焼締まり、光沢が出て、どっしりとした重量感がかもし出されます。
絵付けもされないことが多く、素朴な風合いが楽しめます。1200度以上の高温で焼かれる際に薪の灰がかかり、溶けて器に流れ込む緑色系の自然釉も魅力の一つで、陶器と磁器の中間的な存在である炻器(せっき)で、「焼締め」や「半磁器」とも呼ばれます。茶褐色で良く焼き締まった器。水を通さず丈夫なため、水や酒・藍染等の染色液の保管に使われたほか、穀物の保存・貯蔵といった用途でも使用されていました。
壺や甕(かめ)、酒器や茶器など日常生活で使う製品を中心に製作されてきました。
(歴史)
元々福井県丹生郡で北陸最大の窯場として須恵器を焼いていたが、今から約850年前の平安時代末期に常滑焼の技術を導入して焼き締め陶を作り始めたのが始まりとされます。壺、甕、すり鉢などの特徴から、初期の越前焼の生産は常滑からこの地まではるばるやって来た陶工の集団が行っていたものと思われます。
越前焼の焼成には当初、、壺や瓶、すり鉢など約1トンを1300度近い高温で、1週間ほどかけて一度に焼き上げていました。
最初に窯が築かれたのは現在「越前陶芸村」のある越前町小曽原だったといわれ、初期の越前焼の生産は常滑から来訪した陶工の集団が行っていたと推測されます。そして同町熊谷・平等などの各丘陵地に広がっていきました。室町時代後期になると、越前町平等の一ヶ所に集めて甕60個、すり鉢1200個など約5トンを一度に焼くことができる全長25メートル以上もの巨大な「窖窯(あなかま)」(山の斜面をトンネル状に掘り抜いた全長13メートル前後の大きい穴)を用い、大生産基地を作り上げました。大量の粘土や薪を使い、多くの陶工が働く越前焼生産基地が完成したのです。
高温焼成で茶褐色に焼き締まった越前焼は、上薬を使わなくても水を通さない丈夫な焼き物と言う特長から、主に水や穀物を保存するための甕、酒や油などを貯蔵する徳利、すり鉢など、台所用具が長年に渡って作られてきました。当時は宗教的色彩を持つ経筒を納める甕や三筋壺なども生産されました。しかし、大型の壺や甕、すり鉢などが、世の越前焼のほとんどでした。
室町時代後期には北前船によって北は北海道、南は鳥取県まで運ばれ、また太平洋側の福島県まで流通し越前焼は北陸最大の窯業産地として、その最盛期を迎えました。しかし、江戸時代中期になると施釉陶器、色絵陶器や瀬戸焼などに押されて越前焼は次第に衰退し、生産量も縮小しました。その後、江戸時代後期には片口や徳利などの食器類を焼いたり、明治時代には信楽・瀬戸・美濃・九谷などから陶工を招き、磁器や色絵陶などを取り入れようとしたが定着せず、明治時代末期から大正時代にかけて窯元の廃業が相次ぎました。
明治時代に入ると、日本全体が近代化され、水道の普及や磁器製品の広まりによって甕や壺などの需要が一気に減りました。他の古窯は江戸時代以降、茶器などの高級品も焼き始めましたが、越前焼は一貫して壷、甕、すり鉢などの雑器を製作していたため、衰退の一途を辿ります。1965年(昭和40年)、県内で生産される各窯元の焼き物の名称を「越前焼」に統一することになりました。
また、昭和23年には小山冨士夫氏によって越前焼が「越前 窯は日本陶磁史上最も貴重な遺跡のひとつで、瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前の日本五古窯に匹敵する規模と歴史がある」と発表され、「日本六古窯」の一つに数えられ、全国に知られる焼き物となりました。1970年(昭和45年)に「越前陶芸村」が建設されると窯元が急増し、大勢の観光客も訪れて越前焼は復興を遂げました。
1986年(昭和61年)に通商産業省(現在の経済産業省)から伝統工芸品の指定を受けました。
2017年、越前焼は、丹波立杭焼・備前焼・瀬戸焼・常滑焼・信楽焼とともに、「日本六古窯」(平安時代から鎌倉時代に始まり、現在まで生産が続けられている6つの窯のこと)として日本遺産に認定されました。
(越前陶芸村)
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次回は 第7回「大谷焼」
(担当 A)
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