『天文学の歴史』
第6回(最終回)
「近年の天文学②」
当ブログ2020年7月の『宇宙』と併せてご覧ください
⦿宇宙背景放射(cosmic microwave background ; CMB、1964年、ベル電話研究所アーノ・ペンジアスとロバート・W・ウィルソン、アメリカ合衆国)
ハッブルの宇宙膨張の発見は、これまでの宇宙像を根底からくつがえすものでした。宇宙は静的、つまり過去から現在まで不変なものと考えられていましたが、そうでない可能性が示唆されたのです。しかし、この「宇宙の膨張」はすぐに信用されたわけではありません。
宇宙は静的か動的かの論争は1950年代まで続きましたが、ガモフは初期の火の玉宇宙の理論的研究から1つの予想を立てていました。それはビッグバンがあったとすると、その時の光は宇宙の膨張とともに波長が変化し、今でも宇宙にマイクロ波の電波の「背景輻射」として残っているという予想です。
この電波を偶然に発見したのが、アメリカ・ベル電話会社のペンジャースとウィルソンです。アンテナで受信する電波から雑音を取り除く過程で、取り除けない雑音源がありました。どうしても原因が分からなかったのですが、あらゆる方向からやってくることから、宇宙起源ではないかと考えたのです。しかもその電波は絶対温度3度に相当するマイクロ波でした。これこそガモフが予測した背景輻射、つまりビッグバンの名残だったのです。この発見により、ビッグバン宇宙論の正しさが証明されたのです。これを3K宇宙背景放射(Kはケルビン:絶対温度の意味 1K=-273℃)と呼びます。超高温だった宇宙が現在まで膨張して、3Kの低温度になってしまった、という訳なのです。
⦿ハッブル宇宙望遠鏡
(Hubble Space Telescope:HST,1990年~2021年、アメリカ)
アメリカ航空宇宙局(NASA)がヨーロッパ宇宙機関(ESA)との協力の下で開発し運用する口径24mの宇宙望遠鏡。宇宙膨張の発見者であるエドウィン・ハッブルにちなんでハッブル宇宙望遠鏡と名付けられました。1990年4月24日にスペースシャトルによって打ち上げられ、高度約600kmを約100分の周期で地球を周回しました。
ハッブルが行う観測のほとんどは、目で見える光の波長(可視光)を使うものでした。そのため、望遠鏡を地球の大気の薄い所に置く最も大きな利点は、シーイングによる歪みを受けないことでした。観測する天体を細かなところでまで明らかにすると同時に、光を狭い範囲へ集めることで暗い天体まで観測することができるものでした。
打ち上げ直後の観測結果から、ハッブルはピンぼけ状態になっていることが判明したため、スペースシャトルによる最初の修理ミッション(SM-1)が1993年12月に行われました。SM-1の成功によりハッブルは所期の性能を達成しました。
ハッブルは紫外線から赤外線までの波長で、撮像と分光の機能を持つさまざまな観測装置を搭載していました。SM-1に続く修理ミッションによって、当初の観測装置は、すべて逐次新しいものと交換されました。2009年5月に最後の修理ミッションSM-4が行われ、予想された寿命を超えてハッブルは安定した運用を継続しました。
成果として
- シューメーカー・レヴィ第9彗星が木星に衝突する様子を克明に捉えた(1994年)。
- 太陽系外の恒星の周りに惑星が存在する証拠を初めて得た。
- 銀河系を取巻く暗黒物質(ダークマター)の存在を明らかにした。
- 宇宙の膨張速度が加速しているという現在の宇宙モデルはハッブル宇宙望遠鏡の観測結果によって得られた。
- 多くの銀河の中心部にブラックホールがあるという理論は、ハッブル宇宙望遠鏡の多くの観測結果によって裏付けられている。
- 1995年12月、おおぐま座付近の肉眼でほとんど星のない領域について10日間にわたり観測を行い、「ハッブル・ディープ・フィールド」(Hubble Deep Field - South)と呼ばれる1500~2000個にも及ぶ遠方の銀河を撮影した。これに続き、南天のきょしちょう座付近において「南天のハッブル・ディープ・フィールド」 観測を行った。 双方の観測結果は非常に似かよっており、宇宙は大きなスケールにわたり均一であること、地球は宇宙の中で典型的な場所を占めていることを明らかにした。
⦿WMAP
(Wilkinson Microwave Anisotropy Probe、2001年~2010年、アメリカ合衆国)
インフレーション理論は、ごく初期のごくわずかな「ゆらぎ」の存在は残る可能性を示唆(しさ)しています。そこで、宇宙の膨張の歴史を調べるために、宇宙背景輻射の強度分布がくわしく調べられるようになりました。
NASA(米国航空宇宙局)が1990年代初めに打ち上げた宇宙背景輻射探査衛星(COBE)の観測から、予測どおり10万分の1というごくわずかな非一様性が検出されました。この小さな「ゆらぎ」こそが、銀河を形成する種となったのではないかと考えられています。さらに、この「ゆらぎ」をくわしく観測することで、宇宙の正確な物質の量やその歴史を知ることができると考えられました。
そこでNASAは、COBEに比べて20倍もすぐれた分解能をもつマイクロ波観測衛星、WMAPを2001年6月に打ち上げ、宇宙からの精密な観測を行いました。その結果、宇宙年齢は137.5億歳であること、その誤差は1パーセントほどと考えられており、宇宙は永遠に膨張し続けること、そして、現在は第2のインフレーションともいえる時期で、膨張速度が加速しつつあることなどがわかりました。
また、宇宙にあるふつうの物質はたった4%で、24%が暗黒物質(ダークマター)、残り72%が暗黒エネルギーであることがわかったのです。ただ、物質の配分はわかりましたが、その正体はいぜんとして謎のままです。
そのWMAPは2010年8月20日に最後の観測データを取得したあと、9月8日にエンジンの噴射を行ってこれまでの軌道から太陽のまわりを回るパーキング軌道に投入され、ミッションを終了した。
宇宙は誕生から1兆分の1秒後に急激な膨張の時期を迎えたと考えられているインフレーション理論が、WMAPはそのような膨張が起きたことを支持する精密な計測データを得て、インフレーション理論のシナリオ確立にも大きく寄与しました。
⦿重力波 検出 LIGO(ライゴ「レーザー干渉計重力波観測所」、アメリカ)
重力波はアインシュタインの一般相対性理論で提唱されたものです。
2016年2月11日、LIGO科学コラボレーションは「2015年9月14日9時51分に重力波を検出した」と発表しました。この重力波は地球から13億光年離れた2個のブラックホール(それぞれ太陽質量の36倍、29倍)同士の衝突合体により生じたものでした。
その後、二重ブラックホールの連星の合体からの重力波を3回観測した後、2017年8月に二重中性子星連星の合体から生じた重力波を観測しました。
LIGOはルイジアナ州のリビングストン観測所とワシントン州リッチランド近郊のハンフォード観測所の2箇所の重力波観測施設を一対として運用しています。2つの施設は3002km離れており、光速度で伝播する重力波の到達時間として約10ミリ秒の差があります。波源からの2つの施設への重力波の到達時間の違いから、三角測量を応用して波源の位置を知ることができます。
それぞれの観測所は、一辺が4kmのL字型の超高真空システムを擁しています。
⦿ブラックホール直接撮影
(2019年4月10日、イベントホライズンテレスコープ(Event Horizon Telescope:EHT))
2019年4月10日、イベントホライズンテレスコープEHTが、超大質量ブラックホールのシャドウを観測したと発表しました。銀河系の中心には太陽質量の400万倍の質量を持つブラックホールが存在することが知られており、EHTはこの観測データも解析中です。
今回撮影されたのは、おとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心に位置する巨大ブラックホールです。このブラックホールは、地球から5500万光年の距離にあり、その質量は太陽の65億倍にも及びます。
EHTは、ハワイや南米、南極などに設置された地球上の8つの電波望遠鏡を同期させ、地球の自転を利用することで、直径1万kmに相当する地球サイズの電波干渉計を構成しています。これにより、人間の視力300万に相当する解像度を達成し、超高解像度で天体を観測することができます。世界13か国、200人以上の研究者からなる国際プロジェクトで、ブラックホールの画像を撮影することを目標としています。『スパース・モデリング』と呼ばれる新しい手法をデータ処理に取り入れ、限られたデータから信頼性の高い画像を得ることができました。具体的な方法を変えながら、およそ5万通りもの画像化を行い、得られたブラックホールシャドウの画像の特徴が本当に信頼できるものであるかを入念に確かめました。4つの独立した内部チームが3つの手法でデータの画像化を行い、いずれもブラックホールシャドウが現れることを確認しました。
アインシュタインの一般相対性理論で予言された宇宙のもっとも極限的な天体を探る新しい手段を、研究者たちに提供します。なお今年は、アインシュタインの一般相対性理論が歴史的な実験によって初めて実証されてから100年の節目の年に当たります。
ブラックホールは、莫大な質量を持つにもかかわらず非常にコンパクトな、宇宙でも特異な天体です。ブラックホールがあることで、その周辺の時空間がゆがみ、周囲の物質は激しく加熱されます。
「もしブラックホールのまわりに輝くガスのような明るいものがあれば、ブラックホールは『影』のように暗く見えるはずです。これはアインシュタインの一般相対性理論から導き出せることですが、私たちはこれまでそれを直接見たことはありませんでした。」また「ブラックホールの重力によって光が曲げられたり捕まえられたりすることで、ブラックホールシャドウが生まれます。それを調べれば、ブラックホールという魅力的な天体の性質についていろいろなことがわかりますし、ブラックホールの質量を測定することもできます。」と、オランダ・ラドバウド大学のハイノー・ファルケ氏はコメントしています。
ブラックホールに光がある距離よりも近づくと、光はブラックホールの重力にとらえられ、ブラックホールを周回しながらやがて吸い込まれます。その距離よりも遠い位置を通過する光は進行方向が曲げられ、本来は地球に届かない光も地球に届くようになる(重力レンズ)が、光がやってこない内側の一定範囲は暗く見えます。ブラックホールを観測すると、このような「ブラックホールシャドウ」がとらえられるはずだと考えられてきました。
観測から得られたデータを画像化した結果、M87の中心に安定的に存在する構造として、光に取り囲まれた黒い丸が現れました。様々な解析と慎重な検証の結果、これが間違いなくブラックホールシャドウをとらえたものであることが確かめられました。史上初のブラックホール撮影成功であり、銀河中心に超大質量ブラックホールが存在することを示す決定的な観測証拠となりました。
理論との比較から、ブラックホールシャドウの大きさは1000億km(太陽~海王星の約22倍)と計算されています。ブラックホールの大きさを表す指標である「事象の地平面」の大きさはその約40%、400億kmです。
⦿ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope、JWST)
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(以下「JWST」と記す)は、アメリカ航空宇宙局(NASA)が中心となって開発を行った赤外線観測用宇宙望遠鏡です。ハッブル宇宙望遠鏡の後継機であるが、100億ドルの資金を投じて20年以上かけて開発され、打ち上げ時期は度々延期されました。2021年12月25日に打ち上げられ、2022年2月から本格的稼働を始めました。打ち上げ後JWSTは、ハッブル宇宙望遠鏡(以下「HST」と記す)のように地球の周回軌道を飛行するのではなく、地球から見て太陽とは反対側150万kmの位置の空間に漂わせるように飛行します。このため、万が一トラブルが発生してもHSTのように修理人員を派遣することは事実上不可能とみられています。JWSTの質量は6.2 tとして計画されており、HST(約11 t)の約半分です。一方、ベリリウムを主体とした反射鏡主鏡の口径は約6.5mに達します。これはHST(口径2.4m)の2.5倍で、面積は7倍以上にもなります。この点から、HSTをしのぐ非常に高い観測性能が期待されています。望遠鏡の大型化の一方で、鏡の重量は軽量化されています。
(公開されたJWSTによる撮影の初のカラー映像)
惑星状星雲NGC3132(左:HSTによる撮影、右:JWSTによる撮影)
左上の映像は、これまでで最も「深い宇宙」と呼ばれる46億年前の宇宙の領域にある銀河団SMACS0723
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『天文学の歴史』全6回 完
(担当 P )
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