『おくのほそ道』
第48回「敦賀」
(つるが)
(敦賀 氣比神社)
(敦賀 元禄二年八月十四日)
<第48回「敦賀」>(原文)
漸 白根が嶽隠れて、比那が嵩現る。浅水の橋を渡りて、玉江の蘆は 穂に出でにけり。
鶯の関を過ぎて、湯尾峠を越れば、燧が城 帰山に初雁を聞きて、十四日の夕暮れ、
敦賀の津に宿を求む。
その夜、月 殊に晴れたり。
「明日の夜も かくあるべきにや」と云えば、「越路の習い、なお明夜の陰晴はかりがたし」と、主人に酒勧められて、気比の明神に夜参す。
仲哀天皇の御廟也。
社頭 神さびて 松の木の間に月の漏り入りたる、御前の白砂 霜を敷けるがごとし。
往昔 遊行二世の上人、大願発起の事ありて、自ら草を刈り、土石を荷い、泥渟を乾かせて、
参詣往来の煩いなし。古例今に絶えず、神前に真砂を荷い給う。
「これを遊行の砂持ちと申し侍る」
と、亭主の語りける。
月清し 遊行の持てる 砂の上
十五日 亭主の詞に違わず雨降る。
名月や 北国日和 定めなき
(現代語)
ようやく白山の峰は見えなくなって、代わりに(越前富士)比那が岳が見えてきた。(「朝むづの橋はしのびてわたれどもとどろとどろとなるぞわびしき」と詠われた)浅水の橋を渡り、(「夏かりの玉江の蘆をふみしだきむれ居る鳥のたつ空ぞなき」と詠まれた)玉江の葦はもうすっかり穂が出ていた。(「鶯の啼つる声にしきられて行もやられぬ関の原哉」の)鶯の関を過ぎて、湯尾峠を越えれば、燧が城、(「たちわたる霞へだてゝ帰る山来てもとまらぬ春のかりがね」と詠われた)か帰山に初雁の渡る声を聞きながら、十四日の夕暮れ、敦賀の湊に宿を求めた。
その夜、月は殊の外晴れ渡った。「これなら明日はよい月見の晩になるのでは」と言えば、(この家の主人)「北陸路のことですから、明晩の天気はよそくできない」と言い、主人のすすめるままにお酒をいただき、その後で気比明神に夜参りした。
(気比神社は)仲哀天皇の御廟。社殿は神々しく、松の木の間越しに月がこぼれ入る。社殿の前の白砂はまるで霜を置いたように白い。その昔、遊行二世上人が、大願を発起して、自ら草を刈り、土石を運び、ぬかるみを乾燥させて、参詣者の往来の便を図った。この古い言伝えは今も守られていて、その後、代々の遊行上人も神前に真砂を運び入れているという。「これを遊行の砂持と申します」とは亭主が語った。
「月清し遊行のもてる砂の上」
十五日、亭主の言ったとおり雨になった。
「名月や北国日和定なき」
(語句)
●「白根が嶽」:白山。加賀の那谷寺や山中温泉へ行く頃から見えていた白山が、越前に来てや
っと見えなくなった。
●「比那が嵩(ひながだけ)」:日野山(ひのさん)のことで、795mと高くはないが、形から「越前富
士」とも呼ばれている。
●「浅水(あさむづ)」:現在は「あそうず」とよぶが、福井市浅水川にかかる橋で歌枕。
●「玉江の蘆(たまえのあし)」:福井市花堂の虚空蔵川にある橋で、葦についての歌枕。
●「鶯の関(うぐいすのせき)」:福井県南条郡南越前町湯尾にあった歌枕。
●「湯尾峠(ゆのおとうげ)」:福井県南条郡南越前町湯尾にある峠。義経の古戦場。
●「燧が城(ひうちがじょう)」:南越前町今庄にある木曽義仲が作った城。
●「かへるやま(帰山)」:南越前町湯尾にある雁にかかる歌枕。
●「越路の習ひ、猶明夜の陰晴はかりがたし」:裏日本の天候は変化が激しいことを言った。
●「気比(けい)の明神」:気比神宮のこと。十四代仲哀天皇の行宮の跡と言い伝えられる。天皇
死後そこを霊所として 祀った。 若狭の国の一の宮である。
●「仲哀天皇(ちゅうあい・てんのう)」:第十四代天皇で、神功皇后(じんぐうこうごう)の夫。
●「御前の」:「御前」は「貴いものの前」ということで、神前の意。
●「遊行二世の上人」:「遊行上人(ゆぎょう・しょうにん)」は一遍上人の別称だが、「遊行二世」
はその弟子「他阿(たあ)」のこと。ちなみに「遊行(ゆぎょう)」とは、僧侶が布教や修行のため
各地を巡り歩くこと。
●「遊行の砂持ち」:「遊行上人」の名を嗣ぐ者が、代々神前に砂を運んで撒く行事。それゆえ
参詣人は土足で参内せず必ず社前の木靴に履き替えて参詣したという。
●「泥渟(でいてい)」:土嚢のこと。後に続く「かはかせて」からすれば、泥濘(でいねい)の誤記
か。
●「名月や」:旧暦十五日は「中秋の名月」だが、その日は雨で月は出ていない。亭主の言葉通
りで、そのお陰で前の句がある。
(俳句)
「月清し 遊行の持てる 砂の上」
代々の遊行上人が持ち運ばれる神前の白砂の上に、(秋の)月が神々しく照り輝いてい
る。
「名月や 北国日和 定めなき」
名月をと楽しみにしてきたが、北國の日和の不安定さに期待外れになった。
(写真)
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次回は 第49回「種の浜」
(担当H)
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