『おくのほそ道』
第35回「象潟」
(きさかた)
(象潟と鳥海山)
(象潟 元禄二年六月十六~十七日)
<第35回「象潟」>(原文)
江山水陸の風光 数を尽して、今 象潟に方寸を責む。
酒田の港より東北の方、山を越え、磯を伝い、砂を踏みて、その際 十里、日影やや傾く頃、
潮風 真砂を吹上げ、雨 朦朧として 鳥海の山隠る。
暗中に模索して 「雨もまた奇なり」とせば、雨後の晴色 また頼母敷と、蜑の笘屋に膝を入れて、雨の晴るるを待つ。
その朝 天好く晴れて、朝日はなやかに さし出づる程に、象潟に舟を浮かぶ。
まず能因島に舟を寄せて、三年幽居の跡を訪い、向こうの岸に舟を上がれば、「花の上こぐ」と詠まれし桜の老木、西行法師の記念を残す。
(現代語)
ここまでにも、海山水陸の美を数限りなく見てきたというのに、今、また象潟へと心が駆り立てられる。酒田の港から東北の方角、山を越え、磯を伝い、砂を踏んで、その間十里(40km)。日が西に傾く頃、潮風は砂を巻き上げ、雨で鳥海山もはっきり見えなくなった。象潟の美しさを暗中模索する面白みは、蘇東坡の言う「雨も又奇也」であるので、雨後の晴れた景観はさぞやと、能因法師の歌「世の中はかくてもへけりきさがたのあまの苫やをわが宿にして」のように粗末な小屋に雨宿りして、雨の上がるのを待った。
その朝、天気晴朗。朝日が華やかに差し込む頃、象潟に舟を浮かべた。まず、能因島に舟を寄せ、能因法師の三年幽居の跡を訪ねた。向こう岸に舟をつけると、「きさがたの桜は波にうづもれてはなの上こぐあまのつり舟」と詠われた桜の老木が西行法師の記念となって残っていた。
(語句)
●「江山水陸の風光」:「江」は「川」のことで、川・山・海・陸のすばらしい風景。
●「象潟(きさがた)」:芭蕉の行った当時は、東の松嶋と対比される風光明媚な潟湖であった
が、文化元年(1804年)6月4日の出羽大地震で隆起が起り現在のように陸地となってしまっ
た。
●「数を尽くして」:数え切れないほど多くある。
●「方寸(ほうすん)を責む」:方寸とは一寸四方の空間のことだが、転じて「こころ」・「胸
中」を意味する。風光明媚の象潟を訪れたいと心に刻んできたが,今こうしてそこに立つこと
ができた。「方寸を責む」は、「心を研ぎ澄ます」、「詩心を凝らす」、「心がせきたてられ
る」。
●「鳥海山」:山形と秋田にまたがる標高2236mの山。雪をかぶった姿が富士に似ているの
で、「出羽富士」とも呼ばれる。
●「いさごをふみて」:「いさご」は砂子で細かな砂粒。海辺の砂浜を歩くこと。
●「雨後の晴色又頼母敷と」:雨上がりの晴れた景色もまたすばらしいであろうと、の意。
●「天能霽て」:よい天気になって、の意。
●「能因島に舟をよせて、三年幽居の跡をとぶらひ」:能因法師がこの島に三年間隠れ住んだと
伝えられている。現在は陸地となって跡だけが残っている。確証はなく伝承にすぎない。
(写真)
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次回は 第36回「象潟・蚶満寺・祭礼」
(担当H)
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