『おくのほそ道』 第33回 湯殿山 | 奈良の鹿たち

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『おくのほそ道』

第33回「湯殿山」

              (ゆどのさん)     

     

(語られぬ湯殿山神社)

(湯殿山 元禄二年六月六日)

 

第33回「湯殿山(ゆどのさん)」 (原文)

岩に腰掛けて しばし(やす)らふほど、三尺ばかりなる桜の蕾 (なか)ば開けるあり。

降り積む雪の下に埋もれて、春を忘れぬ(わすれぬ)遅桜(おそざくら)の 花の心わりなし。

炎天(えんてん)梅花(ばいか) (ここ)にかほるがごとし。

行尊僧正(ぎょうそん・そうじょう)の歌の哀れも (ここ)に思ひ(いで)て、(なお)まさりて覚おぼゆ。

総じて此の山中の微細(びさい)、行者の法式(ほうしき)として 他言(たごん)する事を禁ず。

()りて筆をとどめて(しる)さず。

坊に帰れば 阿闍梨(あじゃり)の求めに()りて、三山順礼(さんざん・じゅんれい)の句々 短冊に書く。

 涼しさや ほの三日月の 羽黒山

 雲の峯 幾つ(いくつ)(くづ)れて 月の山

 語られぬ 湯殿にぬらす (たもと)かな

 湯殿山(ゆどのさん) 銭踏む道の (なみだ)かな  (曾良)

 

(現代語)

岩に腰を下ろして、しばらく休んでいる間に、高さ三尺ほどの桜のつぼみが半ば開きかけたを見つけた。降り積もる雪に埋もれて、それでもなお春を忘れない遅咲きの桜の、花の心がいじらしい。滅多にないものとされる「炎天の梅花」がここにこうして香っているようである。(「もろともにあはれと思へ山ざくら花より外にしる人もなし」という)行尊僧正の歌のあわれも、この時、思い出されて一層想いを深くした。

この湯殿山の山中の仔細は、行者の法として語ってはならないとされているので、これ以上のことは記さない。

坊に帰ると、阿闍梨の求めに応じて出羽三山順礼の句など短冊に書きとめた。 

 「涼しさやほの三か月の羽黒山」

 「雲の峰幾つ崩て月の山」

 「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」

 「湯殿山銭ふむ道の泪かな」  (曾良)

 

(語句)

●「湯殿山(ゆどのさん)」:出羽三山の一つで、標高1500mほど。
●「炎天の梅花、爰にかをるがごとし」:「炎天の梅花」は滅多に無い物のたとえ、したがっ

 て、いま見つけた遅咲きの桜が滅多に無いものだ、の意。諸国行脚した人と言われ、芭蕉は尊

 敬の念を持っていた。

●「行尊(ぎょうそん)」:平安時代末期の天台座主で歌人。「もろともに あはれと思へ山桜

 花よりほかに 知る人もなし」
●「山中の微細、行者の法式として他言する事を禁ず」:「装束小屋、ここにて衣服を改め、金

 銀銭そのほか所持の品をここに置きて、これより先の様子、人に語ることを堅く禁ず」(「諸

 州採薬記」)「曾良旅日記」(後述)にも同じような記述がある。
●「銭踏む道の」:湯殿山に続く参道にはお賽銭がばらまかれている。それを踏み踏み上る有り

 難さに涙がこぼれてくる。これも「曾良旅日記」に、「是より奥へ持ちたる金銀銭、持ちて帰

 ら不(ず)。惣(総)じて取落せる物、取上る事成不(ならず)」―とあるから、道に賽銭が散ら

 ばっていても、それを拾う人はいない、ということ。

 

(俳句)

涼しさや ほの三日月の 羽黒山」

   ほのかな三日月に照らし出された羽黒山の姿を見ていると、如何にも涼しい感じがする。

「雲の峯 幾つ崩れて 月の山」

   雄大な山容の月の山に、雲がつくる峰がいくつ立ちいくつ崩れていることか。

「語られぬ 湯殿にぬらす 袂かな」

  湯殿山の神秘は人に語ることを禁じているが、語られぬ感動を胸に込めて袂を濡らすこと

  よ。

「湯殿山 銭踏む道の 泪かな」  (曾良)

    湯殿山に詣でる人の賽銭が散らばっており、それを踏みながら(恐れ多さに)泪がこぼれ

     る。

 

(写真)

 

 

 

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次回は 第34回「鶴ヶ岡・酒田」

 

 

(担当H)

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