『おくのほそ道』 第29回 立石寺 | 奈良の鹿たち

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『おくのほそ道』

第29回「立石寺」

(りっしゃくじ)

 

(「閑さや岩にしみ入蝉の声」の立石寺)

(立石寺 元禄二年五月二十七日)

 

<第29回 「立石寺(りゅうしゃくじ)」>(原文)

山形領に 立石寺(りゅうしゃくじ)と云う山寺あり。

慈覚大師(じかく・だいし)開基(かいき)にて、(こと)清閑(せいかん)の地なり。

一見(いっけん)すべきよし、人々の(すす)むるによりて、尾花沢よりとって返し、その間 七里ばかりなり。

日 いまだ暮れず。 (ふもと)の坊に宿借(やどか)り置きて、山上の堂に登る。

岩に(いわお)を重ねて山とし、松栢(しょうはく) 年旧(としふ)り、土石老いて 苔滑らかに、岩上の院々(いんいん)扉を閉じて、物の音聞こえず。

岸を巡り 岩を()いて 仏閣(ぶっかく)を拝し、佳景寂寞(かけい・じゃくまく)として 心澄み行くのみおぼゆ。

  しずかさや 岩にしみ入る 蝉の声

 

(現代語)

山形領に立石寺という山寺がある。慈覚大師の開基で、まことに清らかで静かなところである。一度は見るように人々が勧めるので、尾花沢から引き返してここを訪れた。その間、約七里(30km)ほどだった。到着後、まだ陽が残っていた。麓の宿坊に宿を借りておいて、山上の御堂に上った。

岩に巌を重ねて山となしたというほどの山で、松や柏は年輪を重ね、土や石も古びて苔は滑らかで、岩上の観明院・性相院など十二院はどれも扉を閉じて、物音一つしない。崖をめぐり、岩を這って、仏閣を拝んだが。その景色は静寂にして、心の澄みわたるのをおぼえる。

 「閑さや岩にしみ入蝉の声」

 

(語句)

●「立石寺」:通称「山寺」、正確には「宝珠山・立石寺」。
●「慈覚大師」:平安時代初期の天台宗の高僧。円仁(えんにん)としても知られ、入唐八家の一

 人。
●「尾花沢よりとって返し」:「尾花沢から大石田まで出て、最上川から舟に乗る」という通常

 のルートから外れ、一旦南下して立石寺に立ち寄り、そこからまた北に戻ったことを言う。
●「日いまだ暮れず」:曾良の旅日記によると、「廿七日:天気能し。辰の中刻(現在の7時

 頃)、尾花沢を立て立石寺へ趣く。清風より馬にて館岡迄送らる。(中略)未の下刻(現在の

 午後3時~3時半頃)に着く」とある。

●「麓の坊」:参詣者の泊る宿坊。
●「山上の堂」:本堂が根本中堂、百丈岩の上に立つ開山堂(寺を開山した自覚大師の御堂)

 、写経を納めた納経堂、五大明王を奉る五大堂などがある。
●「松栢(しょうはく)」:「栢(はく)」は「柏(かしわ)」の俗字。樹齢を重ねた山寺の老木を指し

 ている。
●「岩上の院々」:海抜417mにある奥の院(「如法堂」)、412mにある華蔵院、400mの中

 性院、金乗院、性相院など、十二支院がある。
●「岸をめぐり 岩を這て」:「岸」は「崖」のこと。

●「寂寞(じゃくまく)」:静かな様をいう。
●「蝉の声」:芭蕉が尾花沢に着いてから十日間、ずっと梅雨空が続いていたことは「曾良旅日

 記」に書かれており、この日はやっと晴れてそろそろ梅雨明けを迎える。 蝉が鳴き始めると

 しても「初蝉」の頃だから、盛夏のにぎやかな「蝉しぐれ」ではない。 

 

(俳句)    

 「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」

   閑かな山寺の岩にしみいる様に、蝉の声が澄み透ってきこえることよ。

 

(写真)

 

 

 

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次回は 第30回「大石田・最上川」

 

 

  (担当H)

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