『おくのほそ道』 第26回 尿前の関 | 奈良の鹿たち

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『おくのほそ道』

第26回「尿前の関」

(しとまえのせき)

 

(尿前の関)

(鳴子・尿前の関・堺田 元禄二年五月十五日)

 

<第26回「尿前の関(しとまえのせき)」>(原文)

南部道(なんぶみち) (はる)かに見やりて、岩手の里に泊る。

小黒崎(おぐろさき) みづの小嶋を過ぎて、鳴子(なるご)の湯より 尿前の関(しとまえのせき)にかかりて、出羽の国に越えんとす。

此の路 旅人 ()れなる所なれば、関守(せきもり)(あや)しめられて、(ようよう)として関を越す。

大山を登って 日 既に暮れければ、封人(ほうじん)の家を見かけて 宿りを求む。

三日 風雨 荒れて、よしなき山中に逗留(とうりゅう)す。

  蚤虱(のみ・しらみ) 馬の尿(ばり)する 枕もと

 

(芭蕉一行と関所の番人 蕪村筆「奥の細道図巻」)

 

(現代語)

南部道を後に見やりながら、岩出山の里に泊まる。ここから、小黒ヶ崎や美豆の小島を過ぎ、鳴子温泉から尿前の関を越え、出羽の国へ行こうと思う。ところが、この道は滅多に旅人の通らない道であるため、関守に怪しまれてようやく通してくれた。大きな山に登って(中山峠を越えたころには)もうすっかり日が暮れてしまった。国境の番人の家を見つけて、そこに泊めてもらうことにした。ところが、三日の間雨風荒れて、余儀なくこの山中に逗留することになってしまった。

  「蚤虱馬の尿する枕もと」

 

(語句)

●「鳴子の湯」:大崎市鳴子。温泉町。

●「尿前(しとまえ)の関」:現在の堺田越(さかいだごえ)と呼ばれる峠にあった関所の内、仙台藩が

 設けていた関所。 
●「封人(ほうじん)」:関所の番人。
●「馬の尿する」:「尿」の読み方は、「しと」と「ばり」の両方がある。
●「南部道 遙にみやりて」:もっと北上したいのだが諦めて、という意味をこめているが、芭蕉

 一行は平泉より北に向かう計画は当初から無かった。

●「小黒崎・みづ<美豆>の小島」:二つとも鳴子町にあった歌枕。 小ぐろ崎みづの小じまの

 人ならば都のつとにいざといわましを」(『古今集』)、「人ならぬ岩木もさらに悲しきはみ

 ずの小島秋のゆふ暮」(『続新古今集』)

●「此道旅人稀なる所なれば、関守にあやしめられて、漸として関をこす」:当時は全くといっ

 ていいほど通行人は無かったので関守が怪しむのは無理もない。

●「封人の家を見かけて舎を求む」:封人は国境の番人 。ここは山形県最上郡最上町堺田。

●「三日風雨荒れて」:芭蕉はここに3日間足止めをくらったことにしているが、事実は5月

 15、16日の2日間だけであった。

 

(俳句)

 「蚤虱 馬の尿する 枕もと」

   蚤、虱に責められて眠れない上に、馬小屋の馬がおしっこをするそばで寝ることになっ

   た。

 

(写真)

 

    

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次回は 第27回「山刀伐峠」

 

 

(担当H)

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