『おくのほそ道』 第24回 石巻 | 奈良の鹿たち

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『おくのほそ道』

第24回「石巻」

(いしのまき)

 

(金華山の浦)

(石巻 元禄二年五月十日)

 

第24回「石巻(いしのまき)  (原文)

十二日 平和泉(ひらいずみ)と心ざし、姉歯(あねは)の松、緒絶(おだ)えの橋など、聞き伝えて、人跡(じんせき) (まれ)に 雉兎蒭蕘(ちと・すうじょう)

(ゆき)かう道 そことも()かず、(つい)(みち)踏みたがえて、石の巻という湊に()づ。

「こがね花咲く」 と()みて奉りたる 金華山(きんかざん)、海上に見わたし、数百の廻船(かいせん)入江につどい、

人家(じんか) 地をあらそいて (かまど)の煙 立ち続けたり。 

思いがけず (かか)る所にも(きた)れる(かな)と、宿借らんとすれど、更に宿貸す人なし。

(ようよ)う まどしき小家(こいえ)に一夜を明かして、明くれば又 知らぬ道迷い行く。

(そで)の渡り、尾ぶちの(まき)真野(まの)萱原(かやはら)など、よそ目に見て、遥かなる(つつみ)を行く。

心細き長沼に沿うて 戸伊摩(といま)と云う所に一宿して、平泉に到る。 

その(かん) 廿(二十)余里ほどと おぼゆ。

 

(現代語)

十二日、平泉へとこころざして、あねはの松、緒だえの橋などを見ようと、人づてに聞いて滅多に人の通らない猟師や樵(きこり)が行き来する道に迷い込んで、ついに道を外れて石巻の湊に出てしまった。

「こがねはなさく」と(天皇に)奉られた歌の金華山が海上に見え、数百の廻船が入り江に集まり、人家は軒を連ね、カマドの煙がずっと立ち上っているほどに栄えていた。思いがけないところに来てしまったことだと思いつつ、宿を借りようとしたが、誰も泊めてくれようとはしない。ようやく貧しい小さな家に泊まって、明朝また知らない道をいさまよい進んで行った。

袖のわたり、尾ぶちの牧、まのゝの萱はらなどの(歌枕)を遠くに眺めながら、長い土手を進んで行った。心細くなるような長い沼に沿って、戸伊摩(登米とよま)というところに一泊して、平泉に到着した。この間、実に二十里(80km)程と思われた。

 

(語句)

●「十二日」:元禄2年5月12日のことだが、実際は5月10日。この日快晴。

●「平和泉(ひらいずみ)」:平泉のこと。

●「あねはの松・緒だえの橋」:それぞれ、宮城県にある歌枕。「くりはらのあねはのまつの人

 ならば都のつとにいざといはまし を」(『伊勢物語』)・「白玉のおだえの橋の名もつらしく

 だけて落る袖の涙に」(定家)がある。

●「雉兎蒭蕘(ちと・すうじょう)の往かふ道」:「雉兎(ちと)」は「雉」と「兎」のこと。「蒭蕘

 (すうじょう)」は「蒭(まぐさ)」と「柴(しば)」のこと。(「蒭」は「芻」の俗字)。狩りをする

 者、草を刈る者という獣道の意。「蒭蕘者、雉兎者の往き来う」の「者」を略しているから、

 意味の分からない文章になっている。

●「「こがね花咲く」と詠めり」:「天皇(すめろき)の 御代(みよ)栄えむと 東(あづま)なる

 陸奥(みちのく)山に 金(くがね)花咲く」 大伴家持(おおとものやかもち) 万葉集・巻十八。黄金

 山神社(こがねやまじんじゃ)付近。

●「海上(かいしょう)に見わたし」:石巻から金華山は見えない。田代島や網地島などを見て勘違

 いしたもの。
●「宿借らんとすれど、更に宿貸す人なし」:「曾良旅日記」によると、『小野と石ノ巻の間、

 矢本新田と云う町にて喉乾き、家毎に湯を乞へ共与ず。刀さしたる通行人、年五十六・七、こ

 の躰(てい)を憐みて、知人の方へ壱町(110m)程立ち帰り、同道して湯を与う可き由を頼

 む。又、石の巻にて新田町、四兵衛へと尋ね、宿借る可き之由云て去る。名を問、根古(ねこ)

 村、こんの源左衛門殿。教えの如く、四兵衛を尋て宿す。着の後、小雨す。頓(やが)て止

 む。』―とあり、石の巻にも親切な人たちのいたことが分かる。

●「まどしき小家(こいえ)」:「貧(まど)し」(古語:貧しい)家。

●「袖のわたり・尾ぶちの牧・真のゝ萱原」:石巻市北上川沿いにあった歌枕。「袖の渡り」は

  その出展となっている歌枕「みちのくの袖のわたりのなみだ川心のうちに流れてぞすむ」

 (『新後拾遺集』相模)は西鶴の『一目玉鉾』では阿武隈川として白川の項で示されている。

 「みちのくのをぶちの駒も野がふにはあれこそまされなつく物かは」(よみ人知らず)。

 「みちのくのまのの萱原遠ければおもかげにしも見ゆといふものを」

●「戸伊摩(といま)」:登米(とよま)。戸今とも書かれる。宮城県仙北地方の田園都市。

 

(写真)    

 

 

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次回は 第25回「平泉」

 

 

(担当H)

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