『おくのほそ道』 第23回 松島 | 奈良の鹿たち

奈良の鹿たち

悠々自適のシニアたちです

『おくのほそ道』

 第23回「松島」

(まつしま)

 

(旅の最大の目的 松島の月)

(松島 元禄二年五月九・十日)

 

<第23回「松島(まつしま)」>(原文)

(そもそも) ことふりにたれど、松嶋は扶桑(ふそう)第一の好風(こうふう)にして、(およ)洞庭(どうてい)西湖(せいこ)(はじ)ず。

東南より海を入れて、江の(うち) 三里、浙江(せっこう)(うしお)(たた)う。 

嶋々の数を尽して、(そばだ)つものは天を指さし、伏すものは波に匍匐(はらば)う。

あるは二重(ふたえ)にかさなり、三重(みえ)(たた)みて、左に分かれ、右に連なる。

(おえ)るあり、(いだけ)るあり、児孫(じそん)愛すがごとし。

松の緑こまやかに 枝葉(しよう)汐風に吹きたわみて、屈曲(くっきょく)おのずから ()めたるがごとし。 

その気色(けしき) (よう)(ぜん)として、美人の(かんばせ)(よそお)う。

ちはや()る 神の昔、大山祇(おおやまづみ)のなせる(わざ)にや。

造化(ぞうか)天工(てんこう)、いづれの人か 筆を振るい、(ことば)を尽くさむ。

 

(塩竈から松島へ船にて渡る 蕪村筆「奥の細道図巻」) 

 

雄嶋(おじま)が磯は地続(ちつづ)きて 海に(いで)たる島也。

雲居禅師(うんご・ぜんし)の別室の跡、坐禅石など有り。

(はた)、松の木陰に世を(いと)う人も稀々(まれまれ)見え(はべ)りて、落穂・松笠など 打ち(けぶ)りたる草の庵 (しず)かに住

みなし、いかなる人とは 知られずながら、()づ なつかしく立ち寄るほどに、月 海に映り

て、昼の眺め 又 (あらた)む。

江上(こうしょう)に帰りて 宿を求むれば、窓を開き 二階を作りて、風雲の中に 旅寝(たびね)するこそ、あや

しきまで (たえ)なる心地はせらるれ。

  松島や 鶴に身を()れ ほとゝぎす  (曾良)

予(よ)は口を閉じて 眠らんとして (いね)られず。

旧庵を別るる時、素堂(そどう) 松島の詩あり。

原安適(はら・あんてき)、松が浦島の和歌を贈らる。 
袋を解きて 今宵の友とす。

(かつ)杉風(さんぷう)濁子 (じょくし)が発句あり。

 

 

(狩野正栄至信 《芭蕉翁絵詞伝》(松島))

十一日 瑞巌寺(ずいがんじ)(もう)づ。

当寺(とうじ)三十二世の昔、真壁(まかべ)平四郎(へいしろう) 出家して入唐(にっとう)帰朝(きちょう)の後 開山(かいさん)す。雲居禅師(うんご・ぜんし)徳化(とくげ)

依りて、七堂(しちどう) (いらか) 改りて、金壁荘厳(こんぺき・しょうごん) 光を輝かし、仏土成就(ぶつど・じょうじゅ)大伽藍(だいがらん)とは なれり

ける。()見仏聖(けんぶつひじり)の寺は いづくにやと(した)わる。

 

(現代語)

そもそも言い古されたことだが、松島は日本第一の風光明媚にして、決して中国の洞庭湖(どうていこ)・西湖(せいこ)にも劣らない。東南の方角から海が入り込んでいて、入り江の長さは三里(12km)。そこに浙江(せっこう)のような潮をたたえている。島々が無数にちらばり、そびえ立つものは天に向かって指をさし、伏すものは波にはらばっている。あるものは二重に、またあるものは三重に重なって、左に分岐するもの、右に連続するものがある。島を背に負うものがあれば、抱いたものがある。まるで幼子をいとおしんでいるようだ。松の葉の緑は濃く、枝葉は汐風に吹かれてたわみ、曲がった枝ぶりはおのずから整えたようにさえ見える。その景色は、うっとりして美しい女のよそおった顔のようだ。神代の昔、大山神(おおやまづみ)の仕業だろうか。造化の神の業を、誰が筆に描き、言葉に尽くせるであろうか。

 

雄島(おじま)が磯は地続きで海に突き出た島である。そこに雲居禅師の別室跡や座禅石などがある。また、松の木陰には、今も浮世を逃れて隠れ住む人などもまれに見えて、松葉や松笠などを燃やす煙が立ち上っている草庵に閑に住んでいて、どんな人かとも分からないまま、なつかしい気持ちで立ち寄って見ると、月は海面に映り、昼の眺めとはまた違った風景だった。入り江に近いところに宿を取り、二階建ての開けた窓から見る眺めは、風や雲の中に旅寝するようで、絶妙の気分にさせられた。

 「松島や鶴に身をかれほとゝぎす」  (曾良)

私は句作を断念して、眠ろうとするが眠られない。江戸の旧庵を出るとき、友人素堂(そどう)は「松島の詩」を、原安適(はらあんてき)は「松がうらしま」の和歌を贈ってくれた。これらを袋から取り出して、今夜の友とした。また、門弟の杉風(さんぷう)や濁子(じょくし)の発句もあった。

 

(五月)十一日、瑞巌寺(ずいがんじ)に参詣した。この寺の三十二世、真壁平四郎(まかべへいしろう)が出家して宋(唐)に留学し、帰国の後にこの寺を(臨済宗寺院として)開山した。その後、雲居禅師(うんごぜんし)の教化によって、七堂伽藍(ひちどうがらん)も改築され、金壁荘厳に輝き、西方浄土(さいほうじょうど)を具現した大伽藍となった。かの見仏聖(けんぶつひじり)の寺は何処にあったのだろうかと偲ばれた。

 

(語句)

●「ことふりにたれど」:言いふるされたことだが。
 『源氏物語・枕草子などにことふりにたれ、おなじ事また今さら言はじとにもあらず』

 (「徒然草」)
●「扶桑第一の好風」:古代中国では日本は桑の木が多い国として言い伝えられていたためにそ

 れが転じて「日本国」を指すようになった。松島は日本一に景色のよいところだ、の意。

 「好風(こうふう)」は「好い風景」を略した言葉。
●「洞庭・西湖を恥ず」:洞庭湖と西湖のことで、どちらも風光明媚な中国の景勝地。古来さま

 ざまな詩文にうたわれ、絵画にも描かれてきた。それらと比べても見劣りがしない、というこ

 と。
●「浙江の潮を湛(たた)う」:浙江省を流れる河川「銭塘江(せんとうこう)」のこと。河口付近は

 潮の干満の差が激しく、海の水が川に逆流する海嘯(かいしょう)が発生することで知られる。

●「児孫愛すがごとし」:杜甫の詩「諸峰羅立シテ似タリ児孫」から取った表現。松の屈曲の姿

 が児孫を愛撫しているように見えるというのである。

●「窅然(ようぜん)として」:当時の使い方としては、「うっとりするさま」、「ほれぼれとす

 るさま」とある。 
●「美人の顔(かんばせ)を粧(よそお)う」:「西湖の様子を西施に比べれば、薄化粧も厚化粧も

 (晴れても雨でも)全て素晴らしい。」―に比している。

●「ちはや振(ふ)る」:「ちはやぶる」は「神」に掛かる枕詞。
●「大山祇(おおやまづみ)」:「室の八嶋」に出てきた「木の花のさくや姫」の父親で、「大いな

 る山の神」という意味になる。

 

●「雄嶋が磯」:歌枕として知られる小島。地続きではなく、赤い「渡月橋」で結ばれている。

 古来真言密教の修業の場。
●「雲居禅師(うんご・ぜんし)」:土佐の人。寛永13年、伊達忠宗の代に瑞巌寺中興の祖として招

 かれた臨済宗妙心寺派の禅僧。瑞巌寺の七堂を整備した。

●「将、松の木陰に世をいとふ人も稀々見え侍りて」:隠者の庵があって、当時は穴居生活をし

 ていた。

●「別室の跡」:大淀三千風(おおよど・みちかぜ)の「松嶋眺望集」に、「把不住軒とて、雲居和尚

 禅堂あり」とある。
●「落穂・松笠など打ち煙りたる」:松笠は燃料、ここでは落ち葉を燃やしていたということ。 
●「草の庵」:「松嶋眺望集」に、「松吟菴とて道休者の室あり」とあるから、芭蕉が三千風の

 著書をガイドブックのように読んでいたことが分かる。
●「月 海に映りて」:松嶋は月の名所でもあり、芭蕉が「松嶋の月」を楽しみにしていたこと

 は「序章」や兄宛ての手紙にも書かれている。「曾良旅日記」によると、この日は旧暦九日で

 快晴だったから、半月よりも少し膨らんだ月が浮かんでいたはず。
●「窓を開き 二階を作りて」:「海に面して大きな窓があり、二階建てになっている旅館」と

 いうことと思われる。 
●「予は口を閉じて」:「何も言わず」、つまり句作を断念して、ということ。代わりに曾良作

 という句を載せているが、「曾良旅日記」や「俳諧書留」にこの「松嶋や ・・・」の句は出

 てこない。「『師のいはく、絶景にむかふ時は、うばはれて叶不(かなはず)。・・・師、まつ

 嶋に句なし。大切の事也』 服部土芳「三冊子」

 服部土芳編「蕉翁文集」には、『島々や 千々にくだけて 夏の海』という句が収められてい

 る。

●「原安適」:江戸の大衆和歌の第一人者。安適は曾良と 特に親しかったらしい。ここに「松

 がうらしま」とは松島の別称ともいわれる。

●「濁子・杉風」:杉風は江戸蕉門の弟子。濁子は大垣藩士中川甚五兵衛。

●「徳化」:宗教的感化、の意。

 

●「瑞巌寺(ずいがんじ)」:伊達正宗によって、伊達家菩提寺として庇護を受けた天台宗寺院。
●「真壁平四郎」:法身(ほっしん)禅師の俗名で、天台宗の寺院であった瑞巌寺を臨済宗の寺と

 して改宗して再興した。

●「入唐(にっとう)」:唐の国に渡る事。法身が中国に学んだ時代は宋代なので、厳密に言えば

 入宋(にっそう)が正しい。

●「七堂」:七堂とは山門・仏殿・法堂・僧堂・庫裏・浴室・東司を言う。

●「金壁荘厳光を輝」:寺内の絢爛豪華をいう。

●「佛土成就の大伽藍」:西方浄土の仏の国を再現した大寺院の意。

●「見佛聖」:平安時代末期、雄島に庵住した乞食(こつじき)僧。芭蕉はこういう類の僧侶に強

 い同調感を持っていたようだ。

 

(俳句)

  「松島や 鶴に身をかれ ほとゝぎす」 (曾良)

   松島で鳴きながら渡って行くホトトギスよ、せめてこの景観に合わせるならば、姿を白い

   鶴に借りて飛んでおくれ。

 

(写真)

 

 

 

====================

次回は 第24回「石巻」

 

 

(担当H)

====================